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File.02 邂逅

目を見開く少年たちの前で、銀色の光沢を放つ無機質な生命体――アルディアが、その巨躯に見合わない荘厳な翼を広げて屹立した。その一連の動作で我に返った正幸が、半ば供覧気味に声を上げる。

「……おい、おいおいおいおい!?なん、あれ、はぁっ?アル、ア、アレ、アル……なんだっけ」

「アルディアだボケナス!……だが、どうしてコロニーに!?」

驚愕する和真の言葉通り、アルディアは暦が六天歴へと移り、人類が宇宙空間に移住したその時から、一度として宇宙空間に、ましてコロニーに出没するようなことはなかったのだ。

しかし、彼らの目の前にある現実は、それまでの常識を覆している。人類の仇敵であるはずの金属生命体が、アルディアが、彼らの住む安息の地であったはずのコロニーを襲っている。

当然、その安全を脅かされた町は一瞬のうちにパニックとなった。町のそこかしこで悲鳴が響き、人々の絶望の叫びが、避難を促す軍人の怒号が、コロニー全体を包み込む。そしてそれをあざ笑うように、アルディアはその巨躯についていた口のようなハッチから、自らとは別の形状を持ったアルディアを吐き出し始めた。その小さな体躯は、和真たちもメタルナイトのシミュレーターで散々戦った相手。

「――あれは、ファイター級か」

龍介が、その正体をつかんで悔しげにつぶやいたと同時に、大型のアルディアから吐き出された小さなアルディア――ファイター級が、その先端にある角のような場所から、禍々しく光るレーザーを発射した。ごくごく小さな、そして短いレーザーだったが、光の槍が着弾した場所は、同じ色に光り輝く爆発に飲み込まれ、吹き飛ばされ、蹂躙される。そこにいた、避難できなかった人間を巻き込んで。

その光景に、五人は皆一様に息をのんだ。あり得るはずがなかった殺戮の光景が、今まさに目の前で展開されている。

「……これ、絶対逃げたほうがいいわよね」

「当たり前だ。……学校のほうはどうせすぐ埋まる、収容量が多い街のシェルターに逃げるぞ!」

「おっしゃ!」

恵利が頬をひきつらせながらつぶやき、和真がすばやく支持を出し、正幸が代表して応答すると、五人はそれぞれ足並みをそろえて走り出した。



***



「アルディア・マザー級、コロニー内へ侵入!ファイター級により、市街への被害を確認!」

「宙域防衛軍、損害22%!鬼無里キナサ、および羽広ハビロ轟沈!!」

「サジタリウス大隊、壊滅!アルデバラン小隊およびベテルギウス小隊、ポイント2-2から4-2へ移動、サジタリウス大隊の穴を埋めろ!」

ひっきりなしに怒号が鳴り響く軍の総司令部で、鳳崎は静かに怒っていた。その矛先は、ほかでもない自分に向けられている。

どうしてこの可能性を考慮しなかったのか。どうしてもっと早く、彼らを招集していなかったのか。きりのない思考は深いところまで潜り、彼の胸ポケットに入っていた携帯が鳴っているのに気付くのが遅れてしまう。

「……む、私だ。どうした桐谷きりたに?」

慌てて携帯を取り出して、通話をつなげる。相手は、先ほど連絡した仲間――昨日資料入りの茶封筒を受け取った、サングラスの男こと桐谷だ。

≪申し訳ありません、先ほど天渡学園のシェルターにて確認を行ったのですが、資料の五名は見つかりませんでした。おそらく、街のシェルターへと非難していると思われます≫

「そうか、ならばそちらへ向かってくれ。大きい場所から順に探してほしい。……増員が必要か?」

≪お気持ちだけ受け取っておきます。それでは≫

短い会話を終了させたのち、鳳崎はふぅと細く息を吐く。その瞳には、だれが見ても明らかな憔悴の色が浮かんでいた。

こんな非常事態なのに、なぜ見つからないのだ。一分一秒がとても長く、じれったく感じる中で、鳳崎は決断する。切り札を出すためには、下準備は不可欠だ。

「――メタルナイト部隊をコロニー内に展開、市街への被害を軽減する作業に当たれ!防衛部隊には53式ファルコンを配備、可能なら彼のアルディアを撃滅せよ!」


***


「――おいカズ、あれ見ろ!」

正幸が、その目に何かをとらえて和真に見ることを促した。いわれるままそちらを見ると、そこにあったのは――山腹が割れ、その中から何かがせりあがってくる光景だった。思わず足を止めて、和真はそれを食い入るように見つめる。

割れた山腹からは、全長おおよそ8mほどの、鋼鉄でできた人型のマシンが出てきた。人の頭部を模したセンサー部分で、ゴーグル状のカメラが闘志を燃やすようにひとつ発光する。

さらに、出てきた人型は一機だけではなかった。その横からも一機、また一機とせりあがってきて、それぞれが起動したことを示すかのようにアイカメラを発光させていく。

「……あれって『メタルナイト』!しかも、あの形状は『53式ファルコン』じゃない!?うっわぁぁー、もう実戦配備されてたんだ、かっこいー!」

同じように足を止め、食い入るように見つめていた恵利が、目を輝かせながら飛び跳ねているのを、龍介が微妙な表情で見つめる。

「……そういえば、新崎はメカオタだったな」

「だな。最近はメタルナイトの授業なかったし忘れてたぜ、この残念っぷり」

肩をすくめた正幸が皮肉交じりに呟くが、恵利はそんな言葉など耳に入っていない。むしろ、自分が自分に説明するセリフで掻き消えてしまっている。

「たしか、本格的に地球圏内に配備するために設計された第2世代型の2番機だったわね。メタルナイトを動かすタキオン粒子を本格的に武器へと転用して、そうよそうよ、あれこそアルディアの防御を貫くための49式粒子突撃銃!ってうわ、あれって53式大出力タキオンガンランチャー!?うそーっ、試験運用されてたとは聞いてたけど……っは、もしかしてあれが初運用!?きゃー、まさか正規運用の光景をこの目で見れるなんて!!なんて幸運、神様はあたしにやさしいわね!」

ひとしきり騒ぎ終えて興奮で鼻息を荒くしている恵利の手を、優香が掴んで説得を始めた。

「え、恵利ちゃん。早く逃げないと、死んじゃうかもしれないんだよ……?」

「ええぇぇー、優香はあたしにこの千載一遇のチャンスをみすみす見逃せっていうわけー?あたしはもうあんなものを見れたんだから死んだって構わないわよー」

しかしそんなものどこ吹く風、恵利の目は出現した人型の機械――メタルナイトにくぎ付けになって離れようとしない。こんな状況で趣味に走る友人を見ていよいよ優香が焦りだすが、それを解決させたのは和真だった。

「おい新崎。そんなこと言ってるけど、ここで死んだら本物のメタルナイトに乗るチャンスは二度となくなってしまうんだぞ。それでもいいのか?」

和真の真剣な、しかしあきれた表情で投げかけられた問いかけに――恵利は、至極真面目な顔で和真のほうを向いた。その瞳からはすでに羨望の輝きが抜けており、今の状況を真剣に考えるものに変わっている。

「…………そうね、そうよ何言ってるのよあたし。さぁ行きましょ、早く逃げないと命の危険が危ないわ!」

「……逃げる気になったのはいいけど、危険が危ないってなんか変じゃない?」

「ああ、頭痛が痛いよまったく」

あきれる優香におなじくあきれる和真が返した返事を皮切りに、五人はまた走り始めた――その時だった。

『――――こっちだよ』

「え?」

不意に和真の耳が、何かをとらえたような気がした。拍子抜けしつつも、音のようなものが聞こえたほうを向くが、そこにはただ混乱を極める町があるだけ。

「……どうした、和真?」

「ん……いや、なんでもない」

気のせいだろう。そうあたりをつけて、和真は走る仲間たちの背を負った。


メタルナイト。それは、宇宙へと追いやられた人間がアルディアに対抗するべく開発した、「汎用人型戦闘機」のことだ。

「タキオン粒子」と呼ばれる空間で生成されている微粒子を利用して駆動するその巨大な鋼鉄の人形は、粒子によって得られる大推力によって実現した三次元機動を得意としており、その戦術の幅は広い。

しかしそのメタルナイトがメタルナイトたるその所以は、機体そのものに使用されているタキオン粒子にあった。アルディアが所有する空間障壁――通称「絶対障壁アブソリュートウォール」によってありとあらゆる実弾兵器が無効化される中、タキオン粒子、ひいてはそこから発生する各種の電子と、その上位種のみが唯一その障壁を打ち破ることが可能という事実は、人々に大いなる希望をもたらした。

しかし、タキオン粒子は駆動系の潤滑剤、そして推進剤としての転用は容易だったものの、ビーム兵器などとしての転用は困難だった。その事実が発覚して以来、人類はじっくりと時間をかけて、タキオン粒子を用いた武器を開発していったが――。

(……まさか、こんなタイミングで使うことなろうとはな)

汎用人型戦闘機メタルナイト、その最新鋭機「53式ファルコン」のコクピット内で、隊長である男は一人悔しさに歯噛みする。

よもや、アルディアが宇宙空間でも活動可能だとはつゆほども思っていなかったのだ。そもそも金属生命体である時点で生命活動の維持は可能だった、と推察することもできたのだが、人類にわずかな希望をもたらすため、そんな理論はとうの昔に否定されている。最悪の可能性を考えず、都合のいいことをでっち上げて「人類の希望」とのたまった、昔の賢人たちによって。

その結果が今の惨状だ。市民の大多数はいまだ市街地で逃げ回っており、コロニー中が混乱に包まれている。どうして近い未来、こんなことになることが予測できなかった?

とめどない思考を終えて再び目をモニターに向ける。ファイター級の数はざっと見ただけでも30体以上だ。たった8機のメタルナイトでどうにかなるとは思えないが――。

「各機に通達。われらの目的はあくまでも市民の避難のための時間稼ぎだ。可能ならばアルディアを撃破、市街地への被害を最小限に抑えるぞ。いいな!」

≪イェッサー!!!≫

男を除く、七人の声が一つに重なる。同時に、男たちが搭乗する機体は――メタルナイト・53式ファルコンは、一斉に起動した。推進器スラスターに深い青の火が灯り、次いで莫大な推進力を生み出しながら炎が噴き出す。

「行くぞ!」

男の声で、総勢8機のメタルナイトは一斉に市街地の空へと飛びあがった。男のファルコンもスラスターから青い光の帯を引いて、仮想の空に飛翔する。

アルディアたちも、天敵とするタキオン粒子によって動くメタルナイトを捕捉した。そのままファイター級が突撃をかけつつその角から怪光線を放つが、重力圏内でも高い機動力を発揮するメタルナイトたちにはその一切が当たらない。右へ左へバレルロールを繰り返しながら、男のファルコンはファイター級の一体へと高速で肉薄していく。左腕の袖から飛び出したグリップを引き抜いて、実体武器である「48式超振動ナイフ改型」を右のマニュピレーターで保持しながら。

しかし男が振るったナイフは、アルディアから1mほど離れた場所で輝いた不可思議な光――絶対障壁アブソリュートウォールにその切っ先をぶつけて、完全に静止してしまう。訓練、ひいては先人の経験通り、アルディアに対して実体兵器は通用しないのだ。

「――――だが、これならどうだ?」

勝ち誇ったように男がつぶやくと同時に、ナイフが中ほどから縦に裂け、展開した。そこから青い粒子が伸び、たちまち二股になったナイフの周囲を青いエネルギーの奔流が取り巻く。

そのエネルギーの正体を悟ったアルディアが身をよじるようにして反転しようとしたが、すでに遅かった。エネルギーをまとったナイフが絶対障壁を切り裂き、退避しようとしたアルディアの頭に相当する部分へと突き立てられたのである。そのまま下へと押し込まれ、エネルギーつきのナイフがアルディアの体を真っ二つに切り裂いた。数度スパークしたのち、ファイター級の一体が爆発し、砕け散る。

攻撃が通用したこと、そしてアルディアを初めて仕留めることができたことを確認した男は、歓喜に打ち震えた。ようやく、地球を奪った敵であるアルディアと、対等に渡り合うことができるようになったことが、男にとってはたまらなく嬉しい。

「各機に通達、やはりアルディアはタキオン粒子に弱い!49式粒子突撃銃タキオンライフル、あるいはナイフのビームエッジをつかえ!!」

口角を吊り上げながら、男は無線へと怒鳴りつけた。それに呼応するかのように、周囲に展開していたファルコンたちが肩の武装担架ユニットから、タキオン粒子を使用したビームを撃ち出せる最新型「49式突撃小銃」――通称タキオンライフル、あるいはビームエッジを展開したナイフをマニュピレーターで保持する。まるで、餌を前に舌なめずりする獰猛な野獣のように。

「――やっちまえ!!」

号令とともに、男のものを除いた7機のメタルナイトは扇状に展開していく。右腕に保持されたタキオンライフルから青いビームが断続的に発射され、絶対障壁を突き抜けてアルディアに命中、爆炎を上げながら

ファイター級が何体も散っていく。

ある機体はその機動力にものを言わせて高速で肉薄し、ビームの刃を展開したナイフを突き立てて絶対障壁を突破。アルディアに幾度もその刃を突き立てて、流線型の体躯をめちゃくちゃにしながら撃破する。

7体のファルコンたちが縦横無尽に空を舞い、そのたびにアルディアが撃破され、爆散していく。その光景を、男は歓喜とともに見据えていた。すでに男のファルコンは後退しており、出撃地点で用意されていた「超粒子重装砲タキオンガンランチャー」のもとへと着地している。

本来はメタルナイト用の輸送艇に配備され、そこから持ち出して使われる、宇宙空間専用の巨大なメタルナイト用火砲だ。しかし今回は非常事態、ゆえに男は、事前にガンランチャーを手配していたのだ。

男のファルコンがガンランチャーのポッドに入り込み、ユニットを接続、それを知らせるメッセージをモニタに表示させる。長ったらしい警告文を一瞥しながら、男は再度無線に向けて怒鳴りつけた。

「各機に通達、これより一番機が重装砲を使用する!目標は前方正面に展開しているマザー級だ。……死にたくないなら射線から失せろ!!」

男の言葉に反応した仲間のファルコンたちが、それぞれスラスターをふかしてアルディアを押しのけつつ後退していく。それを確認した男が、インストールされたプログラムを操作してガンランチャーを起動させた。

「圧力固定、セーフティロック解除。照準展開、目標は前方1500mに展開するマザー級。……ラジエーター起動開始、タキオン粒子充填完了!」

表示される内容を次々と復唱していく間に、ファルコンが乗り込んだガンランチャーの砲口が、まばゆいライトブルーに彩られていく。同時にバチバチとスパークが走り警告文も出現するが、男は気にしない。

もともといまだ試作段階であり、正規運用には堪えない代物だ。仮にこの一射で破損したら、その時には改良型を作るためのいいデータになる。むろん壊れないに越したことはないが、損害を気にしていられるほど悠長に構えていられる時間はないのだ。

モニターに表示されていた照準が、マザー級をロックオンしたことを知らせる赤に変わる。同時に、男は叫んだ。

「――――人類をなめるなよ、アルディアアァァァッ!!!」

咆哮に呼応するかのごとく、収束していた光が砲口で炸裂した。次いで大音響、そして途方もない衝撃が

ファルコンを包み、男が顔をしかめる。しかしその目が捉えていたモニターには、確かに発射が成功したことを示す長大な太いビームが表示されていた。プラズマの奔流をまとったビームが、一直線にマザー級へと飛翔。その絶対障壁を――――。



「…………どういう、ことだ……?!」

発生した途方もない衝撃に思わず足を止めた五人は、山腹から発射された眩い閃光、そしてそこから延びる莫大なタキオン粒子の奔流を目にしていた。

そしてその光が、轟音とともにマザー級に直撃したことを確認した和真の眼には、信じがたい光景が映っていた。

はじいているのだ。天敵であるはずのタキオン粒子の塊で構成されているはずのビームを、マザー級の絶対障壁が。

本来、絶対障壁はどのアルディア個体にも搭載されている反面、その厚さも共通だという検証結果がある。ならば、メタルナイト用のタキオンライフルで突破できたその絶対障壁を、あれほどの大出力ビームで突破できない道理はないはずなのだ。だが現実に、目の前で繰り広げられている光景はその理論を根底から覆している。

「嘘……でしょ?ガンランチャーで貫けないなんて……ありえない……!」

その威力を知っている恵利が愕然と呟くさまを、仲間たちは深刻な顔で見つめていた。やがて照射が終わり、光の本流の中から無傷で進み出るマザー級の一点を見た龍介が、驚愕と悔しさを混ぜた声色で叫ぶ。

「――――あれは、フィールド級!!しかも……四体!?」

龍介が呟いたフィールド級というのは、アルディアの個体の一つだ。通常のアルディアが備えている攻撃能力、移動能力の一切を排除した代わりに、より強力な絶対障壁を生み出すようになったといわれている。そのファイター級の半分ほどしかない小さな体躯が四つ、マザー級のコアともいえる顔の部分の周りに張り付いていたのだ。

ほかのアルディアの防御力を強化する個体が四つ――つまり、合計で五重の絶対障壁が張られていたということになる。それがどれほどの防御力を誇るのかは、いましがた繰り広げられた大出力の攻防戦で明白となった。人類は今だなお、アルディアに対する決定的な対策を行えていない。

「このままじゃ、軍の人たちが負けちゃう……」

「だらしねぇこと言うなっつの!おら逃げっぞ、命あってのなんとやらだ!」

怯える優香を正幸が促したのを皮切りに、五人は再度走り出した――その直後。

『こっちだよ、わたしのファクター』

「――――ッ!?」

突如聞こえた何かに、和真が思わず足を止めた。その光景を見た仲間たちも自然と足を止めて、彼の動きを見やる。

「……どうしたよ、カズ?」

正幸が、真っ先に和真の心配をするが、その言葉を受けた和真は、憔悴したような色をにじませる瞳で仲間のほうを向いた。

「――――人の声が聞こえた。なんて言ったのかはわからないけど……呼んでいた、ような気がする」

「何っ……まさか、助けを求めているとでも?」

「わからない。けど……行かなくちゃいけないような、そんな気がするんだ」

曖昧な返事を返す和真に仲間たちも一瞬不振がったが、その瞳が緊張で揺らいでいるのを見て、すぐにその考えを捨てた。そして、少しの間沈黙が下りる。

「……なら、行きましょう。もし助けを求めてるんなら、寝覚めが悪すぎるわ」

それを破ったのは、恵利だった。真剣な瞳で和真を見やると、見つめられた本人はその言葉に驚いているようなそぶりを見せる。

「うん、私も賛成。鈴堂くんが行きたいっていうなら、私もついてくよ」

「ああ、俺も賛成する。……なぜ和真にだけ聞こえたのかが、どうも気がかりだ」

「そうだな、俺も賛成すっぜ。なんたって、腐れ縁だからな」

続いて、ほかの三人も同意の意を示した。それを聞いて、和真がさらに驚く。

「……いい、のか?お前たちだけでも、逃げていいんだぞ?」

その言葉を受けた正幸が心外げに、しかし楽しそうに笑い飛ばす。

「なーに言ってやがる!ラクダイジャーは五人で一つ、死ぬときゃ一緒ってやつだ!」

「その通り。どうせここまでずっとやってきたんだ、今更お前を捨てるわけにはいかん」

「本当、和真は一人で抱え込みすぎなのよ。もっと仲間を頼りなさいって」

「うんうん。困ったときはお互い様、だよ?」

その言葉に同調して、ほかの三人が一様に笑った。その光景に、思わず和真は笑みをこぼす。

「……わかったよ、勝手にしろ」

「いーわれなくても俺はお前についていく!俺とおまえは一夜を共にした仲ばうっ!?」

「だまっとけシリアスブレイカー。……行くぞ、こっちだ!」

顎を殴られてうずくまる正幸をしり目に、五人は目指していたシェルターとは別の方向へと走り出した。



数分後、和真たちはシェルターから離れた、市街地の奥まった場所へと来ていた。周囲を見回して、和真が注意深く歩き始める。

「……和真、ここなんだな?」

「ああ、間違いない。さっきから、ここに来いって声が聞こえるんだ。……みんなには聞こえないのか?」

「ええ、あたしたちには聞こえないわ。……疑うようじゃないけど、本当に声が聞こえるの?」

「本当だ。信じてくれ……って言っても、誰にも聞こえないんじゃ疑われるのも当然か」

肩をすくめる和真が、不意に足を止めた。ついていった五人は、そこにあったものに目を奪われる。

「……これは、軍の格納庫じゃねえか。どうしてまたこんなクソ面倒な場所に?」

正幸のいう通り、彼らの目の前にあったのは、日本軍のマークがペイントされた外壁と扉を持った軍用格納庫だった。プレートには、第6格納庫と記されている。

「あたし的には、ここに要救助者がいるとは考えにくいけど……」

「悪いな、誘導した手前俺が言えることじゃないが、俺もそう思ってる。……ともあれ、今からシェルターに入るんじゃ間に合いそうもない。ここに避難しよう」

「おいおい、いいのかよ?仮にも軍が使用している倉庫だぞ、勝手に入っていいのかよ?」

「事情を話せばわかってくれるだろう。それに、下手に人が満載されているシェルターに逃げて門前払いを食らうよりは、こういう場所に逃げたほうがいいかもしれない。もしかしたら、軍の本部につながる通路もあるかもしれないしな」

龍介が建てた推測にえーと面倒くさそうな表情を作る正幸だったが、「しょーがねぇなー」と頭をかきながら侵入を了承した。和真が先頭に立って鋼鉄の扉を開き、つれ立って中へと入っていく。

軍用格納庫として機能している割には、驚くほど物がない倉庫だった。使われた形跡もほとんどなく、床にはうっすらとホコリが積もっている。

「……おーい、やっぱ間違いだったんじゃねーのか?」

「たぶん、たてられたのはいいけど立地条件で使えなくなったんだろうな。住宅街のど真ん中にあっちゃ、軍が使うには不相応だろうし」

肩をすくめて奥へと歩を進める和真の目が、不意に扉のようなものをとらえる。駆け寄って確認してみると、それはごくありふれたエレベーターだった。

「エレベーター……ということは、地下にシェルターがあると見ていいな」

「そうだな。とりあえずは動くかだが……」

和真の指がボタンに触れると、淡い光を放って点灯した。電力は生きていたらしい。

やがてかすかな駆動音が響いたかと思うと、ポーンと機械的な音を鳴らしてエレベーターの到着が知らされた。扉が開いて、5~6人が利用できそうな大きさの小さな箱状の部屋が現れる。頷きあいながら和真たちは乗り込んで、全員が収まると同時に扉が閉じられ、エレベーターは静かに動き出した。

「……しっかし、どこにつながってんのかねこのエレベーターは」

「荷物の搬入出用ってわけではなさそうね。この大きさじゃ、運べるのもせいぜい弾薬くらいよ」

「完全に人が乗ることを想定されているということを見る限り、地下には人が利用するためのスペースがあるとみていいだろうな。和真、お前はどう思う?」

「龍介とおなじ意見だ。……しかし妙だな。さっきまで聞こえてた声が、ここに来てからずっと聞こえてない」

「それって……もしかして、その人がもう死んじゃったんじゃ……?」

「ちょ、優香、縁起悪いこと言わないでよ!そんなんだったら、あたしたちがここに来たのも無駄足じゃないの」

「いや、可能性としては否定できない。……というよりは、このエレベーターに入ったから聞こえなくなったと考えるのが妥当だろう」

「そうだな。……でも、たしかにここに来てくれって言われたんだ。それに格納庫の前に来た時、真下から聞こえた気もした」

「そりゃいくらなんでもありえねーだろ。テレパシーとかでも使ってるとかいうのか?」

「だよなぁ……。でも、あんなにはっきり聞こえたんだ。聞き違いなんかじゃないはずだ」

喋りあいながら時間をつぶしていると、エレベーターが到着したことを知らせた。同時に扉が開き、その先にあった空間を見せるが――。

「うぉう、真っ暗じゃねーか。オバケとか出そうだなー」

「おバカ、この科学の時代にお化けなんているわけないでしょ?まぁ、たしかに不気味ではあるけど」

冗談めかして笑いあいながら、仲間たちは暗闇の中へと進み出る。その時、和真の耳には再びはっきりと、あの声が聞こえた。

『待ってたよ、わたしのファクター』

「っ……龍介、照明つけられるか?」

「む?あぁ……えぇと、これだな。点けるぞ」

逼迫したかのような和真の声色に気圧されつつも、龍介が暗闇から照明点灯用のレバーを発見、それを一思いに下へと倒した。ガシャン、ガシャン、ガシャン!と連続して照明の作動音が響き渡り、暗闇を一気に照らし上げていく。


「…………――――これ、は……」

呆然とする五人の前には、巨大な鋼鉄の塊があった。その形状は鋭い流線型で、空気抵抗を抑えたような形状をしている。クリスタルがはめ込まれたような光沢をもつ二本の柱は、その根元を鉄の塊にうずめていることから、船に搭載される砲台のような形状を持っていた。

潜水艦のそれと似た窓のない艦橋と、その左右に連なるように配備されたガトリングのような砲台が無言の圧力を持ち、その下から伸びる航空機のごとき巨大な翼は、間違いなく大気圏内での運用を想定された「機動戦艦」のそれ。

そう、五人の目の前で音もなく座していたのは、まぎれもない船――大気圏内外を問わず運用可能な「機動戦艦」そのものだった。

声もなくその巨躯を見上げて目を見開く仲間たちをしり目に、和真はただ一人、船に続くタラップから静かに歩み寄ってきた人影をその目にとらえていた。やがて仲間たちも気づいたらしく、和真に倣ってその人影を見る。


「ようこそ、わたしのファクター」

照明に照らされたのは、和真たちよりも幾分か幼い――つややかな長髪を持つ、少女だった。

劇中用語ノート ファイル2


メタルナイト…

六天歴初期に開発された、「汎用人型戦闘機」の通称。

人の四肢と同じ構造を持っており、人と同じ稼働を実現した本機は高い汎用性を誇り、その機動力と走破能力によって空中戦、地上戦においてほぼすべてのウェイトを占めるに至っている。

タキオン粒子と呼ばれる微粒子を使用して関節の駆動を円滑にしており、おおよそ機械とは思えない追従性を誇っている。

また、タキオン粒子を用いた推進器を有しており、その飛行能力は大気圏内外のどちらにおいても衰えることはない。


タキオン粒子…

西暦末にある科学者によって発見された、ありとあらゆる空間に存在する粒子の通称。エネルギーの塊ともいうべき性質を持っており、タキオン粒子を転用した道具は様々な分野において活躍している。特に推進器、潤滑剤としては高い効果を誇っており、この粒子が存在したからこそメタルナイトは生み出されたといっても過言ではない。

また、アルディアが有するバリア「絶対障壁」に対しても効果を発揮していたが、武装の類に転用するために人類は実に40年という膨大な時間を費やした。


絶対障壁…

「アブソリュートウォール」と読む。

金属生命体アルディアが所有する、空間に歪みを起こして物理エネルギー、熱エネルギーなどあらゆるエネルギーを遮断、一切の攻撃を無効化するバリアのことを指す。

唯一タキオン粒子のみがその障壁を貫通することが可能だが、多重に展開された絶対障壁の前ではタキオン粒子でも無力化されてしまう。

この絶対障壁が存在したおかげで人類は大敗を喫し、宇宙空間へと放逐されることとなったとも言われている。

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