笑顔は遠く、約束は果てに
秋。春と並んで、過ごしやすい季節。
この極東の地では、そういう認識をされている。
そして、どこか別れを感じさせる季節だ。
僕、柘榴と呼ばれる存在は、曇り空の下、肌寒さに身を震わせながら、行動を許された範囲内で散歩をしていた。
何故こんな回りくどい表現の仕方をするのかと言えば、話は20年前に遡ることになる。
***
今から20年前、各国に謎の軍勢からの攻撃がもたらさらた。
最初は互いの国のせいだと主張しあっていたが、どこかから入れられた通信によってそれは覆される。
曰く、我々が君達を攻撃した組織だと。
我々はどの国家にも属さない、独立した組織であり、君達の手の届かない所にいると。
各国は慌て、軍事の強化に尽力したが、謎の組織が使う兵器に対抗する術は無く、世界は荒廃していった。
だが、天才というのはそういった状況にこそ生まれるものだ。
現れた天才は敵方の技術を模倣し、改良し、形にした。
その天才が作った兵器のおかげで、生き残った人類は束の間で仮初めの平穏を享受している、というわけだ。
***
もし僕の回顧を文字に起こしたのを読んでいる人がいれば、察して貰えるだろう。
その兵器の1つが、僕だ。
兵器達は人形で、自我も心も持ち、それでいて圧倒的な武力を有していた。
つまりは、今までSFでしか語られなかった、人間と変わらないロボットが敵だったのだ。
だが僕は思う、果たしてロボットに心は必要だったのかと。
戦うことに悩み、仲間の死を悼み、己の死を怖がる、心など。
歩いている間に自販機で買ったブラックコーヒーを飲みながら、僕は地面から足を離した。
反重力装置とやらが組み込まれた体は、ふよふよと曖昧な浮きかたをする。
と、僕に近付いてくる影が1つ、鳥か、飛行機か、あるいはUFOか。
「おーい、柘榴ー、俺だよ、夕顔だよ」
知らないな、そんなウリ科の植物なんて。
「無視すんなよ、菫が探してたぜ?」
「菫が?どこで」
「ロビーあたりであたふたしてた」
ああ、どうにも行動が苦手な彼女らしい。
気は進まないが、僕は宿舎のロビーへ進路を変更した。
***
僕達が生活しているのは、ホテルのような宿泊施設である。
このあたりは僕達のために1つの都市となっていて、運動場や、果ては温泉まである。
だが、壁で囲まれたここから1歩外に出れば、そこは荒廃した世界だ。
人間が暮らしている平和な内地とは違う、敵の出現する最前線。
と、物思いに耽っている場合ではなかった。
僕は地上に降りて、ロビーであたふたしているという菫を探した。
見つけるのは簡単だった。
本当にロビーで涙目になりながら、右往左往、あたふたと慌てていたのだから。
「菫、落ち着いて、僕ならここにいるから」
後ろから肩を掴んで、人工知能にあるまじき無駄な行動をしている僕の現パートナー、菫を宥めた。
「はうっ、ざ、柘榴さん!もう、どこ行ってたんですか、探しましたよぅ!」
「別に探さなくたっていいでしょうよ、僕ってそんなに信頼出来ない?」
「出来ません!失踪癖と放浪癖のある人を、どう信頼すれば良いんですか!」
「はっはー、これは手厳しい」
失踪癖と放浪癖。
ただ単に散歩や遊覧飛行が好きなだけなのだが、今この世界でそれをするのは自殺行為である。
この居住区画から外に出ればいつ敵に襲われるかわからない、いくら歴戦の勇士達、上層部が『魔物』と呼ぶ僕達でも、好き好んで外に出ようとするのは僕くらいだ。
「そんなだから皆さんに、死にたがり、なんて言われるんですよ!わかってます!?」
「わかったわかった、菫の言い分はもっともだ。でも折角空が飛べるのに、家に籠ってるのは勿体ないだろ?」
そう言うと、菫は微妙な顔をした。
「柘榴さんは、空を飛ぶのがお好きなのですね」
「ん?そうだよ?障害物も無いし、とっても自由じゃないか。でも、そんな質問をするってことは、菫は空を飛ぶのがお嫌いなのかい?」
「私に限らず、柘榴さん以外の皆さんは、空がお好きでは無いと思います」
初耳だ、なんだ、皆空が嫌いだったのか、戦う時はいつも空を飛んでいるのに。
「柘榴さんのことですから、戦う時は空を飛んでいるのに、なんて思うかもしれませんが、空を飛ぶからこそなんですよ?私達にとって空は戦場なんです。命を落とすかもしれないところを好きになれっていうのは、難しいお話です」
「そこまで僕の心がわかるとは、流石僕のパートナー」
僕は菫の頭を撫でてやる。
女性型の髪の毛は総じて柔らかで触り心地が良い。
「はぐらかさないでください!もう、そうやってすぐ子供扱いするんですから……」
「子供扱いもするさ、僕は20年戦い続けた古株で、君らは長い奴でも15年だろ?君に至ってはまだ10年だ、歳の離れた兄弟みたいなものなんだから」
この娘と肩を並べるようになってから5年になる。
基本的にここには5年以上戦い続けた兵器達が送られる。
消耗品のように使われる中、生きて帰ってきた怪物達の掃き溜め……というのは言葉が悪いか。
まぁ、そういう場所だ。
「兄弟……私は、菖蒲さんのようにはなれませんか……?」
「なんでそこで菖蒲の名前が出てくるかなぁ……」
菖蒲。僕の1人目のパートナー。
製造れた時から一緒にいた、一番大切だった人。
5年前、ある戦場で、僕を庇って死んでしまった。
「菫はそんなこと気にしなくていいよ、別に君が不満なわけじゃないし、君は君だ、菖蒲と同じにならなくたって良い」
励ましても、菫は明るい顔をしてくれなかった。
言葉の代わりに抱き締めてやるが、その体は強張っている。
と、突然敵襲を知らせる警報が鳴り響いた。
同時に、敵のいる座標が視界に表示される。
「行こう、菫。ほら、終わったら君の好きなパフェ奢るよ、だからあんまり暗い顔しないの」
「はい……」
まずいな、この精神状態で戦場に行かせるのは。
「菫、休んでても良いよ?いつも通りなんてことない奴等だろうし」
「いえ、行きます。私が行かないと、柘榴さんが自殺を図りますから」
「そんなの図ったつもりないけどなぁ」
少しは調子を取り戻しているようだった。
まだ不安は残るが、上手くフォローしてやろう。
僕達は戦場たる空へ、この大地に帰るために飛んだ。
***
「敵機の数は17、僕達より数は少ないけど、指揮官機がいるから気をつけて。基本は各個撃破、夕顔は僕と菫に付いてきて」
「りょーかい、朝顔、ちょっと行ってくらぁ」
夕顔はパートナーの朝顔に断りを入れて、僕と菫と一緒にV字に飛ぶ。
敵はすでに目前、向こうも指揮官機が指示を飛ばしたらしい。
自軍は20機、敵軍は17機。
数の有利もある、負ける確率は無いに等しいだろう。
僕達3機は、指揮官機に向かって中央突破を図る。
途中で邪魔をしようとしてくる敵機は、仲間達が食い止めてくれている。
僕は武装である刀を抜いた。
近接型最古の武装、だが威力は十分だ、装甲の弱い首や間接部に当てれば、一撃で落とせる。
敵の指揮官が武器を構えた。
見たところ遠距離武装、大口径の銃だ。
銃口が光る、僕と夕顔を狙った攻撃、僕達は余裕を持って回避しようとし、
……腕を、飛ばされた。
「なっ……!?」
夕顔が驚愕の声を上げた、夕顔は右腕、僕は左腕が消えている。
その光景を見ていた仲間達からもざわめきが漏れた。
「狼狽えるな!だが注意しろ!どうやら相手は新型みたいだ!」
言うと同時に突撃する。
遠距離武装がアレだけ強力なら、近距離武装は貧弱なはずだ。
距離は一瞬で縮まっていく、10メートル、5メートル……間合いの中!
「ハァッ!」
気合いを込めて、首筋に刀を振り下ろす。
左腕は無くなってしまったが、その分スピードを乗せた必殺の一撃だ。
これで堕ちなかった敵はいない。
……だが、その敵機は、常識を嘲笑うかのような存在だった。
奴の掌から、剣が伸びる。
避けられない、完全な不意討ちだ、速度の乗った今では、自分から喉元を狙ったその刃に飛び込むしかない。
死を実感したその瞬間、横殴りの衝撃が、僕を凶刃から救った。
だが、その後に、幾度となく聞いてきた、あの装甲を貫く音が聞こえる。
体勢を整え、指揮官機を見る。
その刃には、僕の代わりに、菫が貫かれていた。
「はっ……ぐぅっ……柘榴、さん……」
「菫ぇっ!」
戦場で叫んだのは、いつぶりだろう。
菖蒲が死んだ時?いや、あの時のように、菫を死なせはしない!
大丈夫だ、腹部を貫かれているだけ、損傷はそう大きくはない、まだ助かる!
僕が希望を持って、全速力で飛ぼうとすると、敵指揮官機は菫から刃を引き抜き、落ちていく前に、彼女の体をバラバラにした。
目の前が、真っ白になる。
考えも作戦も、全てが吹き飛ぶ。
機械にあるまじき忘我に陥って、次に我に帰った時には、僕の刀は奴の首を落とし、奴の剣は僕の頭を割っていた。
落ちる。
曇った感覚の中、聞こえるのは誰のとも知れぬ悲鳴、見えたのは、もうこの空に消えてしまった、菖蒲と菫の笑顔だった。