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出会い



 そこは剣と魔法の世界。


 人と魔物と獣が暮らす大地、ガーランド大陸。


 四の大国と八の要塞、千を超える村や街、広大な森林、荒野、終わりの見えない海が全ての大陸。


 そんな大地の数ある森の、幾つかある円形の空き地の一つ。そこで、二人は出会った。


 一人は黒いフードローブで顔を隠し、腰にはガーランド大陸でも珍しいカタナを差した人物。

 一人は背中には禍々しい模様の鞘に納めた幅広の長剣を吊るし、腰に安物の鉄 剣(アイアンソード)を携えた、茶色い外套のフードを被った人物。


 二人が出会う森の名前は『夜熊の森』。


 領主スリムが統治する街の領地である。


  ☪


 太陽が真上で照らしても薄暗い森の中に点在する、木がまったく生えていない自然の円形広場の一つ。

 酷く血なまぐさい空気の中で、ひとつの人影が佇んでいた。

 小柄な体。黒いフードローブで顔どころか服装すら隠れて見えない。そんな中、腰に差した珍しい武器が目を引く。

 長剣にしては細すぎる鞘、革ではなく紐のようなものが巻かれた柄、楕円形の鍔、長さはともかくシルエットはコンパクトなその武器は、しかしやけに密度の濃い存在感を発していた。

 それはカタナ、と呼ばれる。やや反った片刃の得物で、斬ることに特化している代わりにやや耐久度に不安のある玄人向けの武器である。

 そんな希少な武器を携えて直立する人影は、何かを見ているのか、ぴくりともせずに立っている。あるいは、何かを待っているのか。

 見ているものが唾を飲むような緊張感を漂わせている人影の背後で、突然がさり! と音が鳴った。

 反応は即座だった。

 人影は右手をカタナの鞘口に添え、鋭く180度ターンした。振り返ってから一切のインターバルなしに駆け出す。まるで獲物に襲いかかる猛獣のごとき俊敏さで十メートルほどを走り抜けた人影は、まったく躊躇せずにカタナを抜刀し、その勢いのまま横に薙ぎ払った。その速度はもはや残光のみを確認できるだけで、刀身は目で追うことすら叶わない。

 ひと振りで視界を遮っていた背の低い木の枝や葉が切り払われ、地面に落ちる。

 カタナ使い特有の技、抜刀術『居合』。高い技術を要求される技をこともなげに放った人影は、黒いフードの下の目を見開いた。

「あっ……ぶなっ……」

 切れ切れに呟いたそれ(,,)は、サイズはカタナ使いよりも一回り大きい、楕円形の頭部と胴体、腕、二本足で立つ――――茶色い外套を着た人間だった。

 少なくとも、人間に見える形状はしている。

 声からして男と思われる彼は、目視すら難しい居合を避けたのか、はたまた偶然外れたのか、兎に角突然自分を狙って放たれた強烈な一撃に瞠目している気配がある。

 どうやらあの音はこの男が動いた音のようだ。

 しかし――――相手が人間らしいと判断できるこの状況で、カタナ使いはさらに一歩、前へ出た。

「へっ?」

 間抜けな声を出す男に向かって、カタナ使いは右に振り切っていた刀をやや下から掬い上げるように斬り上げた。その斬撃を、男は情けない声を上げながら飛び退いて回避した。

 それでもカタナ使いは止まらず、さらに追撃を繰り出す。上、下、右左と迅速に、鋭く斬り付ける。それを男は、危うく、時に紙一重で躱し、転がり、飛び退いて逃げた。

 しかし――

「――うわっ!?」

 男は日光を反射して光るカタナの刃に気を取られ、足元を木の根に取られた。大きく後ろに揺らぎ、背中を大樹の幹に強かに打ち付ける。その拍子に外套のフードが頭からずり落ち、男の首の数センチ左にカタナがガッ! と切り込まれた。

 幸い丈夫な大樹の幹は二センチほど食い込んだところで刃の進行を妨げ、その事実を男は自分の首が体と繋がっていることから理解した。

 無意識に降参の形に上げていた両手を戻すことなく、眼を白刃から正面に戻すと、両手でカタナを握って前かがみに立っている黒フードの姿が大きく映った。ともすれば息がかかりそうな距離で、カタナ使いの黒フードはボソリと呟いた。

「…………人間?」

 突然殺されそうになった男は、今の自分の感情をどう表現していいか分からず、降参の姿勢のまま口元を引き攣らせて固まった。

 ――これが、二人の出会いだった――


  ☪


 男は脱げたフードをそのままに、今は顔を外気に晒していた。顔はあまり特徴のない、どこにでも居そうなという表現をしたくなる、しかしよく見れば意外に整った精悍さのある顔立ちだ。瞳は深い焦げ茶色、肌の色は白い。身長が高く、肩幅もそれなりに広い。それでいて筋肉が引き締まっているおかげで細身に見えるその背格好は、北地方の出身者にありがちな特徴だ。

 つまりは、顔立ち含めて殆ど変わった特徴の無い男だった。

 そんな彼は、しかし誰が見ても、どう見ても浮き世離れした雰囲気をまとっていた。

 原因はひとつ。

 髪の色が、限りなく純白に近いオフホワイトなのだ。

 東西南北、どの地方の特徴にも属さないその髪色は、彼に『特別』な存在感を与えていた。

 別に白髪が珍しいわけではない、というか、ある意味見慣れた色ではある。当然といえば当然だ。どの地方、どこの出身であろうと、人類は皆年をとれば白髪になる。近くの街でちょっと探せば、彼と同じ色の髪をした人間を何人かは見つけることができるだろう。

 しかし、問題は彼の年齢にある。

 男は、どう見積もっても30歳にも満たない、どころか20代前半、下手をすれば十代だろう。

 そんな青年(あるいは少年)は、もうひとつ変わっているところがあった。

 腰に、安物の鉄 剣(アイアンソード)を吊るしている。これは良い。だが、何故か彼は背中に、禍々しい模様の黒い鞘に納めた幅広の長剣を背負っていた。しかもその剣は柄と鞘を鎖で何重にも巻き、まるで『封印』されているかのようだった。

 二刀流、ではないだろう。可能性はゼロではないが、それにしては形状やサイズが違いすぎてお世辞にも華麗に操れるとは思えない。それに、二刀流なら剣は両方の腰に吊るすのが普通だろう。何より、鎖を巻いていたら咄嗟に抜剣することができない。

 ならば予備か、とも考えられるが――それならば、腰に吊るすのは見るからに業物という風情の背中の剣だろうし、わざわざ安物の剣を先に消耗させる意味が分からない。

 しかしどこか不可思議な存在である男と対峙する黒フードのカタナ使いも、変わり者具合では負けていない。

 全身を隠す丈の長いフード付きのローブに身を包み、腰にはカタナ、顔を晒すことはほとんどなく、声を発することもしない。ただ黙々と魔物を狩り、素材を剥ぎ、街に戻って換金するとすぐにまた魔物狩りに行くその姿は、多くの人間に謎の人物という印象を植え付けていた。

 それに、一部では黒フードは死神だ、とか辺境の森の魔物を絶滅させた、だとか挙句の果てには実は魔物を狩るために造られた機械だ、などという噂まで広まる始末だ。勿論、あくまで噂は噂だろうが、火のないところに煙は立たないとはよく言ったものだ。

 して件の黒フードのカタナ使いと白髪の青年と言えば――

「……行き成り斬り掛かってゴメン」

「い、いや、確かに驚いたけど大丈夫だよ。怪我もしてないし」

「……ホントに、ゴメン」

「いやいやもう謝んなくていいって。結果良ければって言うでしょ」

「でも、殺しかけたし」

「……確かに、かつてないほど死にかけたけどさ」

「あと数センチで首チョンパしてたし」

「…………なんか、ごめんなさい」

「えっ? いや、どうしてそっちが謝るの」

「いやなんかもうほんと、そんなに罪悪感抱かせちゃってごめんなさい」

 ――なんだかよく分からないやりとりを続けていた。

 最初は突然襲いかかったカタナ使いが謝り、それを白髪青年が慰めて(?)いたのだが、最終的に自分を責めているのか相手を責めているのか分からない感じになりだしたカタナ使いに対して青年が謝罪し始めていた。

 自分を誤解(かどうかは怪しいが)殺そうとした人間を笑顔で許そうとしている白髪青年の表情は柔らかく、優しげな面持ちで慰められているうちに、カタナ使いは余計に自分の中の罪悪感を増幅させてネガティブオーラを漂わせていたのだが、青年が謝り出した事で変な空気が緩やかに溶けていった。

 かわりに、別の意味で変な空気になったが。

「あのさ、もう、謝るのは一回やめようか」

 これ以上は泥沼だと察知して、カタナ使いが強引に話題を一度リセットしようと提案してくる。それに、青年も小さく首肯した。

「そ、そうだね。なんかよくわかんなくなってきたし……」

 ははは……と苦笑する青年は、見た目の独特なオーラの割に普通に気のいい男の人、という風情だった。

 しかし、一旦黙った二人は同時にひとつのことに思い至り、悟られないように冷や汗をかいた。

 一秒、二秒と沈黙が続き、頭上でカラスがグァーと鳴いて飛び去っていった。

 ――――何話せばいいんだ!?

 と叫びたい衝動に駆られる二人は、内心でひどく焦り、必死に話題を探していた。別段沈黙が苦手だとか、人と話すのが苦手という訳ではないと二人とも自負しているが、状況が状況だけに焦燥は小さくなかった。

 やっぱりここは話題を変えた自分が話しを切り出すべきか? でも何を話せばっていうかこの人誰なんだ全く知らないんですけど? と考えるのはカタナ使い。

 ダメだこの沈黙耐えられん何か話題キッカケてかこの人なんで俺に切りかかってきたんだろそれ聞いとくべきかないや墓穴かやめとけ俺。と煩悶としているのは白髪青年。

 二人とも慌てて話題を探し、どちらも相手の正体に疑問を抱きつつ、何故かその手の話題を振るという手段に至らなまま、ついに耐え切れずに口を開いた。

「あ、あのさ――」

「ねえ――」

 最悪なことに、二人同時に。

「あ、お先にどうぞ」

「いや、そっちからで」

 このままではさっきの二の舞だ、と青年が瞬間的に察知し、「いやいやお先に」と言いかけてグッと堪え、視線を右の方に振った。

「じゃあ、訊きたいんだけど……“あれ”、君だよね」

 あれというのは、青年の視線の先で物言わぬ黒い塊になっているモノのことだ。

 二人は、円形の広場に戻ってきていた。そこはカタナ使いが粛然と立っていた場所であり、血なまぐさい臭いが満ちている場所でもある。

 その原因は、考えるまでもなく青年が視線で指したあれだろう。

 君だよね、という言葉は少し省略されている。正確には、青年は「君がやったんだよね」という意味でその質問を投げかけた。その意味を、カタナ使いも誤解することなく受け取り、首を縦に振ることで答えた。

「ナイトベアー、か。あれを独りで倒すなんて、強いんだね」

 ――夜 熊(ナイトベアー)。全身が黒い毛で覆われた巨大な熊型の、この森一帯をテリトリーとしている魔物だ。犬も歩けば棒にあたる、冒険者もこの森を歩けばナイトベアーにあたるということで『夜熊の森』という名前をつけられるほど、夜熊の森ではナイトベアーはポピュラーな魔物だ。

 ただし、ポピュラーだが決して侮れる相手ではない。多く生息しているからといって弱いわけではないのだ。むしろナイトベアーは大陸内でも上位に分類されるだろう。

 強靭な肉体は生半可な攻撃では傷すらつかず、強烈な腕力は大木をなぎ倒し、膨大な持久力は三日三晩暴れまわる。

 そんな魔物が、今は両腕、両の脚、胴体と頭の合計六つの肉の塊に解体されていた。これはナイトベアーを狩るときの鉄則のようなもので、夜 熊(ナイトベアー)は腕の一本や二本、足の一本や二本を切り落としたくらいでは死なず、数日で回復すると言われている。故に狩る際はまず手足を切り落として動きを制限し、首を切断するのだ。

 中級者でも緊張を強いられる魔物を単独で(しかも完璧な方法で)倒したカタナ使いは、噂もまんざら嘘ではないと思えるほどの強さはあると言えるだろう。

 ただ青年の様子を見ている限り、彼は『黒フードのカタナ使い』の噂を知らないようだ。無論、知っているうえで別人だと思っている可能性もあるが。

 ともかく、素直な賞賛の言葉を向けられて、カタナ使いは左手でくい、とフードを引っ張って深くかぶった。

「そうでもない。一体一なら鈍重なだけで怖くない」

 無愛想に返した黒フードは、どうやら、照れているようだった。それが伝わったのか、青年が目を細めて――ほんの少し苦笑気味に――微笑んだ。

「動きの遅さを差し引いてもナイトベアーは強敵……というか、鈍重さを補って余りあるパワーが脅威の相手だからね、やっぱり凄いよ」

 手放しに褒めちぎられ、カタナ使いはフードをさらに深くかぶる。無言で照れている(たぶん)カタナ使いとの間に僅かな沈黙が生まれ――――青年は、思考の一部で『嫌な予感』が生まれたのを感じた。

 あれ、これ、もしかしてまた黙っちゃう展開か?

 そう考えた瞬間に、青年の口は無意識に動いてた。

「あ、そうだ。君、名前は?」

「……名前?」

 突然の話題変更にフードの奥で首をかしげたのが分かったが、幸いにもカタナ使いは余計な疑問を抱かずにこの話題に乗ってくれたようだ。

「そういうのは、自分が名乗ってから、ってものじゃないの」

「それもそうか。俺は、アルバート。君は?」

「…………ん」

 何かを考えるような間があって、顔を上げて(フードの動きから、たぶん上げた)、カタナ使いは左手で目深にかぶっていたフードを取り払った。

「私はヨヅキ。よろしく」

 フードの下の顔に、青年、アルバートは少しだけ戸惑った。

 涼やかな目元は、気だるげな、じと目という表現が似合う。綺麗に通った鼻筋と薄い口は女の子……だとは思うのだが、相手が少年だと何故か信じ込んでいたアルバートは、そのパッと見綺麗な顔の少年にも見える顔に、性別を判断しきれなかった。

 一人称は私だが、口調は少年っぽい、しかし顔立ちは女性よりの中世的な顔、しかし何より――

 ――胸、で判断がつかない……。

 残念なことに、ヨヅキは体の起伏が少なかった。残念というのはあくまで判断材料としてであって、性的な意味ではない。

 困惑した表情のアルバートに、ヨヅキは無垢な表情で首をかしげた。その拍子に襟足のところで一つに結った肩甲骨まである黒髪が小さく揺れた。

「……? なに?」

「う、っと。あ、あのさ」

 ええい、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ! と微妙に違う気のすることわざで自分を発破して、アルバートはその疑問を口にした。

「……ヨヅキって、お、女の子?」

「………………」

 一瞬、左の腰に差されたカタナが抜かれ、自分の首が体とサヨウナラする未来が頭をよぎった。

 急に無言になったヨヅキに怯え、無意識にギュッと瞑っていた眼を恐る恐る開くと……。

「………………」

 控えめに、自分の控えめな胸に触れているヨヅキと目が合い、抜刀されていないことに安堵しつつ、ぽかんとしてしまう。

「……よ、よく訊かれるけど、女」

「そ、そうか」

 どうやらヨヅキは、無意識に行なっていたらしい自分の行動についてはスルーの方向で行きたいらしい。白い肌が僅かに赤みを帯びているあたり、自分が完全にスルーできていないが、そこに触れるのは野暮だろうとアルバートは黙ってなかったことにした。

「私って、そんなに分かりづらい?」

 ……のだが、何故かヨヅキはこの話題の続行を望んでいるようだった。

「い、いや、まあ……九分九厘女の子だとは、思ったけど……。ほ、ほら! 口調とか、ちょっとどっちかな? って感じだったからさ!」

 アルバートが言葉を発するごとにヨヅキの視線は自分の胸部に向かって行き――つまり顔が下がっていくので、アルバート的には落ち込んでいるように見えた――その動きに比例してアルバートの語調は強まり、内容は言い訳もとい慰めの成分が多くなっていった。

 そんなアルバートの配慮もむなしく、ヨヅキは完全に自分の胸を視点の定まらない半眼で凝視していた。

「ご、ごめん」

「いい。別に。胸なんて戦闘じゃ邪魔なだけだし。むしろ楽だし」

 どこか自分に言い聞かせるように言ったヨヅキにもう一度ごめんと謝りながら、アルバートはどうして俺は初対面の少女とこんな話をしているんだ、という疑問を抱かずにいられなかった。

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