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第14話 絶たれた絆

 城に戻ると、空気が明らかに違っていた。

 石畳の廊下に靴音が響くたび、鎧を着た兵士たちの視線が私たちを貫いた。まるで、見えない刃の列の中を歩かされているようだった。出発のときには挨拶を交わしてくれた兵士たちが、今は誰一人として口を開かない。その中には、私の持つセオドライトを興味深くあれこれ聞いてきた兵士もいた。


 ――何かが起きている。


「……なんだか、剣呑な雰囲気だな」


 ギルが低くつぶやいた。いつも陽気な彼でさえ、足取りが重い。


「わたくし、事情を聞いてまいりますわ」


 セレナは震える声を抑え、王族専用の奥の回廊へと消えた。背筋を伸ばしたその姿が、どこか小さく見えた。

 わたしとギルは護衛兵に促され、待機室へと通された。窓の外では夕陽が沈みかけ、城壁の影がゆっくりと長く伸びていた。壁際に並ぶ燭台の炎が、手元のセオドライトを淡く照らす。その真鍮の筒が、まるで沈黙を守るように冷たく光った。

 長い沈黙のあと、扉が開いた。――謁見の間へ、との伝令。私とギルは兵士に囲まれて広間に向かった。


 ◇


 広間の扉をくぐると、空気がさらに冷たくなった。

 壁一面を覆うタペストリー――この国のすべての基準点を描いたマスター地図が、まるで裁きの目のように私たちを見下ろしていた。

 その前に並ぶ親衛隊の槍先が、いっせいにこちらへ向けられている。


「……アクシオンの惨劇は、お前が仕組んだことか?」


 アーヴェルの声は、硬く、冷たい。玉座の脇に立つその男の眼差しは、あの研究者然とした穏やかさを完全に失っていた。私はセオドライトを抱えたまま、言葉を探す。頭の中で無数の可能性が交錯する。だけど、結論は出ない。


 ――これは、ただの誤解? 責任転嫁? それとも...…


 ギルドの地下図書室で見つけた”古代杭”に関する彼の著作。証拠とするにはあまりに薄い。ひとまず様子を見ることにした。


「わたし達は、指示通り測量を行っていただけです。裂け目の出現にも、市民の避難を優先し、全力で収束に当たりました」


 声が震えないように、息を整える。事実のみを述べ、回答により、相手の意図をさぐる。


「凛、お前がギルドの者たちと結託して、アクシオンの杭を動かしていたという目撃情報が多数はいってきている」


「それは、裂け目を早く閉じるための...…」


「言い訳は聞いていない」


 アーヴェルが遮る。その声は、氷のように乾いていた。


「王都に戻ってきてからも、城に戻らず、ギルド本部で何をやっていた?」


 非難を重ねる。広間にいた城の重臣たちの誰もが、私を見る。その視線に混ざって、「裏切り」「異世界人」「責任」という言葉が、ささやきのように飛び交った。


「測量ギルドとの癒着だ!」


「召喚された者が裏切るとは!」


「アクシオンでは多くの死者が出たのだぞ!」


 親衛隊の兵士たちまでが非難の声を上げる。私は息を吸い、叫びたい衝動を押し殺した。


「違います。私たちは...」


「静まれ」


 アーヴェルの一声に、ざわめきは嘘のように収まった。


「古代杭が、古代杭がアクシオンの外に打ち込まれていて、それが裂け目の原因で...…」


「副官、そんな報告は受けているか?」


「いえ、そのような報告はアクシオン支局からも市長からも上がってきていません」


 私は唇を噛む。やむを得ない判断だったが、証拠を現地に残してきたことを悔やんだ。市長からも報告が無いとすると、市長もグルなのか、あるいは報告が途中でもみ消されたのか。

 彼は一歩前に出て話を続けた。


「古代杭については、私も若い頃に研究したことがあるが、すでに失われた技術だ。機能する杭はすでになく、あのような惨劇を起こすことなど、考えられない」


 返す言葉がなかった。準備もせず、無策で城に戻ってきたしまった私の失敗だ。


 ――わたしの失敗?


 わたしは、測量が得意なだけの、ただの女子高生だ。この世界の測量士としてはチートな能力を発揮できるが、魔法が使えるわけもなく、ましてや政治的な駆け引きなんて論外だ。


 ――この状況にわたしは無力だ。


 壇上のセレナを見た。彼女は俯いている。目線が合わない。


「ギル、お前には凛の監視を命じていたはずだな」


 アーヴェルの声が再び響く。


「凛から離れ、魔物と戦っていたという報告が入っている。市民を助けたことは称賛するが、任務を逸脱したことは看過できん」


 ギルは何も言わなかった。その表情からは何も読み取れなかった。


「ギル。お前を追放する」


 短い宣告。彼は小さく頷き、振り返らずに広間を出ていった。


 ――異世界人に処刑はない。何もかも忘れて、自分の世界に帰ったほうがいい。


 去り際、私だけに聞こえる声で囁いた。


 ――すまない。


 最後にそういった。私の喉が焼けるように痛かった。何か言わなきゃ。けれど、声が出なかった。

 金属の扉が閉じる音が、やけに長く耳に残った。


「そして異世界の測量士、凛の処分だが……」


 アーヴェルが、王の方を向いた。玉座の王はしばらく沈黙した後、低く一言だけ発した。


「任せる。アーヴェル」


 その声には怒りも悲しみもなかった。人形のような感情のない響き。私は、王はセレナの父親で、悪人ではないことを知っている。だからこそ、その無関心が余計に苦しかった。


「アクシオンの犠牲者を考えると、死刑が適当だが、異世界人を処刑することはできない。不本意ではあるが、この世界からの追放処分とする。準備が整うまで幽閉せよ」


 わたしの周囲を兵士たちが囲む。誰も警戒の目を向ける。縄はかけられなかったが、私には兵士たちに抗うすべはなかった。

 広間を出る直前、わたしはもう一度だけセレナを見た。けれど彼女は微動だにせず、やはり目を合わせてくれなかった。


 重い扉の閉まる音が、わたしの異世界での生活の終わりを告げた。


     ◇


 塔の上の一室――そこがわたしの幽閉場所だった。牢獄ではなかった。家具も寝台もある。扉の外にはおそらく兵士が立っているが、窓に鉄格子がはめられているということもない。


 ――窓から脱出して...なんて気力もないけどね...…


 窓の外には夜だけが広がっている。風の音さえ、聞こえなかった。

 ここに幽閉される前、セオドライトを取り上げられてしまった。この世界での測量士としての記録でもある野帳も没収された。そしてセレナからもらった杖も。

 この世界の測量士としてのわたしを形づくっていたものが、すべて消えた。

 わたしは何もできないまま、この世界を去るのだろう。そしていつもの日常に戻り、部員たちと測量大会に参加して、勉強して、進学して...そのうちこの世界のことを忘れてしまうかもしれない。


 窓から外を見ると、城下町の明かりが見えた。

 ギルがやけになって酒場で飲んだくれている姿が浮かぶ。

 スレイにもアーヴェルの手が回っているかもしれない。


 ――あいつなら、大丈夫か。


 そしてセレナ。しっかりしているようでもまだ幼い。お守役だったギルはもういない。王族の権威、アーヴェルの策謀、そして白地図化。華奢な肩に多くのものを背負っている。でも、わたしはもう地図の外側にいる。


「……どうすればいいの」


 呟いた声が、部屋の壁に吸い込まれて消えた。涙は出なかった。


 夜が深まる。

 膝を抱え、私は静かに目を閉じた。

 失われた信頼、断ち切られた絆。

 その痛みだけが、確かな現実として残っていた。


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