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File.01 使者 

国立天渡学園、正式名称を「国立属国兵士養成施設・天渡学園」。

日本が建造したコロニー内でも随一の規模を誇る学園であると同時に、国内最大規模の兵士養成施設としても知られている。

学生は厳しい試験の数々を勝ち残り、わずかな枠に自らの身を収めるために日々しのぎを削っていた。

そしてその成果が表れる――すなわち、人類の希望として国付きの兵士として大成するか否かが決まる日。それがこの天渡学園の卒業式だ。



「……っつっても、まーどうせ落第だろうけどなぁー」

はぁー、とため息をつきながら、学生たちが吸い込まれていく校門をくぐる少年がいた。学生服のポケットに手を突っ込み、手提げカバンを肩に引っ掛けて歩く少年は、もう一度深いため息をつく。それはもう、この世の終わりとでも言わんばかりに。

そしてそんな少年を遠目に見ていたほかの学生たちがひそひそと笑うのを、少年は聞き逃さなかった。否、聞きたくないが聞こえてくる。

「おーおー、辛気くっせぇ顔してやがる」

「そりゃ、わざわざとった枠を自分で不意にするんだからな。しょうがねぇさ」

「あんな気持ち悪い顔してるから、先生にも見放されるのよねぇ」

好奇の目線と軽蔑の雰囲気を真に受けても、少年の表情や歩く速度は少しも変わることがなかった。すでにこんな状況にさらされて半年になり、この状況に慣れている故だろうと少年は頭の片隅で分析する。

そんな風に冷静だったおかげか、接近する陰に気づくことができた。

鈴堂和真りんどうかずまくうぅぅんぼぉぅ!?」

「朝っぱらからうるさいぞ、里見正幸さとみまさゆき自称軍曹。……えらく機嫌がいいなお前は」

突撃してきた相手は、和真と呼ばれた少年の精密な計算によって放たれた裏拳をモロにみぞおちにくらって体をくの字に折り曲げる。そんな様子を見て、和真はため息を深くしながら、正幸と呼んだ少年に話しかけた。

「ぐうぅぅ~……さ、さすがカズだ。俺の弱点を知り尽くしてやがる、このままじゃ俺はいつか負けちまう」

「すでに負けているだろうが。……で、なんでマサはそんな機嫌がいいんだよ」

和真がため息混じりに問いかけると、うずくまっていた正幸がさながらビックリ箱のような速度で立ち上がった。その顔は愉快げな笑顔に変わっていたが、表情をみた和真は面倒ごとが起こると内心で頭を抱え始めた。

「お前と出会うのも最後になると思ってな、せめて俺の手で終わらせたかったんだよ」

「何をだ。それにアパートの隣同士なんだから毎日合うだろうが、何が最後になるだ」

「なにっ……そいつぁ初耳だ」

「中1からずっとだろうが!……そうか、そんなに離れたいか。なら展望デッキから宇宙に放り投げてやるよ。数分もすれば永遠におさらばだ」

「お……そーりーわかった、自重しよう。だから片手だけで首絞めるのヤメテ!死ぬって、物理的に死ぬ!」

「いっそこのまま首を折ってやりたいよ俺は。それともなんだ、精神的に死ぬのなら構わないんだな。そうかわかったお前のことは忘れない!二分ほどは!」

「大親友の仲でそれはヒドい!?なんだよ二分って、せめて一日は覚えとけよ!」

「突っ込むところ違うだろ!?それに忘れようと思ったらお前なんかすぐ忘れるからな、この路上の石ころ!」

「俺石ころかよ!せめて野に咲く花……ってヤメテ、あ、死ぬって、首があぁー!?」

ぎゃあぎゃあと押し問答を繰り広げながらも、二人の顔はどこと無くたのしそうな雰囲気を持っていた。和真の言うとおり中学生の頃からずっと付き合い続けている二人は、このやりとりが日常になっているのである。

そしてそんな二人は自分たちの背後から伸びてきた手に気づくことがなかった。

「朝から騒がしいぞラクダイジャー。卒業式の日もそんな調子なら、この先も腐れ縁が続きそうだな」

「ギブギブギブ!襟が首にクリティカルしてっぞラクダイブラック!?」

「お、龍介か。珍しく早いんだな」

二人の襟首を掴んで静止させたのは、和真たちの同級生「一ノ宮龍介いちのみやりゅうすけ」だ。正幸が言った通り、彼も落第生の一人として仲間入りしている、遅刻常習犯である。ブラックのあだ名が示す通り、墨を流したような黒い髪を揺らし、眠たそうな目をにこやかに細める。

「なにせ合格……じゃないな、落第通知を見たいから、今日くらいはと思ってな」

「そういうことか。ってことは、龍介もまだ見てないのか」

「そうなる。一応くるまでに新崎にいざきひいらぎも探したんだが――」

「あら、それはご苦労様。あいにく、あたし達はもう落第通知見てきたわよ」

突如降ってきた声に驚きつつ、三人は学校のほうから来た二人の女子生徒を見やった。どちらも、彼らにとっては見慣れた親友の顔。

「よぉ、二人とももう来てたんだな」

「ええ。……そうそう、みんな知ってると思うけど、全員見事落第よ」

「だよなー、俺の予想大正解!」

「いつ予想したんだお前は、そんな不吉な予想せんでいい!」

和真が正幸の頭をシバキ倒すのを見て、ショートヘアの少女がからからと快活に笑い、ロングヘアの少女はくすくすとおしとやかに笑う。龍介が話題に出していた新崎と柊こそ、この二人の少女のことだ。ショートヘアのほうが「新崎恵利にいざきえり」、ロングヘアのほうが「柊優香ひいらぎゆうか」という。

「やっぱり全員落第か。……まぁ、考えていた通りで逆に楽というものだな」

「そうだなぁ……。俺としちゃ、ラクダイジャーでよかったなとは思うけど」

「なんでよ?ここで落第ってことは、あたしたちの夢が潰えちゃったーってことじゃないの」

小首を傾げて問いかけた恵利に向けて、和真は肩をすくめて返答した。

「だってさ、こっから上がっても所詮は軍属、地球に行けるチャンスを不意にすることも多くなるわけだ。目の前に餌ぶら下げられてる状態でお座りさせられるよりも、すっぱりあきらめるほうが俺としては良いんだよ」

そのどことなく寂しげな言葉に反応したのは、比較的真面目な顔になった正幸だった。

「そういや、カズの夢は『地球の水平線を見ること』だったっけな。……本当、あきらめないよなお前は」

「うっせ」

ぶっきらぼうに呟いて再び歩き出す友人を、四人の男女は苦笑しながらそれぞれ追いかける。



***



――日本コロニー内、日本軍総司令部。

かつては「自衛隊」の名を持ち、決して侵略をしなかった国の抱える軍隊は、今このときは「地球を取り戻す」ことを目的とした軍として――すなわち日本軍として、このコロニーの中で粛々とその時を待っていた。少なくとも、ついさっきまでは。

「総理、地球から正体不明の物体がこちらへと向かってきています」

高官の男に言われて、総理と呼ばれた壮年の男性――鳳崎進おおとりざきすすむは、その小さな目をわずかばかり見開いた。

「どういうことだ?地球には、すでに宇宙に上がれるほどの技術を持った者は存在しないはずだ」

訝しみながら鳳崎が問いかけた直後、その近くにいた女性オペレーターが、顔を真っ青にして悲鳴じみた声を上げる。


「――――対象識別ッ、飛来物は『アルディア』!!」

その一言で、この場にいた全員が、例外なく驚愕し、暗い空間に青い顔を浮かび上がらせた。

アルディア。それは地球から人間を放逐した、未知なる金属生命体のことだ。圧倒的な攻撃力と、当時の人類が作り出した兵器群の一切を無効化するほどの堅牢さを誇る、人にとっての悪魔のごとき存在。

半世紀前、そのアルディアが突如出没したその日から、アルディアの恐怖におびえる日々が始まったのだ。その魔の手から逃れるため、彼らが追いかけてこない宇宙へと逃げ延びたことが、今のコロニーという生活の基盤が生まれたのである。

「――なぜだ、何故アルディアが宇宙に!?」

だからこそ、鳳崎は驚愕していた。地球から脱出して半世紀の間、アルディアは一度も地球の大気圏から出ず、また出ようともしなかった。自らのテリトリーだといわんばかりに、調査へと赴いた兵士たちを薙ぎ倒してはいたものの、それも結局大気圏内での出来事だ。

しかし今この瞬間、鳳崎の中にあった「アルディアは地球から出ない」という常識が覆された。あまりにも唐突な絶望の宣告に、5年間総理――コロニーの代表者という役職をやってきた鳳崎の思考は、完全に停止している。

「総理、防衛部隊を出動させます!許可をお願いいたします」

部下の言葉により我に返った鳳崎は、急ぎ出動の命令を下した。それに呼応するかのように総司令部は息を吹き返し、にわかにあわただしくなる。普段はあるはずもない喧騒を耳に入れながら、鳳崎は一人歯噛みした。

――せめて、あと一日遅ければどれだけよかっただろうか。

今はただそれだけをくやみ、足早に司令部から立ち去った。その足で別の場所へと向かいながら、鳳崎は手に取った携帯電話で仲間へと連絡する。

「――――私だ。今すぐ『超新鋭』の人員を招集、第666格納庫へと案内してくれ。手段は問わん、頼むぞ」

狭い廊下に、鳳崎のしわがれた声だけが反響する。



***



「……以上で卒業式を終了の運びとする!当学園は、諸君らの一層の活躍に期待している!」

壇上で敬礼を行った学校所属の士官に向けて、卒業生たちは一斉に敬礼を返した。その中には、落第生である和真たちの姿も存在している。が、その手に卒業証書は握られていない。

「本年度卒業生、退場!のち、所属部署へと異動せよ!」

別の士官の声で、生徒たちが一斉に回れ右、靴のかかとを鳴らしながら卒業式の会場から出ていく。むろん、そのなかには和真たちもいるのだが、彼ら五人は一様に浮かない顔だった。


「んあーぁ、終わったなぁー」

「だなー、俺たちの戦いはこれからだってかー?」

「むしろ戦いは終わった気がするんだがな、卒業できなかった時点で」

「それ以前に、あたしたちって戦ってたっけ?」

「恵利、そういう突込みは野暮だと思うよ……」

所属の部署に異動していった元・同級生たちを見送ったのち、その場にいたのは朝と変わらない、落第生五人組だった。それぞれの反応を返した後、「まぁ」と和真が場をまぜっかえす。

「とりあえずは、軍属になれないだけで俺たちも卒業だ。これからの皆の進路を願って、どこかで乾杯とでもしゃれ込もうぜ」

「お、いいね!もちろん和真の全額おごりだよな?な?」

「皆、マサが是非おごってやりたいって言ってるぞ」

「いいわね、経費で落ちるならデザートつけてもいいわよね?」

「あ、私もデザートほしい!」

「まてまてまてまて、和真の話なのに何で俺がおごる展開なんだよ!嵌めたな貴様!」

「お前が変なこと言い出すのが悪いんだよこの金食い虫め。それとも本当に全額負担したいのか?」

「やめてください死んでしまいます!経済的に、生活的に!」

「……どうでもいいが、やるんなら早めに行こうぜ」

いつも通りのバカバカしいやり取りを見て、少年少女は静かに、けれど心の底から笑う。




≪市民の皆さんにお知らせいたします≫

その笑顔が、空気が凍ったのは、天高くから告げられた合成音だった。はるか頭上、仮想の空のさらに向こうに設置されていたスピーカーが、町中――国中に聞こえるように、その機械的な声を発したのである。

何事かと、真っ先に天空を振り仰いだのは龍介だった。その行動につられて和真が、恵利が、優香が、正幸が、それぞれに天空を見上げる。10の瞳が仮想の空の向こう側を見据えたとき、再びその声は降り注ぐ。

≪ただいま、本コロニーに非常警戒警報が発令されました。コロニー生活圏への影響も考えられますので、市民の皆さんはただちに最寄りのシェルターへと非難してください。繰り返します……≫

機械的な声は、その場にいた五人全員が例外なく首をかしげるほど、異様な事態だった。非常警戒警報となると、通常「敵対する勢力の接近」に対して使用される警報のことである。それがいま発令されたということは――と考える、その前に。

ドガアァァァァン!!と、はるか遠くで落雷のような轟音が鳴り響いた。とっさに五人が耳をふさぎ、その場にうずくまったのと同時に、コロニー最外周から伝わってきた振動と衝撃が、人口の大地を揺らす。

「ぐっ……何が?」

衝撃が収まり、警報がコロニー中に鳴り響き始めると同時に、和真は立ち上がってはるか遠方、黒煙の上がるコロニー外周の防護隔壁へと目をやる。



「……あれ、って…………」

その目がとらえたのは、この場にいないはずの人類の仇敵。

光沢のある銀色のフォルムは、だれが見ても見間違えるはずがない。

地球から出てこなかったはずの最悪の敵――アルディアが、コロニーの中でその翼を悠々と広げるという光景が、絶句する和真たちの前で展開されていた。

劇中用語ノート ファイル01


コロニー…

西暦末に人類が開発していた、人々の第二の故郷となる予定だった人工の居住空間。

アルディアが襲撃した際に人類のための箱舟として起動、以降六天歴54年となる現在まで休むことなく稼働し続けている。

六天歴元年の時点では日本、ドイツ、イギリス、フランス、アメリカ、中国の六つのコロニーが存在していたが、現在それぞれがどこにいて何をしているかは不明。

いくつかのコロニーは相互連絡を取っているというが……?


アルディア…

西暦末に突如として世界各地に出没した金属生命体。

出現時期に前後して発見された万能金属「アル」によって構成された身体を有しており、その活動は人類を地球から放逐することに向けられた。

西暦末時点で人類が作っていた兵器をたやすく破壊せしめるほどの強大な攻撃力と、その兵器の一切を無力化するほどのバリアを持つ人類の大敵。

最後の交戦から半世紀経った現在では対抗方法も確立されているが、未解明の部分も多い都合上下手に手出しをできていない状況にある。

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