後編
お待たせしました。
私とカイルが出会ったのは、私がまだ4歳の時だった。カイルは2つ年上だけど、その頃はほとんど変わらなくて。女の子らしく!と周りに言われるぐらい活発だった私とは正反対の、私よりも可愛らしいカイルに嫉妬したのを覚えてるわ。だから何かにつけてイジワルをしたのよね。
カイルは泣き虫で、私がからかう度に大きな瞳でポロポロ涙を流していたわ。だから、『泣き虫カイル』って呼んでいたの。
そのカイルが泣かなくなったのは、私が10歳の時かしら。
その日、嫌がるカイルを連れてこっそり厩に行ったの。覚えたての馬術を見せてあげようと思ってね。でも、私が馬の背中に乗ろうとした瞬間、馬が暴れて私は落とされてしまった。
幸い、背中を強く打っただけだったけど、泣くだけで何も出来なかったと思い込んだカイルは、それから剣の鍛練を始め、身体を鍛えたわ。反対に私は、両親からこっぴどく叱られて自宅謹慎をさせられたわ。その時に暇潰しにと読んだ本がとても面白くて、読書が大好きになったの。
*・*・*・*・*・*・*
そして月日が流れて三年半前、カイルと彼女が出逢って恋に落ちた時、カイルはそれはそれは嬉しそうにサラさんとのことを私に話してくれたわ。
その日、まだパーティーに慣れていないサラさんは人酔いをしてしまって、人気のないところで休んでいたんですって。すると何を勘違いしたのか、男の人が言い寄って来て、何処かの部屋に連れ込まれそうになったサラさんを、偶然通りかかったカイルが助けたの。
助けて貰ったサラさんと、怯えて震えるサラさんを見たカイルは一目で恋に落ちたわ。まるで昔大好きだった物語のように。いえ、その話を聞いて私は言ったの。『物語のような、運命的な出逢いね』って。それからの二人を見ていても、お話の中に出てくるヒロインとヒーローみたいで、羨ましかったわ。私にもいつかはって思ったりもしたの。
だからかしらね。あの二人が離ればなれになって、ヒーローの隣に立っているのが私だと、まるで二人を邪魔する悪役なんじゃないかしらって思うのは。でも、お話を読んでいた時は気付かなかった、悪役には悪役なりのちゃんとした想いがあったのね――――
*・*・*・*・*・*・*
昨日、あれから逃げるように自分の部屋に帰ってきてから、涙が止まらない。おかげで夕食の席にもつけなかったわ。みんな、きっと心配してる。
でも駄目なの。自分ではもう、どうしようも出来ないの。だって、
カイルのことがこんなにも好きだと気づいてしまったんだもの。
失ってから気付くなんて、遅すぎよね。本当に、私は馬鹿だわ。この三年、いえ、求婚を受けてから二年の間に、私の中でカイルの存在がこんなに大きくなってるなんて。冷静な自分を取り戻せないぐらい好きになってるなんて。
やめましょう。私にこんなのは似合わないわ。泣いてばかりなんて。以前みたいに応援すればいい。私は、カイルの幸せを願っているんだから。
婚約を解消するのは難しい。離縁するよりよっぽど。特に私たち貴族間ではね。きっとお父様はお怒りになるわ。ご友人であるカイルのお父上との縁を切ってしまうぐらいには。カイルのお父上も、二人のことを許さないかもしれない。でも大丈夫よ。私はカイルの味方でいるわ。もう会うことは、きっと出来ないでしょうけれど、二人の幸せを願ってる。心から。
よし!そうと決めたなら、お父様が仕事に行かれる前に話をしなくてはね。準備を…あら?いやだ私ったら。こんな、泣き腫らした顔で部屋の外になんて出れないわ。笑っていなくちゃいけない大事な時なのに。どうしようかしら……
?なんだか外が騒がしいわね…。客人が来るには早い時間だし、お父様のお仕事関連かしら。
??騒々しさが段々近寄って来るような……何事?
『お待ち下さい!お嬢様はまだお休みでいらっしゃいます!』
『ならば一声かけて待たせてもらう。』
!!この声は!
『…ジュリア、僕だ。カイルだ。準備が整ってからでいい。話が…いや、顔が見たい。』
……………
「入って、いいわ。」
昨日から服も着替えてないんだもの。今さら準備なんて必要ないわ。あ、でも顔が!
カチャ
「……ジュリー。」
いくら部屋が薄暗いっていったって、こんな泣き腫らした顔で会えないわ。それに……また泣いちゃいそうだもの。婚約解消の話なら、尚更。
「……大丈夫よ、カイル。大丈夫。だから、お話ならお父様と、」
「話があるのは君だけだよ。ジュリー、僕と結婚してくれ。」
……………………は?
「え?だって貴方には……」
「昨日は油断した。すまない。サラは、侯爵の手紙を届けてきただけなんだ。それがあんな話になるなんて、思わなかった。お互い、別の道を歩んできたから。……侯爵は、サラと結婚してしばらく経ったあと、僕に会いに来たんだ。僕とサラが付き合っていたから。それでサラに辛い想いをさせてしまっているから。……彼は、優しすぎた。僕が望むなら、サラと別れると言ってくれたんだ。それでサラが幸せになるなら、と。でも僕は断った。その頃には、君がいたから。僕の心を唯一支えてくれた、君が。昨日の手紙はその時の詫びと、必要な時は侯爵家がバックアップしてくれる手筈が整っているという手紙だ。君も読んでくれて構わない。」
「…………読まないわ。それは、侯爵様が貴方に宛てたものでしょう?私が読むことは出来ないわ。」
「ジュリー、」
え?あ、と、近寄らないで!顔、酷いことになってるのよ!こんな顔、見られたくな…
「君を傷つけてしまったこと、謝る。全部を信じて欲しいとは言わない。僕とサラは綺麗な別れ方じゃなかったからね。でも、これだけは信じてほしい。
もう、君以外を愛せない。ジュリア、君だけを愛しているんだ。だから、僕と結婚してほしい。」
…………今まで、カイルの気持ちを聞いたことはなかった。常も、求婚の時も。それは、カイルの中にまだサラさんがいたからだと思っていたのよ。なのに、
「僕は臆病で卑怯者だ。今まで君に、自分の気持ちを言ったことがなかった。言えなかった。あんなに情けない姿を晒しておいて、君を好きだとどの口が言うんだと思った。そんなことを言ってしまったら、君がいなくなってしまう気がしたんだ。愛想を尽かされてしまうんではないかと思った。君がそんな人ではないことを知っていても、不安に駆られるんだ。」
「ジュリー、愛してる。君だけを。これから何十年もの年月を重ねて、それを君に証明しよう。僕か君が先立つ時、昨日のことを許してくれ。それまで僕を許さず、ずっと僕の傍で見張っていて。約束するよ。もう、君を二度と不安にはさせないと。」
て、手の甲に口づけをするのはやめてもらえるかしら……。顔が燃えるようだわ。カイルは、こんなこと言う人だったのね。知らなかった……。
「君を繋ぎ止めるためなら、どんな言葉でも紡ぐさ。言葉が駄目なら行動で示す。君が了承してくれるまで、何度でも。」
うぅ。勝手に心を読むのは止めてくれないかしら。恥ずかしいわ。それに、サラさんが…
「彼女なら心配いらないよ。夫に先立たれて、ちょっと寂しかっただけだ。きっとすぐに、侯爵がどれだけ愛してくれていたか、そして今でも守ってくれていることを理解するさ。彼女宛の手紙も入っていたからね。」
そうなのかしら?でも、キスだって…
「あれは…はぁ。なかったことに出来るなら今すぐしたいけどね。事実は消えない。でも、あれが最初で最後だ。」
え?最初?
「そうだよ。言っただろう?何もなかったって。その言葉に偽りはない。大切な女性を、結婚前に傷つけたりしないよ。僕は紳士だからね。」
でも、でも…
「ジュリー、何でも言って。君の不安を全部潰したいんだ。君が僕の光でいてくれたように、今度は僕が君の光になりたい。君を不安にさせたのは僕だけど。」
「…………でも、私では主人公にはなれないわ。」
だって私は……
「ジュリー、君の人生は君が主人公であって、君がヒロインだ。そして僕にとってのヒロインも、君だけだよ。」
私が、ヒロイン?
「そうだよ。誰しもが自分の人生では自分が主人公だ。ジュリー、君もね。」
「……………………ほん、とは。」
「うん。」
「本当は、こわ、かった…」
「うん。」
「貴方が離れていってしまうのが、イヤ、だった。」
「うん。」
「っ!……ふ、不安だった。」
「……うん。」
「ひっ、……く、貴方の中には、サラさんが、」
「いないよ。君だけだ。」
「で、もぉ……ぅっ。」
「大丈夫。僕の一生をかけて、君に証明するから。だから、……傍にいて。」
「ふぇ……ぅ。私でも、いいの?」
「うん?」
「私が貴方の妻でも、いいの?」
「君じゃなきゃ、駄目なんだ。」
初めてのキスは、しょっぱかった―――――
*・*・*・*・*・*・*
あれから半年。
一悶着は起きたけど(主にお父様で)、予定通り結婚式を終えることが出来たわ。完全に私の不安や心配が取り除かれた訳ではないけど、今までのことが嘘みたいにカイルは私を大事に愛してくれている。すごくその、……幸せよ?
「ねぇジュリー、なぜ僕が結婚を先伸ばしにしたか、わかる?」
そういえば……。婚約してから2年とちょっと。結婚準備期間にしては長いわね。カイルが決めたから心の整理の為だと思っていたのだけど、違うのかしら?
「僕はね、ジュリーに僕を"男"として見てもらいたかったんだ。もしあのまま結婚していたら、僕をずっと"幼馴染みの泣き虫カイル"で見ていただろう?まぁ、気づいてもらえなかったけど。」
そうだったの?でも、何が違うか分からないわ。カイルはカイルじゃないの?
「ちょっと違うんだよ。男心は複雑なんだ。ジュリーにはわからないと思うけどね。」
まあ!失礼しちゃう。カイルだって女心がわからないくせに!
「わからないよ。だから教えて?ジュリーが何を思っているか、考えているか。僕だけに。」
な、何を……。あ!
「そろそろ、仕事の時間よ。今日も頑張ってね、旦那様。」
「はぁ。仕事なんかなければいいのにね。ジュリーがいってらっしゃいのキスをしてくれれば頑張ってくるよ。」
んもぅ……仕方のない人。
・・・・・・・・・・・・・
あれから、一度だけサラさんから手紙が来たのよ。もし別れてっていう内容だったらってドキドキしたけれど、開いてみれば、謝罪の言葉とここから離れて侯爵家の別邸に移り住むことが書かれていたわ。彼女は侯爵にどれだけ愛されていたか、亡くなってから知って後悔に駆られたそうよ。だから、
『人はなぜ大切なものを失ってから気づくのかしらね。ジュリアさんは、私のようにならないでね。ご結婚、心よりお祝い申し上げます。』
と締め括られていたんだと思うの。多分本当に、カイルの言う通り寂しかっただったのかもしれないわね。私も、サラさんの幸せを願うばかりだわ。
あら?カイルがもう帰ってきたみたい。ちゃんとお仕事してるのかしら。毎日早すぎると思うのよね。
私の手元には昔大好きだった本。でもこれを読み返すことはないと思うの。だってカイルが教えてくれたもの。
『私の人生は、私が主人公』なんだと――――
色々思うところはあるでしょうが……これが私のベストです。
あとはカイル視点があります。あのあとサラと何を話したのか、なぜすぐに追わなかったのかを綴ってます。が、一旦完結で。




