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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ恋愛小説】―疼くようなときめきと、浸るような恋落ち旅へおいでませ―【7/31に完結します】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
【第二部】二章 文久三年 大晦日〜

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4姉妹

 

「葵ちゃん、なにしてるの?」


 藤堂の声にはっとした。

 沖田のことを考えてぼうっとしていた。


「あ、石鹸作れないかなって……」


 葵の前には油と灰汁(あく)を混ぜたものがあった。 


「"しゃぼん"のこと?」


「ええ、でも駄目ですね。全然上手くいかないんです」


 昔イベントで作った石鹸の記憶を頼りにしているのだが、この配合がなかなか難しい。

 配合を誤ると刺激が強すぎて、ハイターを触ったときみたいに肌がぬめぬめする。


「しゃぼんってかなり値が張るもんね。こっちは?」


「これは煮沸消毒してるんです。熱いお湯で煮ると菌が死んで――いえ、悪い気を払って清潔にできるんです」

 

 他にも風呂や手洗いうがいを隊士たちには徹底している。

 こうして習慣にしておけば、葵の記憶が彼らから消えた後も、無意識で継続できるという。

 

 近藤と土方が入ってきた。医務室にしたこの部屋をぐるりと見回し、近藤が声をかける。


「調子はどうかな」


 土方が口出しした。


「効果は出ていますよ。葵が言った通りにしてから怪我の治りが早く、傷が膿むことが減った。

食事と風呂も改善してますし――」


 なんだかやたら大げさで説明的で、葵の功績を必死に近藤にアピールしているように聞こえる。

 当の近藤は、頷いて笑顔を見せた。

 

「遅くなったが、大阪城襲撃を防いだ活躍も結構だったな。おかげで向こうでも名が上がった。なにか褒美をと思うんだが……」


「私は大した働きはしておりませんが、可能ならしゃぼんが欲しいです」


「ほう、あの船来品の?」


「はい、米ぬかでも良いのですが、しゃぼんがあれば、傷を優しく清潔に洗えます。怪我人を中心に使いたいのです」


「葵さんの働きには感謝している。通常の隊務に加えて手当も任せきりにしているからな。

遠慮はいらないよ。絹の反物や(べに)などはどうだい?」


 葵は間を置いた。

 ちらりと土方を見ると、目で「いいから何でも言え」と促される。


「……蘭引(ランビキ)というものをご存知ですか?」


 ランビキは酒を蒸留して、濃度の高いアルコールが作れる道具で、とても高価だ。

 消毒液という概念が薄いだろうから、近藤には簡単に、手当に役立つと説明した。


 近藤は、葵が医療道具しか頼まないことに残念そうな顔をしたが、(つて)を当たると約束してくれた。

 

「……ところで葵さん、改元はいつごろなのかな?」

 

「申し訳ありません、はっきりした日付までは。今年の早いうちだと記憶しています」


 と言ってももう二月だ。

「そうか、元号が変わるなら帳面を書き換えたりしないといけないからね」


 

 近藤は疑っているわけではないよ、と肩を叩いてくれた。

 だけどその横で、土方が案じ顔をしている。


 しかし悩んでもこれ以上差し出せるものがない。頭を下げて彼らが去るのを待った。



 しばらくすると別の声が、


「葵、今話せる?」


 沖田だった。


「すみません、手が離せなくて」

 

 最終的に昨日残った事実は「抱いてほしいと言って断られた」ということ。


 とてもじゃないが顔を合わせられない。今じゃなくてもいいさらしをひたすら畳み続ける。


「そう……悪いけど今日も遅いから、先に寝ていてね」


 沖田は何度も葵を振り返りながらいなくなった。


「どうしたの? 沖田と喧嘩?」


「違いますよ」


 眉の下がった頼りない笑みを見て、藤堂は拳を握る。

 

「葵ちゃんさ、沖田に遠慮することないよ。二人はちゃんと……好き合ってるんだし」


 "好き合っている"


 ついこの間までそう思って、満たされていたのに、今は、彼は自分のどこを好きになったのかなんて考えてしまう。


「自分の良いところ、まずは一つでも考えてみて? 何かあれば聞くからさ」


 葵は頷いた。

 人の良いところなら見えるのにな、と思いながら。

 





 その日の昼。

 葵は助っ人の巡察で、女の子が絡まれているのに割り入った。


「……小春ちゃん?」

 お雪の妹だ。


「あんだ、おめえ! この娘っ子には貸しがあんだ」


「新選組です。乱暴な取り立ては治安悪化を招きます。落ち着かれてください」


 男はけっ、と近くの木箱を蹴飛ばした。覚えてろよ、とよく聞く捨て台詞を吐いていなくなった。


「小春ちゃん、大丈夫?」


「あおいさん……」

  

 小春は蒼白に震えている。

 葵はその日の組長に一声かけ、彼女を送っていくことにした。



 夕暮れの路地を入り、あの長屋が見えた。


 ずらりと戸が並んでいる。

 一番奥の木戸を開くと、すぐ上がり(かまち)になっていて、葵はつんのめった。


「いてて……」

 荒れた畳に手をついて顔を上げると、中は四畳半だった。

 お隣の話し声が丸聞こえで、冬の隙間風がぴゅーと音を立て滑り込み、暗い部屋は冷え冷えしている。


「……お雪さんは?」


「お姉は、お仕事……多分」


「いつ帰るかな?」


「わからない。今日は夕餉は一緒にって言ってたんだけど……」


 部屋の真ん中にぽつんと置かれたちゃぶ台には、焦げ付いた鍋がでんと置かれていた。


「助けていただきありがとうございました」

 

 小春は、線引きするようにぺこりと頭を下げる。

 年以上にしっかりした姿に、目の奥が熱くなった。


「嫌でなければ、ここでお雪さんを待ってもいいかな?」


 小春はぱっと目を輝かせたが、すぐうーんと唸った。


「お姉、怒らないかな?」


「大丈夫。あやとりしようか」


 適当な麻紐を結いて、二人であやとりをした。

 カエル、ほうき、四本橋――

 紐が形を変えるたびに、お雪という得体のしれない女性のことが、目の前の"小春のお姉さん"として輪郭(りんかく)を持つ。


「絡まっちゃったあ〜」

「ふふ、貸して」


 くちゃっと結かれた紐を指で解す。 

 複雑に絡んでいたように見えたのに、あやとりは案外するするほどけていった。


「お姉遅いね……」


 さすがに心配になってきた。

 戸を開けると、暗くなった路地はしんみりしている。


 突然、怒声が聞こえた。


「てめえ! いつまで待たせんだ!」

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