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第9話 白地図を照らす光

 交易路に沿って伸びる大地は、水分を失ってひび割れていた。厚い雲が空を覆い、なんとも陰鬱な雰囲気が漂っている。その中を一本の街道がまっすぐ続いている。馬車の車輪の跡が幾重にも刻まれ、ここが重要な往来であることを物語っていた。


「ここが...…外国との交易路なのよね」


 わたしはセレナに問いかける。


「はい。私たちの国の南側と接している友好国、ベルニタスとの重要な交易路になりますわ。 ... ... こまで地脈が荒れているとは思いませんでしたわ」


 隣で杖を握るセレナが、青ざめた顔でつぶやいた。

 わたしは無人の大地を見渡す。出発前、アーヴェルから説明を受けていたが、これほどひどい状態とは思わなかった。


「でも道は真っ直ぐよ。意外と地面は歪んでないのかも」


 努めて明るい口調で言う。


「そいつは違うな、お嬢さん」


 嫌味な声が割り込む。測量ギルドのスレイだ。出発前、アーヴェルはこうも言っていた。


「測量ギルドとの競争になるでしょう。これに勝って、王族の実力を見せつけてください」


 ――情報は正確ね。


 心のなかで毒づいた。


「今日の測量は荒れそうだな」


 ギルがつぶやいた。

 道が真っ直ぐなのに、大地が荒れ放題な理由を、ギルが説明してくれた。


「ズレが大きくなりすぎたんだ。地面のほうが歪みに耐えきれず、杭をおいてもとに戻っちまったんだ。さぞかし魔物が出たんだろうな?」


「ああ。うちのドンパチ専門が数チーム、緊急依頼で片付けたよ。一般民に被害はなかった。だが、どうしてここまで放っておいたんだ?」


 ギルが肩をすくめた。私にもわからないが、アーヴェルの策略を感じる。


 ――ここでギルドと競わせて、何かを探るつもり?それとも王族の権威を見せつけるため?


 ここでいがみ合っていても仕方がない。まず地面においていかれた杭を探さなければならない。広い範囲を探すとなると、人数が少ないこっちが不利だ。


「杭を探すところまでは共同で、というのはどうかしら?」


 私はスレイに提案する。


「こっちは人数が多い。探し物はこっちが有利なんだが...…」


「私たちにはこれがあるわ。このひらけた地形なら、この望遠鏡が役に立つわ」


 セオドライトを見せつけハッタリをかます。

 スレイは提案を受け入れた。


 結果的にこの提案は両者を救った。散々探し回って、夕暮れ近くになってようやく杭を発見した。捜索を開始した位置から1400パッスス、優に2キロは離れていた。

 疲れ切った両チームは、測量を明日からすることで同意した。


 明朝、測量は同時にはじまった。

 今回は、道をまたぐように打ち込まれた二つの杭、双子杭というらしい。これなら二チームが同時に測量できる。真っ向勝負だ。

 わたしはセオドライトを据え、三賢者杭の方向を一つずつ測った。望遠鏡の視界に入る山頂を正確に視準線と重ねる。数値が頭の中で組み合わさってゆく。


「ここからだと...ここから1000パッスス以上...」


 私の計算結果に、セレナの顔が強張った。杭を発見したときから薄々感じていたが、やはり――。


「そんなに...…! わたくしの魔法では......届きませんわ」


 彼女の声には怯えが混じっていた。今の彼女には絶望的な距離。

 それを聞いていた、ギルドのメンバーの一人がにやにやと笑った。


「ほら見ろ、お姫様の魔法なんて役立たずだ」


「やっぱり俺達の歩測と、スレイが発明した巻き尺のほうが確実だな」


 何人かのメンバーが聞こえるように嫌味を言う。彼らの嘲笑に、セレナは唇を噛みしめた。小さな体が怒りと悔しさで震えている。私は望遠鏡から目を外しセレナに言った。


「大丈夫よ、セレナ。ちゃんと手は考えてある」


 わたしはセレナを自分が測れる限界で止まるように指示した。その位置に私が行って杖をたて、セレナがまた限界まで進んで...と繰り返せば理論上はいくらでも距離は伸ばせる。


 ――問題は体力ね。


 ギルドはスレイの指示ですでに角度測定と計算を終えている。歩測のエキスパートが3人、例の巻き尺を持ったものもいる。誤差を数でカバーする作戦だ。セオドライトは動かせないから、私とセレナで距離を伸ばしている間、ギルに守ってもらう必要がある。戻って角度を確認する必要もある。

 気合を入れて望遠鏡を覗くと、ちょうどセレナが振り向いた。不安げだ。なかなか杖を地面に突き立てず、前後に揺れている。


 ――その距離なら大丈夫よ。


 心のなかで叫ぶ。だがセレナは迷っている。杖の宝石の反射光が激しい。


 ――反射光?


 空を見上げる。昨日と同じ厚い雲で太陽を隠している。じゃあ、あの光は?

 どうして距離が測れるのか、セレナ自身分かっていないが、彼女は光魔法の使い手。それも達人級の。そして望遠鏡で覗く彼女の杖の宝石は、常にキラキラしていた。光、そして距離。


 ――光波距離測定!?


 現代の測量では、距離測定にレーザー光を用いる。目標物に当てて跳ね返ってきた光で距離を測定する。目標物は鏡である必要は無い。けど、効果的に光を返すものがあれば、その距離と精度は飛躍的に向上する。セレナの距離魔法が、光波距離測定とおなじなら......。

 私はリュックの底にしまい込んでいた、拳サイズの筒を取り出した。現代のレーザー距離測定に欠かせない器具『コーナーキューブ・プリズム』だ。単なる鏡ではなく、どの方向から来た光も、()()()()に戻す性質がある。この世界に来て一度セレナに見せたことがある。

 素早く杖に取り付けると


「セレナ! 距離を測るとき、これに集中して!!」


 コーナーキューブ・プリズムを指差す。


「わかりましたわ。やってみます......きゃっ!!」


 セレナは尻もちをついた。驚きの表情。


「大丈夫!?」


「大丈夫か!?」


 私とギルが同時に叫ぶ。


「大丈夫です。数字が、今までに無いくらい鮮明に浮かぶので、びっくりしてしまいましたわ......きゃっ!」


 もう一度試してみたらしい。セレナがまたびっくりする。


「これならいけますわ。凛お姉様、方向を見ててください」


 セレナは立ち上がり、こちらに背を向けて走りだした。時折「うわっ!」とか「ひゃっ!」とか叫びながらも、自信をもった足取りで、駆けていく。それを見てギルは革袋から仮杭を取り出し、杭の周りに打ち込み始めた。


「手順は守るんじゃなかったの?」


「手順は守るさ。だが、直前まで準備しておく分には問題ないだろう」


 セレナは走り続ける。制御に慣れてきたのか、叫び声はしなくなっている。そろそろ一キロを超える頃だ。どうやら中継の必要はなさそう。

 振り向いたセレナが、杖を地面に突き立てた。


「ここですわ」


 かすかに声が届く。視準線が彼女の杖の捉えていることを確認した。


「方向もOKよ」


 これだけ離れていると、ひらけていても声が届きにくい。両手で丸を作る。ギルは戦鎚で杭を抜くと、セレナの方へ走った。そして杭を打ち込む。キルドはまだ三人の歩測者と巻き尺の結果を平均しているところだった。


 ――速さは完勝ね。


 望遠鏡の向こうで、セレナとギルが抱き合って喜びを分かち合っていた。


「正確さはどうかな。仮杭を抜く際の魔物の数で勝負だ」


 冷静を装っているけど、スレイも結構悔しそうだった。


 結果は――完全勝利。

 仮杭を引き抜くギルの手に躊躇はなかった。多少の違和感はあったが、空間に裂け目はできず、魔物も一匹も現れなかった。


「そんな馬鹿な。1000パッススを超えるズレだぞ」


 私の短い異世界測量経験からも、考えられないことだ。戦鎚を構えていたギルも拍子抜けしている。


 一方、ギルド側の仮杭を引き抜く際は、やはり魔物が大量に現れた。ここでもセレナは輝いた――文字通り輝いた。自信を取り戻したセレナは無敵だった。縦横無尽に舞う光、魔物の体には無数の穴、小さな魔物は跡形もなく蒸発した。


 ――あれはもう、ビーム砲塔だね...…


 その光景に、ギルドの測量士も戦闘員も呆然と見入るしかなかった。


「お、お姫様...すげぇ...」


「まるで戦いの女神だ...」


 光が収まり、戦場には静けさが戻った。地面に残ったのは、消え去ったモンスターの痕跡と、杭の安定した輝きだけだった。


 測量は成功。地脈は安定し、交易路の付近の地図も色を取り戻していった。勝負は圧倒的な差でこちらの勝ちだった。ギルドの測量士たちでさえ、セレナに憧憬の眼差しを向けている。


「...凛お姉様、わたくし...できましたわ」


 セレナが震える声で言う。頬は赤く、瞳は涙で潤んでいた。


「うん、よくやった。すごかったよ」


 私は心からそう言った。


 ◇


 王都に戻る馬車の中。揺れに合わせて、セレナの小さな体がふらふらと傾く。全力で魔法を使った疲労が一気に押し寄せてきていた。


「凛お姉様……眠く……」


「いいよ、休んで。もう大丈夫だから」


 私は彼女の頭をそっと膝に乗せた。金色の髪が柔らかく広がり、小さな寝息がすぐに聞こえてきた。戦場では勇敢な王女も、今はただの八歳の少女。無邪気な寝顔を見ていると、胸が温かくなった。


 ――頑張ったね、セレナ


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