File.03 出撃
「ファクター?……それに、君は一体……」
和真たち五人の目は、暗闇から現れた鋼鉄の塊――150mをゆうに超える巨体を横たえた機動戦艦のほうから歩み寄ってきた、長髪の少女に向けられていた。その中の色は、懐疑的なものに変わっている。
少女の外見は、おおよそ現実に存在する人間とはかけ離れていた。照明を反射してところどころを虹色に輝かせる銀色の髪、無機質な光を宿す灰色の瞳、雪のように白い肌。
何より特徴的だったのは、その身を包む灰色――鉄の色を基調としたセーラー服だった。ひらひらとスカートをなびかせて、こつこつと足音を鳴らしながら近づいてくる少女が、唐突に口を開く。
「……わたしはあなたの船。そしてわたしは、あなたを呼んだ。来てくれて、ありがとう」
不思議な言葉を並べた少女が、五人に――その中心にいた和真に向けて、小さく謝辞を述べる。その言葉を受けた和真は、ますますもって怪訝な目を向けた。
「……俺が聞きたいのはお礼じゃない。お前が何者なのかと、どうして俺をここに呼んだのかだ」
強い口調で、和真が問いただす。それを聞いた少女はしかし身じろぎひとつせず、ごく小さく頷いて口を開いた。
「――わたしはこの船の核。あなたを呼んだのは、そうする必要があったから」
「必要?」
「うん、必要。……アルディアと戦うためには、主であるあなたが必要」
アルディアと戦う。その言葉に、そこにいた五人が例外なく驚愕を示した。
「おいおい、あいつらと戦うだって?冗談、生身じゃどーにもならねぇぞ。メタルナイトなり戦艦なりあるんなら、話は別だけどなぁ」
だれよりも早く反応したのは、大きく肩をすくめた正幸だった。冗談めかしていたずらっぽく睨みかけるが、やはり少女は動じない。それどころか、仲間たちの予想を超える言葉を発した。
「戦艦ならいる。――――わたしは『超新鋭決戦機動戦艦』名前をイクシオン」
イクシオン。その名前を知っている人間は、例外なくこの場にはいなかった。しかしその直前に言われた複雑な言葉の羅列の意味を理解していた人間は、たった一人存在する。
「――――超新鋭、決戦機動戦艦!?」
「知っているのか、新島!」
正幸に問われた恵利は、しかしわずかに口をわななかさせて動かなかった。やがてたっぷり5秒ほど沈黙してから、呆然としながら口を開く。
「……今から36年前、政府に何者からか設計図が届けられたの。それを基に開発された、アルディアと対等以上に渡り合うことができる、その名の通りの超新鋭の機動戦艦。それが超新鋭決戦機動戦艦……通称『超新鋭艦』」
震える声で説明した恵利に向けて、イクシオンを紹介した少女がかくりとうなずく。
「そう、わたしは36年前に建造されて、20年前に完成した。それからずっと、この暗い所に隔離されていた」
少女の言葉に反応したのは、それまでことを静観していた龍介だった。
「隔離……それにわたしが建造された?まるで、お前が船そのもののような言い方だな」
「そう、わたしはイクシオンそのもの。あの船を動かすためのパーツ」
背後にある大きな船――イクシオンを指さしながらあっけらかんと言い放つ少女に、問いかけた龍介はもちろん仲間たちも動揺する。和真もまた、その言葉が信じられなかった。しかし少女は、それが事実であることが事実だと言わんばかりに抑揚の薄い声で話を続けている。
「わたしはあなたと出会うことを待っていた、この場所で。…………最終確認、鈴堂和真。あなたはわたしに、この世界に、何を望むの?」
少女の言葉に、はっと和真が顔を上げた。その言葉に、聞き覚えがあったのだ。
昔、まだ和真が小さかった頃。メタルナイト乗りとして軍に所属していた両親は、和真にたくさんの愛情を注いでいた。二人の愛を受けて育った和真はしばしば、二人から問いかけられていたのだ。
「――和真、あなたはこの世界に何を望むの?」
「――和真、お前はこの世界に何を望むんだ?」
そうして問いかけられた後、二人の親は決まって同じことを言っていた。
「…………俺は。俺は、アルディアから地球を取り戻したい。俺のそばからいなくなるその日まで、父さんと母さんが言っていたんだ。『お前に、地球の水平線というものを見せてやりたい』って。……二人を亡くしてから俺は、その言葉を――それだけを目標にして、ここまで生きてきた。だから――」
そこまで言い切って、和真は一度目を閉じて深呼吸する。思い出されるのは、二人の両親のこと。
平和を願い、アルディアから地球を取り戻すために戦い、そして何処かへと散ってしまった二人の願いは、自分が受け継ぐべきだ。確固たる意志をもって、和真は声高に宣言した。
「だから、俺は戦う。……イクシオン、俺が主だというのなら――――俺のために、その力を貸してくれ!」
「――指令受諾、了解。イクシオン、出航準備」
少女の声に呼応するかのように、イクシオンがわずかにその船体を輝かせた。同時に少女がくるりと踵を返して、やってきたタラップをこつこつと歩き出す。それにつられて和真が、仲間たちが歩き出し、五人と一人はイクシオンへと向かう。
「すごい……どんな原理で動くんだろ」
感動したように声を漏らす優香に答えたのは、以外にも先頭を歩く少女だった。
「イクシオンは、機関に搭載した『ニュートリノ・リアクター』によって動く。武装や推進も、全部ニュートリノで賄っている」
「うっそ、ニュートリノって……たしか、実用にはまだ半世紀かかるってアレじゃない!さっすが超新鋭艦、そんなものを平然と乗っけている!そこにしびれる憧れるーッ!」
「名の通り、って新崎の言葉は伊達じゃない、ということか。……しかし、どうしてこれほどのものを軍は量産しなかったんだ?」
「イクシオンに最終起動装置として組み込まれたとき、設計図のデータが破損して消滅した。わたしのログにもそれは記載されている」
「消滅って……なんかきなくせぇなー」
龍介の問いに少女がまた答え、その回答に正幸がけげんな表情を作りながら肩をすくめる。それだけのやり取りのうちに、一行はイクシオンの入り口であるハッチへとたどり着いた。少女がそこに手を触れるとぎぃ、という音を立てて、内部のエアロックが口を開ける。
「乗って、鈴堂和真」
「……和真だけでいい」
「じゃあ、和真。わたしに乗って」
少女に促されるまま和真が扉の中に入り込む。仲間たちもそれに続き、入ろうとするが――
「うおっ!?」
バチッ!という音とともにスパークが走り、踏み入ろうとした正幸の体をのけぞらせた。ぎょっとして仲間たちが正幸を心配する中、少女はいたって淡々と答える。
「今乗船を許可しているのは、権限を持った和真だけ。あなたたちが入るのは、艦長である和真の許可がいる」
「ああ、そういうことか。……和真」
「わかってる。そこの四人の乗船を許可してくれ」
「了解。船内データベースアクセス、バイオメトリクスの新規登録を開始……終了。里見正幸、一ノ宮龍介、新崎恵利、柊優香、以上四名の乗船を許可。権限レベル1を譲渡、完了。さきほどはごめんなさい」
「……あぁ、うん。別に大丈夫だ。気にすんな」
あっけにとられた正幸が、改めて恐る恐る踏み込むと、今度は何事も起らなかった。一安心して、仲間たちも次々乗り込む。
「こっち」と短くつぶやいた少女が先導するのについていく間、ふと和真が疑問を持った。
「……そういえば、お前はさっき自分のことを『イクシオンそのもの』って言ってたよな?あれはどういう意味なんだ?」
その問いかけに、しかしというかやはりというか、少女は薄い抑揚で淡々と答える。
「わたしはイクシオンを制御するコアユニットを内包した、自立型の端末。あなたたちの言葉で言うならば、わたしは『生体端末』ということになる。……それと」
生体端末、と覚えるために復唱していた和真が、少女の言葉に「ん?」と首をかしげる。見つめられた少女は、歩きながら和真を見据えて口を開いた。
「わたしは『詩音』。これからは、そう呼んでほしい」
「……あ、あぁ。わかった、詩音」
和真に名前を呼ばれた少女――こと詩音が満足そうにうなずくところで、6人は「ブリッジ」というプレートの張られた扉の前にやってきた。
「ここだな」
「そう。……アルディアが近い、緊急発進のシークエンスを開始する。ニュートリノリアクター、出力60%で起動。格納庫内の制御システムをハッキング、開始」
詩音がつぶやくと同時に、イクシオンの外からかすかに警報が鳴り響く音が聞こえ始めるが、本人はつゆほども気にせずにブリッジの扉を解放、中へと踏み入っていく。それに倣って、和真たちも中へと入っていく。
「……ほー、普通の船とは違うんだな。てっきりもっとアナログな感じだと思ってたんだが」
五人の目に映ったのは、壁面と天井の一面がモニターに覆われた、不思議な空間を生み出すブリッジだった。座席こそ存在していないが、狭めのブリッジ内各所には個人用のパネルモニターも設置されている。
「基本的には天井と壁面のモニターで周辺の状況を感知する構造。細かい部分に関しては個別のモニターとインターフェースで管理するけど、基本的にはわたしがすべてを一任している。艦長の役目は、私の指揮と作戦の立案」
淡々と述べた詩音は、一つだけ取り付けられたシートを指さして和真を見やる。
「和真、艦長として指揮を執ってほしい。座って」
「指揮……って言ったって、俺はそういう訓練はやったことないぞ。どうすればいいんだ?」
「ん……基本的な船の稼働や操舵についてはわたしがやる。和真は、発進や攻撃の指示とかでいい」
やはり淡々と応答した詩音はシートの横に立ち、両手を軽く持ち上げる。直後、詩音の周囲に半透明のホロディスプレイがいくつも浮き上がり、周りを青い光が淡く照らしあげた。
「機関部異常なし、船体補助システムの初期設定完了。粒子兵装へのニュートリノ、流入始動。全天周囲モニター、オンライン」
詩音のつぶやきに合わせて、ブリッジをぐるりと囲むように取り付けられていたモニターがすべて起動。周囲の状況をリアルタイムに通達し始めた。
「……すごいな。これだけのモニターを起動するとなれば、消費する電力も馬鹿にならないはずだが」
「ニュートリノリアクターで補っている。この船の設備はほとんどリアクターから賄っているから、機関をつぶされない限りは大丈夫。……攻撃兵装、防御兵装ともにオンライン。館内全システム、グリーン。格納庫のシステムハッキング完了、格納庫内への注水、開始」
詩音の言葉と同時に、格納庫内に設けられていたハッチが一斉に開き、そこからどうどうと水が流れ込んできた。たちまち格納庫の底が水に満たされ、イクシオンが水に浸かっていく。
「うわぁぁー、水の中も平気なの!?」
「イクシオンは運用環境を選ばない。和真が望むなら、どこにでも行ける。……格納庫内注水完了、発進準備よし。和真、発進の指示を」
みるまに格納庫は大量の水で満たされ、すべてが水の中へと没した。その様をモニターで見ながら、詩音が和真に指示を仰ぐが、和真は遠くを見据えたまま動かない。
「……カズ?」と正幸が問いかけても微動だにしない和真の頭は、一連の唐突な出来事に混乱しっぱなしだった。
このまま出撃すれば、どうなるのだろう。超新鋭艦なんてものを手にした俺は、どうなるのだろう。これから自分の、仲間たちの生活は、どう変わってしまうのだろう。
様々な疑問が嵐のごとく胸中を吹き荒れ、思考をかき乱す。そんな中でひときわ大きく響くのは、やはり両親の言葉だった。
――お前に、地球の水平線というものを見せてやりたい。
それはたった一つの夢、希望。これまで和真は、ただそれだけを目指して――両親が自分に求めた理想を目標にして生きてきた。そして、これからも。
これから、その夢を実現させることができるなら。この瞳で、水平線というものを見られるのならば。
後悔なんて、あるわけがない。
「――――メインエンジン始動。格納庫内の装置をすべて解放!」
「了解。メインエンジンを始動、ゲートロック解放」
高々と上げられた和真の宣言に詩音が反応し、直後に船体正面を塞いでいたゲートが重い音を水中に響かせて上下に開き始める。その先は、注水された格納庫と同じく水で満たされていた。
「固定アーム、ロック解除。係留アンカーのロックを解除、収容完了」
詩音の復唱に合わせて船体を固定していたアームが外れ、壁の装置にまかれていたアンカーが離脱、船の中へと巻き取られて格納されていく。水中で自由の身となったイクシオンがわずかに傾き、あわせてモニターに移っている映像も同じぐらいに傾く。
「艦内人口重力発生装置、オートで作動開始。船体角度を修正、仰角0,4度、面舵3度」
即座に修正されて船体の向きが元に戻った直後、完全にゲートが開ききった。それを確認した和真が、声高に宣言する。
「――イクシオン、発進する!!」
「了解。微速全身、よーそろー」
機関部に蒼い灯を点したイクシオンが、水底をゆっくりと動き始める。
劇中用語ノート ファイル3
超新鋭決戦機動戦艦…
略して「超新鋭艦」とも呼ばれる。
六天歴18年に、突如として何者かによって各コロニーへと送られた機動戦艦|(大気圏内外を問わず航行可能な飛行戦艦のこと)の設計図に書かれていた名前。転じて、人類によって運用されるはずだった地球奪還の切り札のことを指す。
桁外れの性能と、当時の造船技術を軽く凌駕したその製造技術には各国の技術者も例外なく唸り、その技術を欲したが、その設計図データは船を完成させるために組み込まれた際、仕込まれていたプログラムによって抹消されてしまった。
さらに意志を持った船が人間の出入りを拒絶、自らが認めた人間以外の乗船を拒否してしまったことにより運用は不能となり、以降は各コロニーの最深部にて隔離、封印されることとなった。
なお、当初技術者たちは「生体端末」が生成されるということを知らなかったと言われている。
生体端末…
超新鋭艦のコアユニットを内包して独立した個を確立した、いわゆるイレギュラーな存在。人間と変わらない意識、感情を持ち、同じく人間の肉体を持っているが、その肉体の材質は全くの不明。
設計図を書いた人間が生体端末の登場を予期していたのかも不明であり、なぜ誕生したのかはいまだ謎に包まれている。
ニュートリノ…
タキオン粒子の上位的存在。タキオンと同じく空間中に存在していることが確認されているが、性質的に転用が難しくいまだ実用には至っていない。
本編から20年前に完成した超新鋭艦がこれを動力としているが、その設計図が消滅してしまったためすでに増産は不能となっている。




