オオカムロ
「エミリーさん!討伐作戦の話は纏まったっすか!?いよいよ明日っすね!」
朗々とした声が重苦しい空気を打ち破る。パーティーが待ち遠しくて堪らない子供のような、無邪気な響きだった。エミリーはこめかみを抑え、誤魔化すように眼鏡を持ち上げる。
「おかえりなさい、ラゲルタさん。……丁度良いです。フィンさん、あなたにも討伐作戦について説明します」
濃密な血の匂いを纏った女が、フィンの隣に遠慮なしに割り込んでくる。ラゲルタの革鎧には生乾きの血がこびり付き、殺気立ったギルドでも一際異彩を放っていた。
「フィンさん、あなたが昨日遭遇したアレがオオカムロです。……本当に、運が良かったですね。アレの爪にかかれば、鎧ごと紙のように引き裂かれますから」
エミリーの説明に、フィンの背中に冷たいものが走る。
「奴らが私たちの前に姿を現したのは一月前。群れを成してラストゲイトを襲撃してきました。冒険者ギルドも衛兵隊と共同し迎撃に当たったのですが……」
エミリーは一度言葉を切り、テーブルに置かれた討伐計画書を、指先で強く押さえつけた。その指が、微かに震えている。
「結果は御覧の通りです。私たちは敗北し、以降、オオカムロはこの街を“餌場”と認識しています。小規模な襲撃が頻発し、街は危機的状況にあります」
壁に背を預け会話に耳を傾けていた銀髪の男、ルシアンが、低い声で口を挟んだ。
「……多くの仲間を失った。私の親友も、その一人だ」
その言葉を肯定するように、エミリーは一度だけ固く目を閉じた。
「だからこそ、これ以上の犠牲を出す前に、決着をつけます。……作戦は、奴らの巣の急襲。個体群の殲滅です」
エミリーはカウンターの隅から、一枚の大きな羊皮紙を取り出してテーブルに広げた。ラストゲイト周辺の、簡易的な地図だ。
「斥候の情報によると、オオカムロの巣はここ。ラストゲイト南西にある、このクレーターです」
エミリーが地図上を指さす。昨日、フィンが死にかけた場所の目と鼻の先だった。フィンは固唾をのんで地図を覗き込む。
「作戦は最終案通り、隊を二つに分けます」
エミリーの視線が、まずラゲルタへと向く。
「ラゲルタさん。あなたが率いる陽動部隊は、この高台からクレーター内へ直接火薬を投擲。巣を混乱させ、奴らを炙り出してください」
ラゲルタは、退屈そうに腕を組みながら「了解っす」とだけ短く答えた。その翠の瞳は、作戦の成否とは別のものを見据えているようだった。
次にエミリーはルシアンへと視線を移す。
「幸い、奴らはその巨体ゆえに飛翔能力を失っています。パニックに陥った群れが逃げる道は、この隘路ただ一つです。そこを、ルシアンさん。貴方が率いる迎撃部隊が、全力で叩く」
ルシアンは地図上の隘路を、険しい目つきで睨みつけ、無言で、しかし力強く頷いた。
「人員は、これが全てです。これ以上の増員はありません。……よろしいですね?」
エミリーが二人のリーダーの顔を交互に見て、最終確認を取った、その時だった。
「やっべ、忘れてた!」
ラゲルタが、ぽん、と手を打った。
「最後の物資を運ぶ人手が足りなかったんすよ!……お、いたいた!」
悪戯っぽい笑みが、フィンへと向けられる。エミリーが、やれやれと言いたげに、深くため息をついた。
「フィンさん!ちょうどいいところに!これから最後の火薬を高台の集積場に運ぶんで、ちょっと手伝ってほしいっす!エミリーさん、この新人、ちょいと借りるっすね!」
エミリーは喉から出かけた言葉を呑み込み、眼鏡を再び持ち上げて答えた。
「分かりました。フィンさんの使い方はラゲルタさんに任せます。作戦決行は明朝です」
ギルドホールの冒険者らは一斉に動き出す。ルシアンは無言のまま頷き、数人の冒険者を引き連れて退出していく。フィンは、半ばラゲルタに引きずられるようにギルドホールを後にした。
一人きりになったギルドホールで、エミリーは、冒険者たちが消えていった扉を、ただじっと見つめていた。やがて、誰に聞かせるでもなく、その唇から祈りのような呟きが零れ落ちる。
「……どうか、一人でも多く、ご無事で」




