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第7話 測量ギルド

 街道の石畳は朝の光を受けて白く輝いていた。王都から伸びるこの街道は、商人や旅人で常に賑わっているが、今日は不思議と静かだった。地図に白く穴が空いたような地帯を抱えているため、人々が避けて通るのだろう。


「ここが……今日の”現場”ですのね?」


 セレナが杖を握りしめ、きゅっと眉を寄せた。幼い顔に似合わぬ緊張が浮かんでいる。


「そう。街道を守る杭がズレてるってアーヴェルから聞いた。だいぶ白くなっているみたい」


 私は手でひさしを作りながら、遠くまで続く街道を見る。路が不自然に蛇行している。


 ――対象物があると、地面の歪みがはっきりするわね。


「道が歪んでやがる。放って置くとせっかくの石畳が崩壊しちまう。さっさと直すぞ」


 ギルが肩に鎚を担ぎ、辺りを睨むように見回している。私は祖セオドライトを三脚に載せ、水平をとる。遠方にそびえる三賢者杭の山々は、いつもながらの威厳を放っていた。視準線をあわせ、角度読み、野帳に数値を書き込む。繰り返し測定し誤差を見極めると、改めて野帳に書かれた数値を見返した。


 ――これは...…


 慎重に計算して正しい杭の位置を割り出すと、セレナに告げた。


「この方向に、138.52パッススよ」


 セレナは息をのんだ。セレナの距離魔法は正確だが、短い。限界は100パッスス前後と言っていた。もし300、500と言われれば、素直にできないと言えるだろう。それならば何度か中継する方法も使える。けどセレナは自分の能力に対して、誇りとコンプレックスを同時に抱えている。


「やります」


 セレナが決意を込めて言う。私もギルも黙って頷いた。セレナは私が示した方向に向かって、小走りに進み、振り向いた。私は望遠鏡を覗き、方向を確かめる。


「方向は大丈夫よ」


 だが今日は、杖を地面に突き立てて「ここです!」と宣言できない。杖を抱えたまま、前後に動く。いつもより宝石の反射が目に入るのは、日差しが強いからか、それとも


 ――手が震えているのね。


 時間をかけて、ようやく位置を決めた。

 ギルは仮杭をいつもより多めに打ち込み、杭を引き抜いて、セレナが決めた位置に打ち込んだ。


「さて、仮杭一本目引き抜くぞ」


 ギルは地面に耳を当て、大地の機嫌を伺いながら、慎重に引き抜……

 手を止めた。そして再び仮杭を戻す。


「地面の機嫌が悪い。誤差が大きいんだ……もう一度測り直そう」


 セレナはうなだれた。



「おや、王国直轄のご一行が、こんな街道で測量とは珍しいですね」


 振り返ると、十人ほどの一団が街道に立っていた。統一感のある装束を身にまとっていが、兵士ではない。手にしているのは、ポールや縄など測量欠かせない道具ばかりだ。


 ――この人たちが、民間の測量チーム、測量ギルド。


 その先頭にいたのは、冷淡な眼差しをギルに向けて言った。


「……スレイ」


 ギルが低く唸る。昨晩、焚き火の脇で語ってくれた昔話を思い出す。ギルが若い頃に所属していたチーム。そのリーダーの名前が、確かスレイだった。


「久しぶりだな、ギル。王族の犬に成り下がったか」


「お前こそ大層な人数を引き連れて、大名行列か?」


 ギルが答える。だがスレイは気にも留めず、今度は私を一瞥した。


「そして……異邦の少女。噂は本当だったようだな」


 背筋が自然と伸びる。私は問い返した。


「あなたたちも、ここで杭を直すつもり?」


「当然だ。ここは王族の直轄地ではない。我々はここの領主から直接依頼されている。王立地理院の許可は不要なはずだ」


 その声には揺らぎがなく、街道を管轄するのはギルドだという自信がにじんでいた。私はセレナとギルに向き直る。セレナは唇を噛みしめてうなずき、ギルは短く説明した。


「依頼が重なった場合、双方が測量して、より正しい位置を決めた方の勝ち。これがこの業界の習わしだ」


 ――つまり、今度は我々が測る番だ、ってことね


 ギルドの測量士たちは無駄のない動きで荷馬車を解き、巨大な円盤状の器具を組み立て始めた。直径は三メートルはあるだろうか。数人がかりでようやく設置が終わる。


「なあ、あれって精度はどうなんだ?」


 ギルは小声で私に囁く。


「このセオドライトに比べたらぜんぜんだけど、今回の測定には十分な精度が出るわ」


 スレイのやり方は、私から見ても合理的で無駄がなかった。魔法と異世界の技術は無いが、人数と回数と工夫でカバーしていた。


「これは最近発見された特殊な繊維で作られた縄でね。引っ張っても、日光に当てても決して伸びない。距離を測るのに最適だ。この平坦な地形なら十分な精度がでる」


 樽のようなリールに巻き付けられその紐を、マーカーが手に持って走った。マーカーはセレナが決めた位置を超えて数十歩進んだところで止まった。強く引っ張りたわみがなくなったところで、


「ここです!」


 とマーカーが杖を地面に突き立てた。

 すかさずストライカーの三人が前に出る。引き抜いた杭をその位置に据え、交互に大槌を振り下ろす。重い音が街道に響き渡った。


「なによ。餅つきじゃないんだから。それに三人がかりでもギルより遅いじゃない」


「なんだ、そのモチツキって?」


「私の世界の特殊な調理方法よ。それより悔しくないの、仕事を盗られて」


 私は飄々としているギルに毒づく。


「連携がとれていて、いい仕事だと思うよ。いいじゃないか、誰が直そうが」


 それより、とギルは小声で言う。


「セレナのフォローよろしくな」


 ――分かっているわよ


 ギルが教えてくれた。代々魔法で国の測量基盤を支えてきた王族だが、魔法を使わない測量技術の発達や測量魔法の弱体化で、王族の権威が揺らいでいること。実権はすでに王立地理院が握っていること。そして王立地理院の対立組織として測量ギルドが台頭してきていることを。

 そんな中で、セレナは久しぶりに現れた「距離魔法の使い手」。王族の権威を取り戻す希望を背負わされている。その期待が、彼女を縛っているのだ。


 そうしている間に、測量ギルドのチームは仮杭の引き抜きを終えた。街道の湾曲は治り、きれいな直線を描いていた。これを見れば杭が正しい位置に収まったことがわかる。


「角度はぴったりだったよ、異世界の測量士さん」


 スレイが私の肩を叩いて去っていった。


 ――ぐぬぬ、私この人嫌いかも



 ◇



 夕暮れの街道を、私たちは王都に戻っていた。空は茜色に染まり、遠くの山々が黒い影を落としている。セレナはずっと俯いたままだった。


「わたくし……足手まといでしたわ」


「そんなことない」


 私は言葉を探しながら続ける。


「確かに今日はセレナの距離魔法が失敗だったかもしれない。でも魔法だって万能じゃないんでしょ。今回はたまたま条件が悪かっただけ。こいつだって、ちゃんと条件を整えてやらないと真価を発揮できないんだから」


 膝の上のセオドライトを軽く叩いた。


「そうだな。俺の戦鎚だって場所を選ぶ。竹林の中で杭を打てと言われた時は、散々跳ね返されて痛い思いをした」


 ギルが苦笑交じりに言う。


「でも……凛お姉様の角度測定も計算も、ギルドに負けていなかったのに」


 その声は涙に滲んでいた。 私は立ち止まり、彼女の目線に合わせてしゃがみ込む。


「大丈夫。セレナの力は、きっともっと伸びる。私が信じてる」


「このチームのマーカーはセレナ姫だ。俺は姫が決めた位置に杭を打ち込むだけだ」


 セレナは小さく頷き、涙を拭った。その瞳には、かすかだが再び光が戻っていた。

 街道の先、王都の灯りがちらちらと揺れている。その光を目指して、私たちは歩みを進めた。


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