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食事、人でなくとも良いもの

冬の早朝、清少納言はそれが良いものだと記したそうだが、ボクは到底そうは思えない。

 敢えて言うなら冬の早朝の布団の中は良いものだ、特に、隣に美少女が眠っているのなら格別だ……。

 ん?美少女?


「おはようございます野苺様」


「うわおっ!?」


 なんだっけ酔った勢いで色々やっちゃったんだっけ!?


「落ち着いてください野苺様、昨夜はアルコールを摂取していません」


「いつの間にか双子の妹がボクの心を読めるようになってた」


「野苺様にとって私は双子の妹なのですね」


 あ、思わず今まで心に秘めていた自分の中の設定を口走ってしまった。


「それでしたら、これからは野苺お兄様とお呼びいたしましょうか」


「非常に魅力的な提案だけど、遠慮しておくよ」


 他人に聞かれたら怪しい趣味をしている危ない奴だと認識されかねない。


「そうですか。眠気覚ましにお水をご用意いたします」


「ああ、ありがとう」


 こういう不用意なことを言って、追求やからかいをしてこない点では、藍のさっぱりした性格にほっとする。

 普段もっと感情豊かになれと言うのに、そんなことを考えるのは都合の良いことのように思えて、人並みに罪悪感を感じてしまうけれど。


「野苺様、どうぞ」


 藍がコップを差し出してくる。

 記憶は無いがお酒にトラウマを持ってしまった今では、透明な液体を見ると日本酒に見えて仕方がないということに今気づいたが、藍の気遣いを無駄にするわけにもいかないので、ぐいと一気に呷った。

 お酒の一気飲みは非常に危険なので、良い子も悪い子も真似してはいけない。


「あっ、野苺様……!」


 藍が声を上げた時には、もう遅かった。


「冷、った……!」


 飲んだ水は、氷になっていないのが不思議なほどに冷たかった。

 当然だ、先ほどまで冷蔵庫でキンキンに冷やされていたのだから、冷たくないはずがない。

 ボクが人間だったなら派手に咳き込んでいたことだろう。

 そうでなくて良かった、位置関係的に噎せたりしたら水を藍の顔や体にぶちまけていたことだろうから。


「だ、大丈夫ですか?」


「あ、うん、心配しないで、ただ冷たかっただけだったから」


「申し訳ありません、お渡しする前に言っておくべきでした」


「藍の責任じゃないよ、ボクが間抜けだっただけで」


「そうですね、野苺様は間抜けです」


「はっはー、これは手厳しい……」


 藍は偶に容赦が無い。いや、製造されてからの期間的に理解出来ない領域にあるのだから当然なのだが、それでも藍はボクと一緒にいることで善し悪しの影響を受けているわけで、オブラートに包んでくれるのを期待したりもするのだ。


「冗談です、そう気落ちなさらないでください」


 珍しくちゃんと表情に申し訳なさを浮かべながら藍はそう言った。

 最近部屋にいると割合ハイテンションなのではないだろうかと予想を立ててみるが、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまったため、いまいち良くわからなかった。


「兎に角、目は覚めたよ、今日は大会、があるんだよね」


「はい、しかし、流石に時間の余裕はあると思います」


「ん?今何時?」


 あの夕顔のことだから、かなり朝早くからやりそうなものなのに、時間の余裕があるというのはどういうわけだろうと訝しく思い、聞く。


「午前4時30分です」


 さっき早朝云々とノリで考えていたのだが、本当に早朝だったとは思わなかった。

 さてそうなると確かに大いに時間はありそうだ、惰眠を貪る気にはなれないほど目が覚めたので、久々に真っ当な空中散歩に興じようか、或いはこれまた久々に藍の作る食事を堪能しようか。


「うん、藍の作ったご飯が食べたいな、冷蔵庫に入れてるけど、賞味期限とか大丈夫?」


「野苺様、今の時代に、賞味期限を気にする方はいらっしゃらないかと思います」


 それもそうだ、食品は度重なる改良によって、冷蔵さえしておけば半永久的にいつ出しても美味しい状態が保たれるようになっている。

 前時代の資料や本をやたらと読みあさったせいか、思考がざっと1世紀ほど遅れている場合があるのがボクの悪癖である。


「じゃ、頼んだよ」


「承りました、少々お待ちください」


 藍は台所まで歩いて行き、エプロンを着用する。

 料理は藍自身の趣味ではないが、以前ボクが、藍の手料理が食べてみたいと無理を言い、素直極まりなかった幼い藍は言う通りに様々なレシピを習得していった。

 こうして思い返すと、光源氏計画という単語が脳裏を過ぎって憚らない。

 源氏物語にあやかるのならばボクは最終的に破滅してしまわなければならないが、そこは紫式部にお許し願いたいところだ。

 そんな益体のないことを延々と考えている内に、包丁のリズミカルな音が聞こえ、収まり、フライパンでものを焼くジュー、という気持ちの良い音と、芳しい香りがしてくる。

 先ほどの妹の話に当てはめるのならば、朝起こしてもらい、朝食まで用意させるのだから相当なダメ兄貴、鬼畜兄である。

 逆らわないのを良いことに、兄の要求は次第にエスカレートしていき、妹は心身ともに摩耗していく。やがて妹は家を出て行き、1人になった兄は堕落し、人間のクズへと真っ逆さまに……と、自分で考えていて悲しくなった。

 実際、藍がいなくなればボクは落ちるところまで落ちていくだろう。少しはしっかりしなければ。


「野苺様、出来ましたよ」


 ボーッと考え事をしている内に、目の前に藍が来ていた。少し驚く。


「あ、ああ。早かったね」


「簡単なものにしましたから……あ、手抜きではございませんよ」


「欠片も疑ってないよ、さ、いただこうか」


「はい、お召し上がりください」


 状況を見るとメイドを雇っているような気分になる。今日の藍は私服なのでそうでもないが、昨日の和服などを着てその上からエプロンを着ければ、所謂女給さん、和装メイドといった体になることだろう。

 男のロマンとしては一度やってみてもらいたいものだ、今度それとなく頼んでみよう。

 朝食のメニューはというと、卵焼きに味噌汁、野菜と豚肉の炒め物と、なるほど凝ったものではない。だが家庭料理という感じがして甚だ落ち着くものだ。

 いつか平和になったら、毎日こうやって、しっかり三食作って貰いたい。そのためにも、今は戦わなければ。

 目下のところ、戦う相手は試合として仲間達と、というのが少しばかり肩すかしではあるが。

 味噌汁を一口啜って、ボクはこの後の大会に思いを馳せた。

1話5,000だとか10,000文字だとか書いてる人って凄いですよね、私はどうにも姿勢が悪いのか、左肩あたりが痛くなって長時間集中出来ません……。

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