表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/22

第22話 エピローグ

 朝日が城の尖塔を照らし、遠くではコルヴィン山がまだわずかに噴煙を上げていた。城内はすでに慌ただしく動き始めている。だが、セレナの居室だけは静かだった。


 わたしはいつの間にか、セレナのベッドに突っ伏して眠っていたらしい。変な体勢で寝たせいで体が少し痛い。立ち上がって背伸びをする。


 ――まだ疲れが取れないわね。


 コルヴィン杭の異常が知らされてから、ずっと動きっぱなしだった。徹夜で後処理に当たっている者も多い。ものと世界ではしたことのない経験の連続だった。寝てしまっても仕方ない事、と自分を納得させる。

 ベッドを見ると、セレナはまだ眠っていた。けれど昨日より顔色がよく、熱も下がっているようだった。


 部屋の扉を遠慮がちに叩く音がした。

 セレナを起こさないように扉に歩み寄り、扉を少しだけあけた。


「セレナはまだ寝ているわ。急ぎ?」


 小声で応じる。


「急ぎというわけではありませんが、ギル殿と測量ギルドのスレイ様がお見えです。バルグランド峠の様子が聞けるかと」


「ギルが帰ってきたの?」


 その声にセレナが目を覚ました。


「もう少し寝ていた方がいいよ」と言ったけど、セレナは「もう大丈夫です」ベッドから起き上がってしまった。



「ギル!」


 城の広間で重臣や親衛隊長と話していたギルを見つけると、セレナは駆け出した。


「セレナ、今回は大活躍だったな」


 ギルは駆け寄ってきたセレナを抱き上げて褒めた。普段、公式な場なら処罰がありそうな行動だけど、今日は誰も咎めない。

 セレナもいつもより幼い表情で微笑んだ。


「スレイ、助かったわ。あなたたちが杭を取り返してくれなかったら、どうなっていたかわからないわ」


 わたしは、近くにいたスレイに声をかけた。


「君こそ、私の作戦によく気づいてくれた。だが……セレナ王女の魔法は見事だったな。君の言う通り、三賢者を越える才能だ」


 ――わたしの作戦、ね。


 ちょっと引っかかるけど、今は素直に感謝しておこう。


「それで、バルグランドは?」


 一番気になっていることを尋ねる。それ次第では、まだ安心できない。


「バルグランド軍は、しばらくは大丈夫だろう。裂け目は私達のいた方――バルグランド峠にも伸びてきた。峠を越えてバルグランド側にも広がったから、しばらく通行不能だろう」


 側にいた衛兵隊隊長も、「警戒態勢は整えた」とうなずく。

 ギルもスレイも危険な場所にいたのだと分かる。

 それでも、裂け目がバルグランド側にも被害出したことに、少し溜飲が下がった。


 ――ビビったか、バルグラント! 二度とちょっかいを出してくるな!!


 心の中で毒づく。


「それと新しい杭はどうなの?」


 もう一つの気がかりを口にする。


「カモフラージュしてあるが、早急に兵士を配置したほうがいい。まあ、あの異変を見て、それでも杭を抜こうとする奴はいないと思うが」


 近くにいた測量士長が、「護衛と監視体制を整えます」との短く答えた。わたしとセレナが来る前に、大まかな方針は決まっていたらしい。少し安心する。


「そうだ、”ギル杭”をあのままにしてはおけないだろう」


 セレナを褒めていたギルが、突然話に割って入ってきた。


 ――ギル杭? そんな杭、あったっけ?


 誰も聞き覚えがない単語に、周囲の空気が一瞬止まる。


「あの異変を止めた新コルヴィン杭は、俺が打ち込んだんだぜ? 場所もコルヴィン山じゃないし、新しい名前が必要だろう?」


 ……誰も返事をしない。


「なあ、セレナ。国王に進言してくれないか?」


 セレナが視線を逸らす。


「そ、そうですわね……。検討しておきますわ」


 ――検討しない気まんまんね。


「スレイ。おまえだって作戦を指揮した…」


「黙れ、ギル!」


 ――まさかいつも冷静なスレイまで、自分の名前をつけたいの?


 スレイの顔がわずかに赤い。


「何言ってるの。三賢者を越える魔法で異変をとめた王女、"セレナ杭"に決まってるじゃない」


 わたしの主張に、周囲が「なるほど」とうなずいた。


 ◇


 異変から数日後。

 わたしが元の世界に帰る日が来た。

 わたしは、三角をモチーフにした紋章の上にたった。たくさんの人達が見送りに来てくれた。

 ギル、スレイ、親衛隊隊長、王立地理院の人たち。そしてセレナ。


「セレナ、本当にこれ、いらないの?」


 セオドライトを差し出すが、セレナは静かに首を振った。


「それは凛お姉様の大事な思い出が詰まったものですわ。それに――」


 昨晩、セレナがベッドの上で話してくれたことを思い出した。



『特別な道具や魔法でしか維持できない今の測量体系は、間違っていますわ。凛お姉様の世界は、国全体を小さな三角形で支えていると聞きました。皆が使える道具で測れる三角形で国を覆えば、今回のような悲劇は、もう起きないと思うのです』


『そんなことをしたら、王族の権威が薄れるんじゃない?』


『権威よりも国の安全の方が大切ですわ』



 ――セレナは、もう一人前の女王様ね


「それなら、これを受け取って」


 わたしは工房長から箱を受け取り、セレナに手渡した。


「開けてみて」


 セレナが開けた。中には透明なプリズムが輝いている。


「コーナーキューブ・プリズムよ。この世界で作ったものだから、もう”特別な道具”とは言えないわ」


「直角を出すのに苦労したが、宝石を研磨するのと変わらん」


 工房長が誇らしげに胸を張る。


「これなら受け取ってくれる?」


 セレナは両手でプリズムを包み込み、震える声で言った。


「もちろん、受け取りますわ。……ごめんなさい。こちらの世界のものを、凛お姉様の世界に送ることはできないんです。わたしから凛お姉様に……」


 最後の方は言葉にならなかった。



 セレナが落ち着いたころ、帰還の儀式がはじまった。光を放つ紋章が広がり、わたしを包み込む。


 ――ありがとう、セレナ。


 そして、わたしは元の世界にもどった。


     ◇


 後年、バルグランド峠近くの一等杭は『リン杭』と呼ばれるようになった。

 階層別に整備された無数の杭で地脈が制御されている現在、かつての三賢者杭ほどの重要性はない。

 それでも、この地の測量士たちは口を揃えて言う。

「あの杭から、この国の測量が変わった」と。

 ただし、博物館に飾られたタペストリーの縫い跡が少々不格好だったせいで――

『リン杭』は「不器用」の代名詞として語り継がれることになる。

 そのことが、異世界に伝わらなかったのは、ひとつの救いであった。


 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ