9523心を開く
「はあーっ!! やっと京都に帰ってきた。あれ? 葵ちゃんは?」
「斎藤と瓦の話してるよ」
つまらなそうに言う沖田は、先に船から降りて、ゆっくり歩く二人を待つ。
「お待たせしました」
「うん、瓦の話終わった?」
斎藤が薄い笑みを刻む。
「完結だ。最後まで聞いたのは、葵お前が二人目だ」
「え?」
葵は首をかしげる。なんと、一人目は沖田だと言う。
沖田は淡々と答える。
「別に聞いてないよ。淀川の暇つぶしに……斎藤が勝手に話してきただけ」
(あ……そういえば……)
「沖田さん、瓦のお寺の御朱印持ってますよね。もしかしてあれ、斎藤さんからもらいました?」
彼は言葉に詰まって、ふいと前を向いた。
(もらった御朱印ちゃんと取っておいてるなんて……やっぱり、仲いいんだな)
和んでいると、藤堂がこそっと声をかけてくる。
「僕達先に帰るからさ、後は上手くやりなよ」
「帰っちゃうんですか?」
沖田と二人きりにしてくれると言うが、葵は少し不安だった。
「葵ちゃんに必要なのは"心を開く"ことだよ」
(私、沖田さんに結構心開いてない? ないか……)
これでも大分甘えたりしているつもりなのだが、足りないのだろうか。
「心を開くとは、具体的にはどのような……」
「んじゃ、例えば足が疲れたとするよ。ちょっと休みたいな!って素直に言う」
「なるほど」
「あとは……沖田が『葵さん疲れてるなら、今日は帰ろう』って言ったらどうする?」
(ええ? 「さみしい、帰りたくない」ってことだよね)
「正解はわかります。でも言えるかはわからないです……」
藤堂は大げさにかぶりを振ってみせた。
「正解は、自分から抱きついて、口づけて、今夜泊まりたい……って上目遣いに……それから」
なんだかとんでもないことが続きそうなので、「やめてください!」と手を素早く振って遮る。
すると、沖田が「何話してるの?」と向かってくる。
「なんでもないですっ。あ、もう船宿ですね!」
話しながら歩いていたら、あっという間に馬を預けた船宿に着いていた。
「じゃ、僕たちはここで」
藤堂は馬に、斎藤は徒歩で屯所まで戻るという。
去り際に「本当に泊まってきてもいいよ〜」と言われ、葵は顔が上げられなかった。
「行こうか」
なんだか手を引く指先の力が強い。
大阪で想いを伝えあってから三日が経っていた。
その間二人で話す暇もなく。
なにせ大阪城襲撃という大規模テロを防いだ後で大忙しだったのだ。
常にいた藤堂達も居なくなると、葵も落ち着かなかった。
沖田は馬に鞍をつけ、調子を確認している。
(……今まで沖田さんと何話してたんだっけ)
ぶるるっと馬が頭を震わせて、葵は現実に引き戻される。
沖田はすでに馬上にいた。
馬の前を空けてくれていたが、この状態で後ろから密着されるのは耐えられない気がした。
「私、後ろで……」
「後ろだと、足掛ける所ないけど大丈夫?」
頷くと、彼は自分の羽織を脱いで、鞍の当たりが柔らかくなるように敷いてくれた。
(さらっとこういうことするんだから、紳士)
気遣いに感動するが、彼の羽織を自分の下敷きにするのは気が引けた。
遠慮して、鞍の端にそのまま跨る。
(あ、これ"ありがとう"って嬉しそうに羽織下敷きにしたほうが良かった?)
「落ちないでよ?」
沖田の声が不安そうだ。
しっかり彼の腰に手を回すと、馬が動き出した。
揺れを感じながら必死に捕まる。
正直なところ、ときめいている場合ではなかった。
後ろに乗る人は、鞍の盛り上がったところに無理やり乗るので、思ったより不安定だ。
10分くらい乗って内腿に違和感が出た。
倍以上行くとヒリヒリ痛み、思わずしがみつく手に力が入る。
「もしかして」
沖田は馬を止め、ほとんど抱くように葵を下ろしてくれた。
「痛むの?」
大丈夫、と言いかけて"心を開く"という合言葉が浮かぶ。
「そんなに酷くないんですが、ちょっと痛いです」
彼は一瞬止まった。
わがままだと思われただろうか。
俯く前に、柔らかな笑顔が葵をすくい上げる。
「言ってくれて助かるよ」
不思議な顔をすると、沖田は困ったように微笑う。
「逆だったら、同じように思わない?」
確かに、と目から鱗が落ちる。
逆なら彼に我慢されるのは嫌だ。むしろどうして言ってくれなかったのかと残念に思う。
(気持ちを言うのとわがままは違うって言うことなんだ)
と、頭でわかっているはずのことがまた体感として腑に落ちた。
「ちょっと歩いてみて」
そっと足を踏み出すと、着物が擦れて痛む。
沖田は眉を寄せた。
彼女の歩みは遅く、内ももが擦れるのを避けた不自然な歩き方だった。
「冷やさないと駄目だな……少し休もう」
茶屋でいいか、と聞こえ……
(茶屋って……もしかして?)
さて、どんな茶屋に行くのでしょう?




