開幕
『あの駅員さんは仕事だからしょうがない。けど、君を含めた四人は招かれざる客かもしれないね。おかげでわたしの予定は水の泡さ』
彼女はステージから観客達のいる静まり返ったフロアへ、詠うように台詞を放つ。
カーテンが閉め切られた体育館二階のギャラリー通路に設置されたピンスポットの照明を全身で浴び、腰の辺りまで真っ直ぐ下ろした長い黒髪が光沢を帯びている。
『予定って、一体何のことですか?』
淡々とした発声の彼女とは対照的に、俺は抑揚のある口調で返す。
三年前から覚えているこの台詞は、自然と滑らかに喉から出ていく。
なぜなら、頭で思い出さなくとも、体に馴染んでいるから。
『察しが悪いなあ。この駅を外界から切り離したのは、このわたしなのさ』
中性的に放たれる彼女の透き通った声が、再び体育館全体に響く。
その左肩の向こう、出番を終え舞台裏の上手袖でパイプ椅子に座る演劇部部長の姿があった。
部長の表情には安堵と自信が同居した笑みがある。
それに共感したいところだけど、今は集中力を切らせてはいけない。
『なんだか不思議だね。ふふっ、君とは初めて会った気がしないな。他の人はわたしとこんなに長く会話なんか続かないんだよ、あの駅員さんとかもそう』
『それは光栄ですね。でも会話が続かないなんて、わからない。少しミステリアスなだけであなたは普通の人なのに。僕はそれを知っている、多分』
体は動かさずに、こちらへの僅かな関心と供に首だけが少し傾く。
『どういう――』
流れるようなゆったりとした動作で振り返り、
『――こと?』
その薄い唇から静謐な音が紡がれる。
息の切り方と、指先の流し方にまで表れている繊細で妖艶な立ち回りだけで、彼女は不思議な世界観を作り、俺と観客と対話する。
揺れる長い後ろ髪が照明によって映える姿、これは三年前とは違ったもの。
けれど、それは決して悪いことじゃない。
変化というものは、人に壁を乗り越えられる勇気を与えてくれる。
だからこそ俺は、一度は諦めたこの舞台に望む人と立てたのだ。
この奇跡に感謝したい。
『あなたは覚えてないだろうか?』
事の始まりは、一ヶ月前に遡る。