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第11話 破局の序章 前編

 商業都市アクシオン。王都が政治の中心地なら、大通りには人々が忙しそうに行き交い、活気に満ちていた。わたしたちは測量のため、その喧騒の中を歩いていた。

 いつもの作業のはずなのに、今日は空気が違う。通りには露店が並び、香ばしい焼き菓子や刺激的な香料の匂いが鼻をくすぐる。人々は好奇心に満ちた目で私たちを見守り、子供たちはセオドライトを珍しそうに指差していた。


「凛お姉様、あの果実は見てくださいませ! とても甘そうですわ!」


「測量が終わったら一緒に買おう。今は集中だよ」


「ぬお! やりますのよ。最速で終わらせますわ!」


 セレナは不満そうに頬を膨らませながらも、杖をしっかりと抱えている。先端の宝石はいつもよりも輝き、彼女の幼い表情と重なって不思議な頼もしさを感じさせた。


 どこから情報が漏れたのか、ギルドとの測量競争のことが民衆に広まり、セレナはたちまち国民的な人気者になった。


 ――ギルドの先鋭チームを一蹴


 ――数百匹の魔物を一瞬で殲滅


 ――三賢者の一人、距離魔法のコルヴィンの再来


 白地図化の拡大で不安が募っていた民衆は、このニュースに歓喜した。

 実際、セレナの能力の飛躍がなければ、対処が難しいほど杭のズレが増していた。


 ギルは戦鎚を肩に担ぎ、視線をあちこちに走らせている。私たちの測量作業、というかセレナの姿を一目見ようと、周りを大勢の人が囲んでいる。


「人通りが多い。杭の扱いは慎重にな。まったく調子が狂う」


「今日は測量ギルドも来てるからね。互いに別の杭を担当するから衝突はないはず」


「見物人には期待外れかもしれないがな」


 ギルが鼻を鳴らす。私は苦笑しながらセオドライトを据え付け、正面のベネト山に向ける。


 ――角度問題なし。


 アクシオンに白地図化の兆候はない。王都以上に賑わっているこの都市、少しでも異変があれば、すぐに気づくだろう。

 王都と違い、アクシオンは比較的小さな杭が市街地に無数に打ち込まれている。計画的に作られた街ではなく、小さな町に人々が集まり、少しずつ拡大していったためこうなったのだろう。だから杭一つ一つの測量精度が低い。「白地図化の予防のために測量精度を上げておこう」というのがアーヴェルからの指示だった。


「凛お姉様。58.77パッススですわ」


 ここから最も近い杭の上に立って、セレナが結果を報告する。杖の宝石が力強く輝く。


 ――あれが、セレナ様の距離魔法!?


 ――まぶしいわ!!


 市民から拍手が湧き起こり、私も自然と笑みを浮かべていた。


 ◇


「小さな三角形ですの?」


 天蓋付きのベットの上に腹ばいの状態で、顔だけこちら向けたセレナが問いかける。


「そう、小さな...無数の三角形よ」


 わたしは答え、この世界に来てから気になっていたことをセレナに話し始めた。


「わたしたちの世界の測量も、三角形が基本なのは同じだけど、違いもあるの。それが三賢者杭ね」


 この国の測量はすべて三賢者杭を基準にしている。三賢者杭はどこからでも見えて、しかも精密に測量されているから、基準としては理想的だ。


 ――だけど依存しすぎている。


 杭から離れるほど誤差は大きくなるし、杭に何かあれば影響は地図、イコール国全体におよんでしまう。基準点は無理なく測定できる範囲に、複数散らばっている方が良い。日本の三角点の総数は10万点を超える。間隔も現場測量用の小さなものは1~2km程度、今のセレナなら射程内だ。


「近ければ距離も併用できる。そのほうがずっと精度があがるよ」


「素敵ですね。距離と角度が協力しあうなんて」


 セレナが中心となって築く、無数の三角形による強固な測量網。


 ――わたしが元の世界に戻るまでに、セレナに残しておきたい。


 明日からのアクシオンでの測量で、それを試してみたいと思っていた。


 ◇


 測量は順調に進んだ。測量を終えて移動する私たちに従って、民衆の輪も移動する。


「まるでアイドルの追っかけね」


「アイドルノオッカケってなんだ?」


「わたしの世界の特殊な宗教の信者のことよ。ちゃんと距離を取ってくれるから、助かるわ」


 ほのぼのした空気が、街の広場に広がっていた――その瞬間までは。


     ◇


 低い唸りとともに石畳が震え、空気そのものが裂けるような轟音が響いた。通りの中央がぱっくりと開き、黒い闇が顔を出す。


 ――裂け目だ。こんな人が密集している場所に!?


「逃げろっ!」


 ギルの怒号が飛ぶ。人々は悲鳴をあげ、押し合いながら四方へ駆け出す。逃げ遅れた者が裂け目に吸い込まれた。

 闇の奥から、ぬらりとした影が這い出してくる。牙を持つ獣、羽音を響かせる虫の群れ、そして人の形をした何か。魔物だ。


「セレナ!」


 杖の先端の宝石を魔物の群れに向ける。


「はいっ!」


 セレナの杖から放たれた光は、わたしの杖の宝石を経由して分散し、魔物の群れに突き刺さる。残った魔物はギルの戦鎚の餌食となった。遠くから裂け目が生じる音や悲鳴が聞こえてくる。異変はここだけではなかった。


「クソッ、どうなってやがる。まだ何もしてねぇぞ」


「わたし達じゃなければ、答えは一つよ」


「ギルドの奴らがドジったのか?」


「ギルドは旧市街区で測量しているはずですわ!」


 わたし達は旧市街区へ走った。

 裂け目は街中に広がり、建物は崩れ、人々を飲み込んでいく。魔物は裂け目から逃れた市民に容赦なく襲いかかった。



「ギル!こっちだ!!」


 路地裏から声がかかった。スレイだった。ギルド側の担当は彼のチームだったようだ。


「なにをやったんだ、スレイ! こんな人が多いところでドジりやがって!」


「俺達じゃない。というか、作業を始めてもいなかった」


 スレイは、荷車の上で無惨に破壊された測量道具を指さして言った。


「ドジったのはお前らのほうじゃないのか?」


「わたし達も、測量を始めたばかりで、杭には指一本触れていないわ」


 スレイを睨みつける。スレイは私の目を見て、次にセレナ、最後にギルに視線を向ける。ギルが頷く。


「...…とすると、原因は他にあるのか...…」


 スレイは、顎に手をあて思案する。遠くで建物が崩れる音がした。


「考えている時間はないわ。裂け目が現れているなら、原因は杭しかないわ。一つずつ測量して、異常を特定するの!」


「そうだな。オルター、ヒック、ケリー、デニス、エリーは凛の指揮下で、測量を手伝え。ギルは俺の指揮下で市民の誘導と魔物退治だ」


 スレイが素早く指示を飛ばす。わたしが不服そうな顔をすると、


「ここは建物が多く見通しが悪いから、異世界の道具でも、距離魔法でも、効力は半減するだろう。人手――中継になる人員が必要になるはずだ。それにここの杭は小さく、ギルでなくても扱えるだろう。」


 ――悔しいけど、冷静な判断ね。


 セレナを見ると、頷いて言った。


「ギル、凛お姉様はわたくしが必ず守ります。あなたは一人でも多くの市民を救ってください」


 期せずして、測量ギルドとの共同作戦がはじまった。



 わたしは震える指でセオドライトを覗き込み、角度を測った。裂け目の中心、杭の異常――そこを突き止めねばならない。建物がセオドライトの視界を遮り、魔法の光を断ち切る。思うように作業が進まない。


 セオドライトを覗く私を、魔物が襲いかかる。


 セレナの光魔法が魔物を貫く。


 オルターは、魔物に狙われながらも、必死に広場の中央に立ち中継役を果たす。


 爆音や魔物の遠吠えで、セレナの声が聞こえない。


 ヒックとエリーが手旗信号で伝える。


 デニスが裂け目に飲み込まれた。それでもわたし達は測量作業を続ける。


 聞いていた以上に、杭の位置がズレている。修正位置を指示する。


 ギルには及ばないものの、ケリーも手練れだった。杭が小さいということもあるが、短時間で打ち直す。


 夕陽が街を赤く染め始めたころ、最後の杭を打ち直した。光が大地を縫うように走り、裂け目はようやく閉じていった。


     ◇


 静寂が訪れた。けど残された街は無惨だった。倒壊した建物、瓦礫に埋もれた市場、地に伏した人々。生存者のすすり泣きが、痛ましく響く。

 セレナは杖を抱きしめ、震える声で祈っていた。ギルは血に濡れた戦鎚を地に突き立て、深く息を吐く。

 そしてスレイ。彼は瓦礫の街並みを無表情に見下ろしていた。


「...…甚大な被害だな。これほどの規模、もはや茶番の域を超えている」


 スレイの声は乾いていたが、微かに震えを帯びているのを私は聞き逃さなかった。彼だって動揺しているのだ。


「茶番?あなた達のボスが仕組んだ?」


 かまをかけてみるが、反応は無い。


 わたしは唇を噛んだ。

 測量ギルドの陰謀?

 王族のプロパガンダ?

 異世界人の私にはどうでもよかった。だた、


 ――これを仕組んだやつを、私は絶対許さない。


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