こちら魂運輸お客様相談窓口です
死んだらどこへ行くの?
青少年の頃に誰しも一度はぶつかるだろう争点。
僭越ながら私がお答えします。
人は生涯を終えると魂が身体から離れます。
そしてその魂は天界の魂運輸から派遣された係員が回収し、天界へ配達することになっています。
中世風の世界だったり魔法や剣が蔓延っていたり近代的だったり、死者はどこにでもいますから、彼らは世界の壁をその翼でひょいと越えます。
世界によって死神とか天使とか、彼らへの呼び方は様々です。
そして魂は次の生を授かりぱっぱと転生するわけです。
生前にどんな悪逆に手を染めようが、徳を積んでいようが皆等しく転生しますのでご心配なく。
あ、もちろん善い行いをされた方には多少の色はつけさせていただいておりますので、頑張ってくださいね。
お客様相談窓口はいつも仕事に追われている。
係員が配達してきた魂は転生執行課に送るのだが、魂の中には転生に抵抗するものが少なくない。
そんな魂対応全般を丸投げされているのが私の勤める魂運輸のお客様相談窓口に与えられた仕事だ。
担当係は今日も、色んな世界の魂の叫びに付き合い宥めていた。
「ですから、お客様。僕は配達が仕事ですので、転生先のご希望を申されましても困ります」
20歳手前だと思われる風貌の青年がため息をつくと、青年の背中に生えた白い翼が音を立てた。
彼の名前はアーベルと言い、お客様同段窓口に魂を持ってやってくる配達員だ。
艶のある金髪がたっぷり生え揃い、見た目は若々しいがブルーの瞳には死相が見える。
まるで魚の目だ。
かわいそうに、まだ新人だというのに碌な休暇をもらえていないのだろう。
私もそうでした。
魂運輸の人員不足の闇は深い。
「アーベルくん。どうしたの?」
「あ、どうもご無沙汰してます加藤さん。こちらのお客様のご相談にのって頂きたくてお連れしたんですが、お任せしてもよろしいですか?」
「大丈夫です。ではお客様、お話をお伺いします」
慣れた営業スマイルを浮かべて本日のお客様を応接室に案内する。
こぽこぽと慣れた手つきで自前のカップお茶を注ぎ、テーブルに置く。
目の前に座ったお客様を観察しつつお茶で舌を湿らした。
お客様が白い目でわたしを見ている。
あれ、なにかしたっけと首を捻り、お客様の視線の先が私のカップにあることに気が付く。
ああ、なるほど。
「お客様は実体をお持ちでないので、お茶をご用意しても飲んでいただくことができませんが、よろしければご用意いたしましょうか?」
お客様ははっと目を開き、気まずそうに目を逸らす。
いやいや、いいんですよ。
自分が死んでること忘れてる人って多いですから。
中には口に出して「無礼者!」とか絶叫するふてぶてしい方もいらっしゃ来るくらいですから、お客様なんて可愛らしいものです。
営業スマイルを崩さず本題を提示する。
「さて、転生先のご希望についてと伺っていますが、事情の説明をお願いいたします」
事前にアーベルくんに渡されたお客様の人生記録をめくる。
ふむふむ、名前はブラウン様。
趣味が乗馬と射撃で好きな食べ物がフォアグラ、と。
パレス国の第一王子で死因は乗馬中の転落死。
生粋の王子様じゃないですか、やだー。
「私は、先に逝ってしまった婚約者にもう一度会いたい。そして謝りたいと思っている」
「その姫とは、ブラウン様の奥様が殺害されたリン姫のことでしょうか」
「……知っているのか」
「はい、たった今拝見しました」
ブラウン様の誕生から始まり、初めて言葉を話した日や初恋、結婚、そして人生の幕を閉じるまでに至って鮮明に書き記されている。
厚さ数十センチにも及ぶ人生の超大作だ。
私の特技ですか?
速読です。
「……知っての通り私にはリンという幼馴染の婚約者がいた。だが成人式を兼ねたリンとの婚約パーティーで彼女に出会ってしまった」
「奥様のマリア様ですね」
「ああ。私は彼女にひと目で恋に落ちた。初恋だった。マリアは田舎の男爵家の娘で笑顔の素敵な、私の周りにはいないタイプの女性だった。婚約者のことは憎からず思っていたが、お互いに利益だけの婚姻だと理解した関係でしかなかったから、罪悪感はあまり感じなかった」
王子が懐かしむように目を緩ませた。
癒し系女子ですね、わかります。
周囲に王位継承が確実な第一王子の本妻を虎視眈々と狙うハンターしかいなければ、田舎育ちの草食系に目移りしてしまうのは仕方ないだろう。
王子に同情の余地ありだ。
「私は社交シーズンの間、毎晩マリアのもとへ通った。だが、マリアと結婚しようとは思っていなかった。一緒にいればいるほど彼女の魅力に惹かれたが、彼女は王女に必要な教養や社交の経験が明らかに不足していたから」
つまり、マリアのことは一時の火遊びの相手であり、終りの見えた恋愛関係だったということだ。
うーん、初恋にテンション上がっちゃったのはわかるけど、ひどいな。
私が冷たい目で王子を見据えていると、王子が慌てて弁解する。
「いや、マリアのことは本気だった! 彼女の願いはできる限り叶えたし幸せにする努力もした。私が結婚した後もできる限りの援助を申し出るつもりだった」
そう、この王子も割と考えてはいたし、資料を拝見する限り悪い人じゃない。
基本的に根が真面目だから国民からも将来を期待されていたみたいだったし。
若い頃にちょっと寄り道して遊ぶってことができる状況ではなかったのだから、初恋に暴走した王子を責めてやるのも可哀想か。
私は同情をこめて頷き、話の先を促す。
「だが、リンとの結婚式を控えた少し前、彼女が妊娠していることが発覚した」
心中お察しします、と心の中で合掌する。
こうなった男の末路など、あまり聞きたいものではない。
くそ真面目な王子が起こした不祥事が切っ掛けで始まる転落人生など。
よくある話で涙は出ないがやはり、何度聞いてもこの手の話は誰も幸せになれる見込みが希薄すぎて悲しい。
「マリアは結婚したいと言ってきた。今までそんなこと言ったこともなかったのに」
「あの、野暮を承知で伺いますが、避妊は?」
「情けない話だが、彼女が大丈夫だという言葉を信じてしなかった」
はい、きたー。
「確信犯ですね」
「ああ、周到な計画妊娠だった」
なんていうか、本当によくある話だな。
一国の将来を担う人がやらかしてはいけない系の展開だ。
先が読める。
小説なら「ああ、このパターンね」と本を閉じる。
うさぎだと思って愛情込めて飼い慣らしていたら思いがけず噛まれてやっとうさぎの皮をかぶった狼だったと気づく。
狡猾な女性の野望を詰め込んだ玉の輿ストーリー。
「それでも私は彼女のことは愛していたから、国王に嘆願した。プライドを捨てて土下座だってなんだってした。王位継承は剥奪されたが、どうにかリンとの婚約を解消してマリアと結婚した。もちろんリンの実家には謝罪金を渡したが、そういうことで償えるものではない。リンには本当に申し訳ないことをした」
「そこで問題が生じたわけですね」
「ああ。子供を授かってマリアは少し情緒不安定になっていた。そこへリンと私の愛人説が噂で流れてきた」
本当に意味がわからん。
どうして捨てられたとも言えるリン姫がブラウン様となんの得もしない爛れた関係を持とうと思うのか。
リン姫がブラウン様のことを影で慕っていたとかならわかるが、捨てられてもなお縋る程の根性も持った姫はなかなかお目にかかれないだろう。
姫にだってプライドはある。
噂を流したやつの考えがわからない。
「誰かが冗談で言ったことだろうと思う。だが、マリアはそうは思わなかった」
マタニティブルーで苦しんでいる上に旦那の不倫疑惑なんてものががかけられたら、そりゃ疑心暗鬼にもなるってものだろうよ。
しかも相手が元婚約者だなんてなんてタチが悪い。
「マリアは日に日におかしくなっていった。そしてついに、マリアはその手を狂気に染めてしまった。リンが資金援助をしている孤児院に視察に行っていることを知ったマリアは孤児院に出向き、護衛の隙を突いて彼女を刃で刺した。リンは即死だった」
鉛をのせたような重い空気が部屋に漂う。
発生源はブラウン様だけだが。
私は読んでいた展開だったので、表情を変えず手元のお茶で喉を潤す。
目の前で殺人現場を目撃した孤児院の子供たちは、確実にトラウマが植えつけられたことだろう。
「だから、私はリンに会って謝罪したい。私は彼女を不幸にすることしかできなかったから、せめて来世では幸せな人生を歩んで欲しい。彼女は私の顔を見るのも嫌かもしれないが、それでも償わなければ私の男としての矜持が許さない」
「了解いたしました。ブラウン様のご希望に添えるよう魂運輸の総力を持ってお手伝いさせて頂きます。では、転生先はリン姫と同じ世界ということでよろしいですね」
「世界?……いや、深くは聞かない。頼む」
「ご気使い感謝します。では転生生物一覧表をお渡し致しますので転生したい生物がいれば教えてください」
これまた分厚い冊子をどこからともなく取り出してぱらぱらとめくる。
「ブラウン王子は、そうですね、割と好待遇でお選びいただけます」
「いや、私は人間でかまわないのだが」
「申し訳ありませんが、人間は人気生物1位でございまして、只今定員オーバーです」
誰だって人間になりたいと願うものだ。
死んだら猫になって自由気ままな人生を送りたいと口にしていた30半ばのOLだって、死んでみれば再び人間になりたいと願う。
結局、人間は人間という種族を捨てることはできない。
そんなものだ。
「じゃあ、このエルフというのは? 割と人間に近い姿をしているし」
「恐れいりますが、エルフは長寿なため死者が出ず満員になっております」
「ううむ……そうだ、リンは何に転生したのだ?」
えーと、リン姫の資料っと。
転生記録に目を通して名前を探す。
「あ、わかりました。リン姫は竜として生を受けていらっしゃいます」
「り、竜!?……空を飛んだり火を噴いたりするという、あれか?」
「あれです。ちなみにこちらの世界ですと、火は吹かないタイプです」
あ、そこはどうでもいい?
それは失礼しました。
王子は呆然と転生生物表を見ている。
よし、ここからが私の腕の見せどころだ。
「私のオススメは、こちらのニシキヘビなんていかがでしょう。席も空いてますし、そこまで敵もいませんからなかなかの好条件です。それに、ほら、竜と蛇ってなんか似てますし」
「いや、すまないが爬虫類は苦手なんだ」
知ってましたけどね。
いや、でも自分がなる分には気にならないかなって思いまして。
転生しても爬虫類嫌いが治らなかったら自分の姿を見るたび地獄でしょうが。
ああ、まず子孫繁栄の道は閉ざされますね。
それは困る?
やはり転生先でも子供は欲しいと。
ふむ、ブラウン様、実はあまり懲りていらっしゃらない?
「では、象なんていかがでしょう? 集団行動ですし、ある程度の安全は確保されます。特に前世で波乱万丈な人生を送っていた方、自殺願望のある方にオススメさせて頂いております」
「待て、私は自殺願望などない」
「はい、もちろんすぐにと言うわけではございません。象は自分の死期を悟ると群れから離れて死ぬという習性があるとか。象の緩慢な自殺はとても美しいものですよ。滝壺の下では象の骨が見つかるとも言いますし」
ブラウン様は眉を寄せて嫌悪感を示した。
自殺という単語が不快だったらしい。
しまったな、言葉の選択を間違えた。
死因判定課の知人が熱弁してくれたセリフをそのまま使うんじゃなかった。
「では、知能は落ちますがカエルなんてどうでしょう。わあ、リアル版カエルになった王子様ですよ! 今がチャンスですブラウン様!」
「キスをしたら人間になれるのか?」
「私どもの力量が及ばず残念ながらキスで種族の壁を超えることはできません」
くそ、なかなか折れないこの王子。
私が少し面倒になりはじめた頃、王子が転生生物一覧表の中のある種族を指さした。
「これはどうだ?」
「ああ、これでしたら可能です。ただ……本当にこれでよろしいのですか? 探せばもっといい待遇の生物もありますよ」
「いや、これで頼む。これならリンと似たような種族だし、その他欄に神に見初められれば竜になることも可能だと書かれている」
「ええ、龍神様になりますね。かしこまりました。では配達員を呼んでまいりますのでしばらくお待ちください」
そして私はリン姫と出会うことを目標に燃える王子を送り出した。
「加藤さんこの度は本当に助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもないです。手間のかかるお客様ではありませんでしたし」
「それで、今回はどちらに?」
「ああ、これです」
私はブラウン様の転生記録をアーベルくんに渡した。
「タツノオトシゴ……ですか。なんていうか、意外ですね」
「龍神様に見初められるなんてそうないことですが、一塁の望みにリン姫との運命というやつをかけてみるそうです。会えれば謝罪する機会を得るし、会えなければそのままタツノオトシゴとして死ぬそうです」
「へえ、なんだかロマンチックな話ですね」
「そうですね。まあ、リン姫は前世の記憶なんて覚えていませんが」
「ああ、そうですよね。竜は知能が高いし前世のオプションはつけられないでしょう」
王子には言っていないが、転生する際に前世をつけることができるのは今世で善い行いをした者、そして転生先の生物の知能が低いという条件を満たす必要がある。
リン姫の選択した竜は知能が高すぎる。
王子の生涯は決して善い行いをしたとは言えないので、もとより前世の記憶を付けることは無理な話だった。
王子にそれを言わなかった理由?
言う必要がないからだ。
どうせ生まれ変われば前世の記憶はなくなる。
知ったところで王子の説得に時間がかかるだけで何の利益もない。
悪いとは思うが、そういう会社の決まりなのだ。
まあ、それでも中には自力で思い出す強者が稀にいるらしい。
私はまだ見たことがないけど、もし王子が勝手に思い出すならそれは自由だ。
私の知らぬところで勝手に謝罪でもなんでもすればいい。
竜の姫と竜の落し子の王子が前世を思い出して始まる物語なんてのも、なかなかロマンチックだし。
シリーズにするかもしれません