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第4話 訓練と日常

 最初の現場から城へ戻って三日。筋肉痛は取れたけれど、胸の奥にだけ小さな震えが残っている。


 ――達成感、かな。


 わたしは城の中央鐘楼の屋上に三脚を据え、セオドライトを設置した。気泡が輪の真ん中にすっと収まる。息を整える。視準。読み取り。手順を声に出して確認すると、いつの間にかとなりでセレナに来ていた。


「朝早くから測量の練習ですの?」


「うん。練習は嘘をつかない。現場で慌てないようにね。三角形でこの国を守るよ」


 望遠鏡を覗き、視準線を城門塔に合わせる。そこから北東の見張り台、さらに遠くの鐘楼へ。視界の端に、薄い空気を震わせる山の稜線が見えた。

 三賢者杭のある山――この国の基準点。あの三点を結び、地図に地脈を編み込む仕組みを、この世界の誰もが知っているわけじゃない。けれど、この国の土台であることは誰もが知っている。


「中央の線に合わせて......ここで読みますのね?」


「そう。焦らなくていいよ。針は待ってくれる。呼吸をするとブレるから、一瞬止めて」


「ぬお? すう、はー、すう...んっ...はー」


 セレナは真剣な顔で読み取った角度を告げる。小さな額に汗がにじむたび、杖の宝石が微かに光った。わたしはそれを野帳に記録する。


「じゃあ次は『コルヴィン』いってみよう。三つ正解なら、ご褒美をあげるよ」



 中庭におりて、セレナの距離魔法の訓練につきあう。


「セレナは、どんな風に距離が.…..”わかる”の?」


「呪文とかはないんです。目標をじっと見て念じると、ふと数字が思い浮かぶんです。遠くなるとその数字が読みずらくなって......」


 広大な中庭には無数の小さな穴が掘られていて、セレナの教育係が、毎日ランダムに旗を立てるという。穴の位置は精密に測定されているので、距離や角度も把握できる。セレナはそれを毎日測定して、訓練しているらしい。わたしもセオドライトを使って角度測定の練習をさせてもらった。


「素晴らしい精度です」


 教育係に褒められた。


 休憩中、いつの間にか来ていたギルが、水を差し入れてくれる。


「喉、潤せ。頭も回る」


「ありがとう、ギル」


「据え付け、速くなったな。だが焦るな。“急ぐ作業ほど、順番どおり”だ。覚えとけ」


「はい」


 ギルの言い方はいつも短くて、角の取れた石ころみたいに素っ気ない。けれど順番という言葉には、重みがあった。



     ◇



 王都近郊の田園。乾いた風が畦をなで、麦の穂が角度をそろえて揺れる。

 王国地理院からの依頼は「村人に測量の基礎を伝え、暮らしに役立てほしい」。白地図化の兆しはないが、地脈は生き物で、日々の扱いが世界を変える。正しい小さな手当てが、遠い未来の大きなズレを防ぐ――それが今日の目的だ。


 広場に集まった村人たちに、わたしはセオドライトを披露する。三脚を立てると、子どもたちが目を丸くする。


「覗いてみる?」


「見る!」


 順番に覗いては歓声が上がる。望遠鏡の覗き口は、ここでは“魔法の穴”だ。

 そこへ白髪の古老が一本の短い杭を持ってきた。手のひらに収まるほどの小さな杭だ。


「わしらは、種を撒く時期にこうして杭をうって、小さいが地脈を呼ぶ。潤ったところで抜けば、土地が疲れん」


 古老は畑の縁に杭をとん、と打ち込んだ。土が呼吸するみたいに、畑の表面の色が徐々に濃くなる。が、広大な畑全体に広がるにはかなりの時間がかかりそうだ。


「田んぼに水を引き込むみたい......」


 思わずわたしは口にした。


「地脈をほんの少し借りて、使い終わったら返す。――素敵なやり方ですね」


「はっは。そういうこった。お嬢ちゃんたちの道具と知恵があれば、もっと上手にやれるだろう」


 わたしはセオドライトで畑の四隅をとらえ、角度を測る。セレナが距離を読み上げ、わたしは野帳に簡単な図を書く。


「お城・一番近い王立地理員管轄の杭・畑の位置関係はこうなってるわ」


 古老とセレナは図を見ながら地脈の流れを予想する。


「ここと、ここと...ここに三本杭を打つのがよいですわ」


 古老も頷く。ギルの指示で、村人が動く。これからのことを考えると、村人にやらせるほうが良いと考えたのだろう。


 ――わたしも地脈の勉強をしなくちゃ。



     ◇



 わたしは子どもたちと“距離かけっこ”をした。セレナに50パッススの位置に旗を立ててもらう。


「旗に向かって、100歩でぴったりで止まれ!」


 村の子ども達は一斉に走り出した。


「ぬお? みんな旗まで届きませんわね?」


「セレナは、魔法で。みんなは足で距離をはかる。足の長さは人によって違うから、まずは自分の一歩がどれくらいか感覚を掴んでもらう」


 子どもたちは、笑いながら誰が一番遠くまで行けたかを競っていたが、次第に大股で歩いて旗に達するものや、100歩以上歩いて旗たどり着くなど、それぞれ工夫し始めた。



     ◇



 作業の手はずが整うと、ギルは古老に言う。


「杭は、最初に全部打たず、外から順に内へ。抜くときも、外から順に。地脈は“揺らして、待って、落ち着かせる”のがコツだ。一度に大きく変えると、地脈はびっくりしてしまう」


 古老は真剣に頷いた。


「なるほどのう。わしら、急いで全部抜くことがあった。楽だが、土が痩せる気がしておった」


 少し陰った雲が、畑の上で形を変えた。風向きが変わる。その瞬間、わたしは背筋に小さな違和感を感じた。


 ――空間が裂けた!?


 村の少年が調子に乗って、杭を一本引き抜いてしまった。


「こら!」


 わたしは駆け寄り、少年を捕まえた。その手には小さな杭が握られていた。周囲を警戒する。胸の奥の震える。


「大丈夫だ。この程度の杭では地面は裂けねえよ。だが...」


 ゴン、と少年の頭にゲンコツをおろし反省を促す。杭を戻すと、畑の土は順調に色を変えていった。



     ◇



 日が傾き、畑は朱に染まった。杭は一本ずつ丁寧に抜かれ、束ねられた。村の娘が、セレナの手を握った。


「王女様。また来てくださいね」


「ええ、もちろん。――次は、もっと上手に測ってみせますわ」


 小さな手と手が離れる。守りたいものの輪郭が、目に見える形で胸の中に刻まれていくのが分かった。


 帰り道。荷車の上で、セレナがぽつりと呟く。


「凛お姉様。わたくし、この国を守りたいですわ。畑も、人も、笑い声も。――全部、地図に残したい」



 その言葉は、すでに王族の自覚をもったある種の威厳をたたえていた。それがセレナの基準線なのだろう。


「うん。守りたいが決まれば、測りたいが決まる。わたしたちの三角形は、ちゃんと閉じるよ」


 ギルが短く笑う。


「守るなら、食え。寝ろ。強くなれ」


「現実的だね」


「当たり前だ」



     ◇



 城に戻ると、中央鐘楼の屋上にいった。月はまだ登っていないのか、空は満天の星が埋め尽くしていた。

 わたしは三脚を広げ、セオドライトを”コルヴィン杭”がある方向に向けた。


「先程話していた、動かない星はあれですわ」


 北極星、この世界にもあるのだろうか? 村からの帰り道、わたしはセレナに尋ねていた。星座はまるで違っているが、間違いなくあれがこの世界の”北極星”だろう。わたしはセオドライトの望遠鏡を覗く。


「あっ!?」


 北極星とコルヴィン山の山頂が、きれいに視準線に重なった。この城の中央鐘楼から測る”三賢者杭”はすべて120度。つまり正三角形。この正三角形は完璧に北を向いている。


 ――完璧だね。この国は三角形に守られている


 この国を作ったという太古の王族や三賢者に脱帽した。


「ここは原点、ね。じゃあ、ここにチョークで小さく“0”って書いておこう」


「ぬお? それでは雨で消えてしまいますわ」


「消えるたびに書き直すんだよ。書き直し続けた線は、きっと強くなる」


 わたしはポケットから小さな筒――リュックの片隅にあった円筒形の道具を取り出した。


「ちょっと面白いものを見つけたんだ。覗いてごらん」


「わたしの”目”が見えますわ...あれ?」


 セレナは上下左右いろいろな方向から覗き込む。


「どこから覗いても同じように”目”が見えますわ。なんだか見られているようで気持ちが悪いですわ」


「これはわたしたちの世界で測量につかう器械で、『コーナーキューブ・プリズム』っていうの。どこから来た光も、必ず元の方向に反射する性質があるんだ。わたしの杖の宝石の様に、セレナの光魔法に応用できないかな?」


「元の方向ですか......それではわたしに攻撃が戻ってきてしまうではありませんか」


 ちょっと困った顔でセレナが言った。これもセオドライト同様、祖父にもらったものなので、なにか役に立てられないかと思ったけど...


 ――これは使えないか。


 部屋に戻る前、振り返るとベネト山から月がのぼっていた。間近に見たことは無いが、山頂に立つ巨大な杭が光ったような気がした。

 地脈は、今日も呼吸している。

 わたしは深く吸って、細く吐く。


 ――明日も、順番どおりに。


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