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生かされている 後編

 しばらく呆然としていたが、フィンはゆっくりと身を起こし、ギルドホールへと向かう。

 エミリーの言葉を裏付けるように、ホール全体が重い沈黙に支配されていた。誰もが、次の襲撃に怯えている。ラストゲイトは、ゆっくりと、しかし確実に死に向かっているように思えた。


 「……君が新人か」


 不意に低い声が掛けられる。振り返ると、そこにいたのは、先日ギルドホールで見かけた白髪の男だった。

 かつてはどこかの騎士団で使われていたのであろう、金属鎧からは本来の輝きは失われ、肩や胸当てにはおびただしい数の傷が刻まれている。特に損傷の激しい箇所は、あり合わせの金属板や、黒光りする何かの魔物の鱗で、不格好に補修されていた。憂いを帯びた眼差しが真っ直ぐフィンに注ぎ込まれている。


 「私はルシアン。……礼を言う。お前が、あいつ……カールの剣を握っていたと聞いた」


 「オオカムロの腹に収まる前に、あいつを葬ることができた。感謝する」


 ルシアンは一振りの剣をフィンに差し出す。あの恐ろしい巨鳥の攻撃を受けたというのに、その刀身には刃こぼれ一つ無かった。


 「持って行け。あの剣を土に埋めるだけでは、あいつの死が無駄になる」


 それは、予期せぬ言葉だった。ただの農夫の息子であった自分に託される、信頼の証。

 フィンは震える手で、そのずしりと重い剣を受け取った。たった一度だけ振るい、命を繋ぎ止めた剣。その柄は、不思議な程に手の平に馴染んだ。

 

 震える指先で剣の柄をなぞる。

 巨鳥オオカムロの凶悪な嘴と、灰色の羽毛が脳裏をよぎった。

 逃げ出せば、生き延びる道はあるだろう。だが、それで残るものは何だ?

 あの女――ラゲルタが示した、圧倒的な力。

 ブレンナが繋いでくれた、奇跡のような命。

 エミリーの瞳の奥に見た、街の悲痛な叫び。

 そして、ルシアンがこの手に託してくれた、友の信頼。

 すべてを捨てて背を向けて、その先に何があるというのか。

 ここに踏みとどまらねば、自分にはもう居場所などないというのに。


 「違う……」 


 誰に聞かせるでもない小さな声。

 しかし、そのひと言と共に胸の靄は晴れ、握る手は震えていなかった。

 フィンは掲示板の前に立ち、まっすぐに手を伸ばす。


 『オオカムロの群れ討伐』


 ――この街に、自分は生かされている。

 恥を忍んで村に戻っても、それはただ呼吸を繰り返すだけの屍に等しい。

 ならば、生きねばならない。自分の手で、足で。


 若き冒険者の瞳に灯った火種は、なお小さくとも、確かな灯火へと育ち始めていた。

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