《05》grey and brack (end.)
「ああああああああああああっ!!」
ナイフを振りかぶる。
鋭利な刃物が空を斬る度、感情が高ぶっていく。
有り得ない、私は、この手であの人を―――――
「そんなに怒らないで、おねえちゃん怖くなっちゃうわ」
「黙れっ、黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!」
許せない許せない許せない。
今眼前で柔らかく微笑む姉も、私を騙していた父様も!!
「私はヒイロじゃない!」
そう、私はヒイロじゃない。
「違うわ、貴女はヒイロ」
「黙れえええええええええええええええええっ」
廃屋に木霊する私の叫び声。
ナイフを床にたたきつけて、私は恐ろしい殺人鬼を睨み付けた。
「私は、生まれた時二つの名前を持っていた」
そう、私はヒイロでありヒイロじゃない。
「ヒイロは…姉さんを殺すため、与えられた偽名」
唯一愛情を向けてほしいと思っていた父様に命じられた、最高で最悪なお願い。
「私の本当の名前はヒイロじゃない」
「…………」
「残念ね破壊姫、私すら、父の手駒だったのよ」
私の名前は、あの日父様が殺されなければ…失敗しなければ、姉さんの名前を受け継いでいた。
「小さい頃に言いつけられた命令………姉さんと私が同じ背丈になった頃に、私は貴女を殺すように言われていた」
村で一番美しい彼女。
姉さんは感染症の病を患っていた。それも、その場にいるだけでうつってしまう程に強力だった。
その頃、隣村の金持ちの家が私たちの村に見合いを持ち掛けてきていた。見合いの条件は、それなりのルックスでないと受け入れられなかったため、父様は最初、姉さんを嫁に出そうとしていた。
しかし姉さんはそのときすでに病を患っていたため、見合いはなかったことになり、私たち家族は財政難に悩まされることになった。そのとき、父様の中で姉さんへの感情は愛情から憎悪へと変わってしまった。
金を手に入れることだけを考える父様は、周りにいるすべての人間を手駒としか見られなくなっていた。
そして、私が3歳を迎えた日、父様が私に言ったのだ。
「貴女の皮を剥いで、貴女自身になるように、と」
そうだ。私は姉にはかなわない。見た目もよくないし、女性らしさもない。
村を、父を喜ばせるためならば、姉を殺すことも、姉の皮を被ることも厭わない。
「だけど姉さんが父様を殺して、私は私でいる意味がなくなってしまった」
「それなのに、何故父様の命令を聞いて私を殺したの」
「当たり前じゃない、貴女が憎かったんですもの……ずっと羨ましくて、ずっと憎んでいたわ」
貴女は少しとはいえ、父から愛情を受けていた。
「父様はいつだって私を見てくれていない。只の駒だからよ。でも、貴女は違う」
見合いが破綻したあの日、父様の感情は憎悪に変わった。
「憎悪の感情でも向けられる貴女が羨ましかった!!!」
そうだ。気が狂いそうな程に求めていた父様からの感情を一人受けていた貴女が羨ましくて、嫌いで。
「顔を貴女と同じにすれば、仕草を貴女と一緒にすれば!!愛情をむけてくれると信じていたのに!!」
許せない、許せはしない。
父を殺し、最愛の人を殺させて、その上私の心まで壊す姉が!コイツが!殺人鬼が!!
「大切な人まで殺させた…いえ、貴女が私の大事な人をすべて奪っていった!」
「でも実際に彼を殺したのは貴女よ?」
「黙れ、殺人鬼」
「肯定したほうが楽よ、私の皮をかぶった殺人者」
姉―――――――――――――――破壊姫は私をゆっくりと指差して笑った。
「今の貴女は私そっくりね。まるで合わせ鏡のよう」
「…………」
「でも、同じ顔は二つもいらない」
「一人でいいのよ、殺人鬼なんて」
落ちたナイフが宙を舞い、破壊姫の手にわたって。
瞳を閉じた私の末路は、廃墟に生ける空気達しか知らない。




