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7 クロオオアリ

 -21:00分ー


 尚と素はレストランから帰宅し、しばしリビングでくつろいでいた。尚は自身で作ったアリの巣コロニーを見ながら、素は週刊誌を読みながら、思い思いにリラックスしている。


 素はチラっとそんな尚の様子を見て、溜息を付きながら思った。

「ほんとにこの子はお義父さんそっくりね。」

 

 素のそんなやや不快げな視線に全く気付くことなく、尚は女王アリの様子を観察していた。アリの巣作成キットを買って、近所の河原からアリを大量に捕まえて捕獲した一匹だ。体長1.5cmほどのクロオオアリの一匹だ。巣は河原の近くの草むらにあった。それを丁寧に掘り起こし、100匹ほどの働きアリと卵を手に入れることができた。しばしの観察をするためだったので、女王アリを捕まえようとは思っていなかったのだが、巣の危険を察知してか、ずいぶん浅いところに潜伏していた女王アリも捕獲できた。


 

 

 

 尚がそんな大量のアリを持って帰ってきた晩、素は絶句した。夏休み真っ盛りの8月10日、素の給食センターは夏休み中は近所の少年野球チームや、テニスクラブのお弁当などを作る。作る量が少ないので普段より早く帰れるが、仕込みもあるのでいつもの帰宅より1時間ほど早いだけである。


 なので夕方とはいえ、まだ暑い帰路を自転車をこぎながら帰ってきた。そんな中、尚が何やら満足げに透明なアクリル箱を眺めていたのだ。


 高校生になり、尚の親友の恵里ちゃんが部活を始めてから尚は夏休み中遊び相手がいないので、いつも家にいるようだった。ここ最近も素が家に帰ってくると、尚は自分の部屋で生物図鑑を読んでいたり、昼寝をしたり退屈そうにしていた。


 そんな様子だったので何が入っているのだろうと思い、素も後ろからのぞき込むと大きめのアリが土の中にうじゃうじゃいた。


 思わずのけぞった。


「尚、何なのそれ気持ち悪い!」


「アリだよ。たぶんクロオオアリだと思うんだよね。今日河原から捕まえてきたの」


「嫌よ、気色の悪い。捨ててきて」


「だめだよ、せっかく捕まえたのに。ほらここ、少し大きいアリがいるでしょ。これ女王アリなんだよ!すごくない!おじいちゃんのアリの巣コロニーのより小さいけど」


 そう言いながら目を輝かせ、アリの巣を見ている。そんな様子にあきれながら、これだと何を言っても

聞かないだろうと尚は思った。こういう変わり者のところはあの人のお義父さんとそっくり。


 

 


 尚の父方の祖父、美島健之助うつくしまけんのすけは高校の生物教師であった。生物に造詣が深く、健之助の家には健之助がいろいろなところで捕まえてきた昆虫や、魚で小さな動物園みたいなものだった。

そのため奥さんには愛想をつかされ、あの人が成人を迎えた日に離婚を突き付けられたそうだ。

そしてあの人が、地元を離れ東京で暮らしだしてからずっと一人で生活している。


 尚も何度か健之助さんとは会っている。あの人が亡くなるまでは、尚が生まれてからはずっと素の地元である横浜に住んでいた。


 なのでゴールデンウィークやお盆には、あの人の実家である甲府に行くことが多かった。あの人は、「遠いし大変だから素の実家でお盆を過ごしてもいいよ」と言ってくれたが、それでは健之助さんがあまりに不憫である。それに尚と健之助さんは妙に波長が合うのか、年に数回しか会わないのに、私の父よりなついていた。





 健之助さんの家にもまた、アリの巣があった。1m近い高さの大きなアクリル箱に、これでもかとアリが住んでいた。


 「気持ち悪い」


 それが素の印象だった。浜っ子である素にとって魚はあまり抵抗がないが、虫は嫌いだった。以外なことにあの人も虫が嫌いだった。どうやらお義母さんの影響らしい。


 尚は初めて健之助さんの家を訪れたとき、はじけんばかりの喜びを爆発させ、虫や魚を観察していた。

このとき初めて、私もあの人も尚が生き物が好きだということを知ったのだ。






 尚がアリを拾ってきてから2か月ほどになるが、うまく飼育しているのかアリの巣のアリは元気である。一度自分の部屋に持って行ってよといったが


「そんなことしたら私の汚い部屋だとゴキブリが湧いちゃうよ」


とこともなげに言われ、以来アリの巣はリビングに居座ったままである。


 日もだいぶ短くなった10月中旬、素はこの子は隔世遺伝なのねとため息をついた。







-10月13日、同日21:00分世田谷区成城-

 

 捜査線が敷かれ、佐々木照子の遺体は佐々木雄二承諾のもと、司法解剖に回された。10月半ば、それもだいぶ涼しくなってきたこの頃、たとえ脱水症状を起こしたとしても人間の体はあんなには干からびない。


 それが大軒大悟や捜査にきた刑事たちの感想だった。佐々木照子の息子である佐々木雄二でさえ、初めはそれが本当に自分の母であるのかとと疑ったほどだ。


 そんな奇妙な遺体とは別に、大軒大悟や捜査に当たっている刑事たちは違和感を感じていた。聞き込みをしようと遺体発見現場付近の家をおとずれたが、軒並み留守なのだ。


 その数およそ54軒178世帯、遺体現場から半径50mほどの建物である。住宅街であり商用施設はない。その家々がすべて留守であり捜査を始めて10時間ほどたつが、いっこうにそこの住人達が帰ってこない。


 世田谷区成城の一画はその夜、どの家にも明かりが灯ることはなかった。

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