目覚め、新たな2人
目を開ける。
眩しい、と思った。
白い部屋、強い照明、ついさっきまで閉ざされていた瞳に、それらは毒と同じだ。
咄嗟に目を瞑る。
すると、耳が聞こえるようになってきた。
「メモ……イン……ール、90……せいこ……」
「アーキ…………なう…………ない」
「新……コ…………最…………ごと………………」
良くは聞こえない、しかし、あまりボクにとって面白いものではないのは良くわかった。
つまらない話を子守唄代わりにして、ボクは再び長い眠りに落ちた。
***
次に目覚めた時は、世界はそう眩しくはなかった。
いや、ボクがいる施設から外を見れば、目を瞑りたくなるような荒れた大地があったけれど。
起きた後、自分は戦争のために作られたことを知らされた。
人同士ではなく、ボク達同士の戦争。
でもやっぱり、人のための戦争。
***
友達が出来た。
ボクと同じ、ロボットの女の子。
名前は藍と言うらしい。
彼女に初めてボクの名前を呼んでもらった、ボクの名前は、野苺といった。
ボクと同じ日に生まれた子、無口だけど、気の回る良い子だと思う。
***
ボクと藍は、最前線に送られることになった。
人間の大人達が『魔物』と呼ぶ仲間達がたくさんいる、激戦区らしい。
だけど、藍がいるなら頑張れる、ボク達はそれを言い渡されてから少し後、彼方にある戦場へと飛び立った。
***
「寒いね、藍」
季節は冬、風を切って飛んでいると、風に肌を斬られそうになる。
「温度センサーをオフにすれば良いのでは?」
名前と一緒の、藍色の髪をした少女は、至極効率的で合理的な意見を寄越してくれた。
「風情が無いなぁ、寒い寒いと言い合いながら、冬の訪れを感じようよ、自然との調和は、この国の文化だ」
「野苺様は、そういったことがお好きですね、藍にはわかりかねます」
「生まれて1年目のロボット兵器としては、藍の反応が正しいらしいけどね、ボクはどうしてこうなったんだか」
お陰様で兄弟達からは、変人という不名誉で簡潔な渾名を頂くことになった。
合理的な彼等のAIは、容赦というものを知らない。
「野苺様のせいで、藍も思考回路が回りくどくて非効率なものになってしまいました」
「はっはー、これは手厳しい」
ボクが頭を掻くと、藍がヘンな顔をした。
「そんな口癖や、空中散歩の趣味などがあるのも野苺様だけです」
癖、趣味。
これらは通常、10年近く稼働し続けた兵器が獲得するもの、とのことだ。
まぁ何事にも例外というのは存在する。
兄弟達は、例外という概念を上手く理解出来ていなかったが。
「良いじゃない、早い内から、人生を楽しむ方法を知ってるってことなんだから」
「快楽主義も大概にしないと、ダメな大人になってしまうそうですよ」
はっはー、これは手厳しい。
心の中で口癖を呟いたところで、荒野の中にポツンと見える拠点が、空の旅の終わりを告げようとしていた。
***
「やぁやぁやぁ、君達の到着を心待ちにしていたよ、野苺君、藍さん。俺はここの指揮官をやらせてもらってる夕顔ってもんだ、これからよろしくぅ!」
「夕顔、新入りさん達が困っちゃうでしょ、早口で捲し立てないの……私は彼のパートナーの朝顔よ、よろしく、野苺君、藍さん」
ボク達を出迎えてくれたのは、ライトブラウンの髪を長めに伸ばした、失礼ながら軽そうな雰囲気の男性型の人と、薄い桃色の髪を腰までかけている女性型の人だった。
ロボットなのに人、人というのは自分でも違和感を覚えざるをえないが、他に上手い言い方も無いのだから妥協するしかない。
「本日よりお世話になります、藍と言います。歴戦とのお噂はかねがね。そのような方々と作戦を共にできることを光栄に思います。なんでも、生還率がトップだとか」
「あっ……と、同じく野苺です、よろしくお願いします」
藍に倣って頭を下げると、夕顔さんは曖昧な笑顔を浮かべた。
「生還率トップ……ねぇ。つい5年前まで、100パーセントだったんだぜ?」
「夕顔、それは今する話じゃないわ」
何やら、複雑な事情が……いや、話の流れから、この拠点で何があったのかは察せられる。
しかし、それを追求するのは、今しがた顔を合わせたばかりのボクが出来ることではなかった。
「あー、すまんすまん、話のテンポが崩れっちまったな、はい2人とも頭上げてー、癖じゃないんなら敬語もやめてー」
「敬語じゃなくてもいい、の?」
驚いた。
『魔物』なんて言われる人達の魔窟という印象だったから、てっきり鬼のように厳しいものだと思っていたのに。
「俺は敬語が嫌いだし、ここは上下関係なんぞ誰も気にしやしないからな、皆自由に戦って強くなってきた奴等だ、下手に命令とかで抑圧するのは、余計なこと以外のなんでもない」
「あなたが敬語嫌いなのは、自分が敬語をまともに使えないからでしょ、後半は同意するけど」
「おいおい、新入りの前で言ってくれるなよ、恥ずかしいだろ」
「変に箔をつけようとしないの。どうせ碌な人間じゃないんだから」
2人のやりとりは、凄く自然だ。
一方的に話し掛けて、首を傾げられる兄弟達とは違う。
長く一緒にいた仲の良さが、この数分でありありと理解できた。
「なるほど、上官や部下の区別はなく、単純な作戦で臨機応変に対応することが、成功の秘訣なのですね。流石、長年実際の戦場に身を置いてきた先輩方は違います」
「うっわバカ真面目ー、藍ちゃんの方は敬語が癖なタイプだ」
「ボクもたまに困惑するよ、認識のズレをいつも実感してる。それでも藍はまだ話が通じる方なんだけど」
「おっ、野苺君の方は割と不真面目君だなー」
コミュニケーションが上手いな、この人。
しれっと藍のことをちゃん付けしてるし。
「夕顔、彼等疲れてるだろうから、早く部屋に案内してあげなさい、全く、話好きなのは良いけど、やりすぎは何事も良くないわ」
「おう、そうだな、ほれ、これ部屋のカードキー。真っ直ぐ行けば宿舎あるし、受付にいる奴に聞いた方が色々早い、じゃあな!」
「あっ、ちょっと!あーもう!ごめんなさいね新入りさん達、でも夕顔の言った通りにすれば大丈夫だからー!」
夕顔はそそくさとどこかに行ってしまって、朝顔もそれを追って見えなくなってしまった。
「……行こっか、藍」
「異義はありません」
宿舎の受付(なんと話し掛けるまで寝ていた)に部屋の場所を聞いて、鍵を開ける。
中は以外と広い。
元々2人で住むことを前提としているのだから、当然といえば当然だが。
ボク達が運用されるにあたって、特徴的なのが、パートナーシステムだ。
日常生活でもなるべく一緒に行動し、誰よりも信頼を深める相手とする。
2人でのコミュニケーションに慣れ、連携を円滑にするためのもの、なのだそうだ。
しかも、ペアは原則異性同士である。
ボク達には生殖機能が無いから間違いが起こることも無いのではあるが、当人達の性格によってはいざこざが拗れることもあるらしい。
そんなこんなで、現場の者達からは、カップルシステムなどと揶揄されている、という旨を資料で読んだ。
「野苺様、落ち着いたところで、何かお食事を用意致しましょうか」
「良いね、頼んだ」
藍がエプロンを着けたのを見ながらベッドによこたわる。
その時、抱いていた多少の眠気を吹き飛ばす警報が鳴り響いた。
視界には、倒すべき敵の座標。
どうやら、これから初陣ということらしかった。