凡人騎士の俺を追い出そうとした騎士団が、最強の女騎士にボイコットされて崩壊しかけた話
クラリスは誰もが認める最強の女騎士だ。
侯爵家の令嬢でありながら騎士団に入団した彼女は、訓練では手を抜かず、提出書類に誤字一つなく、作戦会議では上官すら唸らせる意見を出す。
そして魔獣討伐数は常に団内トップ。
しかも一切無傷。あれだけの数の魔獣を相手にして、傷一つ負って戻ってきたことがない。
金色の髪に、すっと通った鼻筋。凛とした目元は冷たい印象を与えるが、微笑めば場の空気がやわらかくなる。言葉遣いは女性らしく、立ち居振る舞いは侯爵令嬢のそれだ。男臭い騎士団の中で、クラリスだけが別の世界から紛れ込んだように見える。
団員たちが彼女に憧れるのは当然だった。
で、そんなクラリスの隣に、常に俺がいる理由だが……
幼馴染だから、としか言いようがない。
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俺の名前はダリウス。一応貴族の令息ではあるが、次男なので家は継げない。体を動かすのは嫌いじゃないし、体力だけは人より多めにある。だから騎士団に入った。
なぜ幼馴染のクラリスが一緒にいるのかは、正直よくわからない。
入団してしばらく経った頃、あいつはこう言った。「一緒に入ろうって誘ってくれたじゃない」と。
いや、覚えていない。
多分子どもの頃に何か言ったのかもしれない。「騎士団いいよなー」とか、「お前も入れば?」とか、そのくらいの適当な一言は言った可能性がある。だがまさかそれを真に受けて、侯爵家の令嬢がわざわざ騎士団に入るとは思わなかった。
子どもの頃の口から出まかせで、ここまで来てしまった。
騎士としての俺はどこまでも平凡だった。剣の腕は可もなく不可もなく、魔力も多くない、特別な才覚もない。体力が人より少し多いくらいが取り柄で、上官に褒められたことは一度もない。
そんな俺が、クラリスの隣にいる。
団員たちが面白く思わないのはわかる。俺だってそう思う。クラリスは凄い。俺がどれだけ訓練を重ねても、あいつの領域には一生届かないだろう。正直あまりに凄すぎて、嫉妬とか悔しいとか、そんな感情は逆に一切湧いてこない。湧く気力がない。
嫌がらせが始まったのは入団してしばらく経った頃からだ。
装備の手入れ道具が消えたり、なぜか俺だけ訓練の時間を間違えて伝えられたり、などなど。
子どもみたいなことをするものだと思ったが、俺は特に気にしなかった。というか、そんな事する暇と労力があるなら、クラリスに話しかけに行けばいいのに。俺はただの幼馴染。クラリスと誰かが会話しようが仲良くしようが、邪魔する気も守る気もないのだから。
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ある日の朝、上官に呼ばれた。
「ダリウス、急で悪いが今すぐ出立しろ。辺境のとある森林に魔物が出た。討伐してこい」
地図を見せられた。ここからかなり遠い。往復だけで何日かかるか。
「単独ですか」
「ああ。数は大したことない。お前で十分だ」
なるほど、と思った。嫌がらせにしては手が込んでいる。任務の体裁を取っているから表立って文句も言えないし、長期間クラリスから引き離せる。よく考えたものだ。
苦笑しながら準備をして出立した。クラリスに一言告げようとしたが、すぐに行けと言われたものだから、その暇がなかった。
ま、帰ってきてから話せばいいか、と馬に乗りながら考えた。
それが間違いだったと気づいたのは、五日後、急使が辺境まで飛んできてからだ。
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急使は馬を降りるなり、血相を変えて駆け寄ってきた。
「ダリウス様! 大変です、至急王都へお戻りください!」
「は?」
討伐はまだ終わっていない。というか今まさに魔物を追っている最中だ。
「いや、まだ討伐中なんだが」
「それどころではございません! クラリス様が……!」
「後にしてくれ」
「できません! 今すぐ! 一刻も早く!」
急使は半泣きだった。よほどのことらしい。俺はため息をついて剣を鞘に収めた。
残りの魔物は数が少ない。地元の猟師でもどうにかなるだろう、多分。
急いだつもりだったが、それでも数日かかった。
王都の騎士団詰め所に足を踏み入れると、上官が入口で待ち構えていた。そして開口一番、両手を合わせた。
「頼む、クラリスをどうにかしてくれ!」
上官の顔を見た。
おお、これは疲れ果てている。目の下に隈がある。
「……何があったんですか」
上官は深呼吸して語り始めた。
どうやら俺の単独遠征を知ったクラリスは、翌日から訓練に姿を見せなくなったそうだ。任務の割り当てを完全無視し、書類は一切提出しない。クラリスが単独で対処していた魔獣の数は減らず、クラリスの読みを前提に組んでいた作戦はことごとく機能しなくなった。
それを指摘した上官に、クラリスはこう言ったらしい。
「じゃあ辞めるわ。だってダリウスがいないんだもの。ダリウスがいないなら騎士団にいる意味がないわ」
「…………」
俺は天を仰いだ。
えぇ……と我ながら間の抜けた声が出た。
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クラリスの姿を探すと、中庭のベンチに一人で座っていた。
「クラリス」
声をかけた瞬間、顔が輝いた。
「ダリウス!」
名前を呼ぶ声が弾んでいる。いつもの凛とした様子はどこへやら、立ち上がりかけるほどの勢いだった。
「……いや、何やってんだよ」
「あら、誤解よ。私は何もしていないわ」
何もしていないからこうなっているんだろ、と突っ込みかけた。
「それよりも」とクラリスは続けた。声のトーンが少し落ちる。「単独で辺境に遠征なんて、随分と酷い話ね」
「まあ、嫌がらせだろうとは思ってたよ。でも危ない任務でもなかったし」
実際、魔物の数は大したことなかった。一人でも特に困りもしなかった。
だがクラリスは納得していないようだった。しばらく黙って俺を見てから静かに口を開く。
「ねぇ、ダリウス。こんな酷い嫌がらせをするような騎士団、一緒に辞めてしまいましょ」
柱の陰で誰かが息を呑む気配がした。
「お父様から領地を貰って、そこで暮らすのも悪くないわよ?」
ちらりと視線を動かすと、柱の陰から上官たちが顔を覗かせていた。目が合うと、口をぱくぱくさせながら必死にジェスチャーをしてくる。引き留めろ、とでも言いたいらしい。
俺は頭をかいた。
「いや……辞めるのはちょっと……」
「あら、どうして?」
「俺、体動かすの好きだし、ここ給料良いし」
上官たちがほっとした顔になった。
俺はそれを横目に続けた。
「あ、でもクラリスが辞めるのは止めないぞ」
上官たちの顔が再び青くなる。
上官たちには申し訳ないが、クラリスを引き留めるつもりはない。もし本当に騎士団が嫌ならそれはクラリスが決めることだ。俺の都合で引き留めるのは違う。
クラリスはしばらく俺を見つめていた。何かを確かめるような目で。
それから、ふっと肩の力が抜けるように微笑んだ。
「ダリウスがいるなら私もいるわ」
「そうかい」
それだけ言って、俺はベンチに腰を下ろした。
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それから、俺への嫌がらせはぴたりとなくなった。
それどころか、上官に呼ばれるたびに「クラリスのそばにいてやってくれ」と言われるようになった。お前が居ないと困ると、あれほど俺を邪魔にしていた連中が口を揃えて言う。
急にどうしたんだと思いつつも、まあいいかと俺はクラリスの隣に戻った。
クラリスは相変わらずだった。訓練では誰よりも動き、魔獣討伐数は今月も断トツのトップ。帰還するたびに無傷で、書類は一字の乱れもなく、作戦会議では上官たちが黙って頷く。
完璧で最強の騎士だった。
そしてその隣で、俺は相変わらず可もなく不可もなく、人より少し多い体力だけを頼りに彼女の隣で剣を振るう日々。
まあ、俺が隣にいるだけで最強の女騎士が機嫌よく働き、この国に平和が訪れるというのなら、それでいいか。




