日常、それは戦闘よりも重要で
会場の設営といっても、盛り上げるための看板作りと、夕顔と朝顔の放送原稿作りくらい、のはずなのだが。
「オラオラキビキビ働けぃ!締切は今夜だァっ!」
今にも鞭を振り出しそうな勢いで夕顔が作業を管轄している。
お陰でかなりのハイスピード、かつハイクオリティに仕上がりつつあるのだが、テンションの高さについていけない。
見た目は明らかにクール系、真面目系、文化系な方々も情熱の炎を目に宿しているのだから、いよいよもってここの在り方が分からなくなってくる。
「野苺様、理解不能です、解析不能です、前後不覚です」
藍が大混乱中である。まだまだ柔軟な考え方の出来ない藍にこの状況は酷なのだろう。
「藍、落ち着いて、マイペースにいこう」
「野苺様は冷静でいらっしゃいますね」
「冷静っていうか、1種の達観に入ってるだけだよ、ボクだって混乱してる」
うん、混沌としてるし、ここ。
向かいの人とかボクの2倍……いや3倍のスピードでペイントして……ってこれ茜だ。
赤い髪は炎のように。
さながら炎の魔人の如くなり。
「フハハ、魔王の侵略に怯えろ木の板よ!」
「バカ茜、略してバカネ、そこ私の色だバカ」
灼熱の赤が深海のように暗い青で塗りつぶされ、丁度いい青さになった。
「なっ、勇者シアン、我が領土を取り返そうというのか!?」
「領土もクソもあるか、割り当てられたとこを塗ってるだけだろうが砕くぞ」
葵、君女性だよね、口調がチンピラ過ぎるんだけど。
「申し訳ありませんっ!持ち場に戻ります葵様っ!」
かかあ天下、は語弊があるか。
「あ、そういえば藍、その格好じゃ汚れない?」
藍はまだ和服である。
雨は止んでいるので乾いてはいるが、最早汚れない?以前に、汚れてるよね、それ。の世界である。
それに加えて絵の具である。
洗うのが大変なのではなかろうか。
「手入れの仕方は心得ておりますので、それに、絵の具がつかないように動いているつもりです」
本当だ、絵の具は一切ついていない。
器用だな、藍。
「作業が遅れていますよ、早く終わらせてしまいましょう」
その言葉にはボクを叱っているのではなく、自分がこの場から早く脱出したいというニュアンスを込められていた。
***
数十分で作業は完了し、迫力と精細さを兼ね備えた立派な看板が出来上がった。
「よぉーっし、皆お疲れ!明日の大会に備えてゆっくり休むこと!」
ふぅ、一件落着……って明日ァ!?
なんなの戦闘狂なのこの人達。
「「「うおおおおお!!!」」」
やっぱり盛り上がってるし、うん、もう諦めた。
「明日は頑張ろうね、藍」
「はい、ベストを尽くしましょう」
***
「で、何故君は当たり前のようにボクのベッドに潜り込んでるのかな」
部屋に戻って雑務を終わらせ、ベッドに入る。
そこまでは良いのだが、少し遅れて藍が入ってきて、追い出せずにいる。
「今夜も寒いですので、抱き枕代わりにどうぞ」
どうぞ、と言われても困る。
これで本人は大真面目なのだから質が悪い。
しかしまぁ、確かに暖かいからいい、か……。
最後にとんでもないことを考えて、予想外に疲れていたボクは、藍の体の感触だけを感じながら、深い眠りに落ちた。