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冒険者

 オオカムロの討伐から、数日が過ぎた。

 ラストゲイトの街は、あの沈鬱な日々が嘘のように活気づいている。

 絶望の淵を越えた者たちの瞳には、新たな欲望と希望が同時に灯り、富と名声を求める熱が街全体を渦巻かせていた。


 フィンは、手のひらに感じる銀貨の重みを確かめながら石畳を歩いていた。

 エミリーから受け取った、オオカムロ討伐の特別報酬。

 これだけあれば、当面の宿代と食費には困らない。故郷の母に、何か贈り物をすることもできるだろう。

 農家の次男坊でしかなかった自分が、自らの力で掴み取った金。

 風の匂いも、人々の笑い声も、目に見えるもの全てが、あの頃とは違って見えた。


 街の広場では、やがて開かれる収穫祭の準備が進んでいるという。

 八大神を模した大藁人形が建てられ、祭りの飾りが少しずつ増えていく様は、どこか故郷の祭礼を思わせた。

 ラストゲイトの周辺にも開拓村が点在し、規模は小さいながらも畑が広がっているらしい。

 きっと、フィンのように村を追われた次男坊、三男坊たちが新たな土地で根を張ろうとしているのだろう。

 自分の経験を生かすなら、それが最も賢い道なのかもしれない。


 「おう、あんちゃん。何ぼけーっとしてんだよ。お前もこっち来て飲めよ!」


 思索に沈みんでいたフィンの耳に、陽気な声が飛び込んだ。

 振り向けば、手を振る男──魔術師のスヴェンが、酒瓶を片手に笑っていた。


 「ええ、はい。失礼します」


 フィンは遠慮がちにスヴェンたちの輪へと歩み寄り、広場に設けられた卓の一角に腰を下ろした。

 すぐさま大柄なハロルドが豪快に杯を掲げ、彼を迎え入れる。


 「おう、ちょいと見ねぇ間にサマになってきたじゃねぇか。てっきりボンボンかと思ってたがよ」


 その太い声に、フィンの胸の奥がわずかに熱を帯びる。

 照れくささと誇らしさが入り混じるその表情を見て、スヴェンがすかさず言葉を継いだ。


 「ハロルドの言う通りだぜ、ルーキー。冒険者ってのは、まず格好から入るもんだ。ナメられたらおしまいだからな。堂々としてるか、さもなきゃ──ほら、そこの色男みてぇに黙りこくって得体の知れねぇ雰囲気出しときゃいいのさ。がはは!」


 豪快な笑いに、静かに杯を傾けていたジャンが鼻を鳴らす。

 その光景に呆れたような目を向けながら、ティリスが溜息混じりにスヴェンの脇腹を肘で小突いた。


 「こいつらの言うことは、話半分で聞いときなさい。バカが移ったら、私の仕事が増えるだけだから」


 スヴェンは「ひでぇな」と笑いながらも、杯を掲げてみせる。


 「皆さんは何故……いや、なんで冒険者をやってるんだ?」


 フィンは受け取った杯を一気に煽り、ふぅ、と小さく息を吐いて問いを投げかけた。

 その一言に、“つむじ風”の面々は一瞬ぽかんとした表情を見せ──次の瞬間、腹の底から笑い声が広がった。


 「あっはっはっはっは!ひぃ……いや、悪いな。あんまり青臭くってよ!」


 スヴェンが腹を抱えて笑いながら言う。

 その隣でハロルドも、節くれ立った指で涙を拭いながら続けた。


 「俺とスヴェンは同じ村の生まれでな。このバカが“風が呼んでる”だの何だの言い出しやがってよ。……そんで気づいたら、一緒に街まで出てきちまったってわけさ。いやぁ、今でもたまに後悔してるぜ」


 「見てらんないから、止めようもなかったのよ」


 ティリスが肩をすくめて言い、場の笑いがもう一度弾ける。

 静かに杯を回していたジャンが、わずかに口元を緩めた。


 「俺の技術を生かすには、ここが丁度よかった。それだけのことだ」


 「つーかフィン、お前、一人でここまで来たのか?どこの出身だ?」


 焚き火がぱち、と音を立てた。

 フィンは少し考えるように杯を回し、口を開く。


 「……ベイル村だ。渓谷の近くの、小さい村だよ。ここまでは、一人で来た」


 その声に、輪の中の空気が一瞬止まる。

 驚いたように目を見合わせ、次の瞬間、誰からともなく息を呑む音がした。


 「うそでしょ?一人で“闇の森”を抜けたの?……あそこ、私たちでも苦労したのに」


 ティリスが思わず身を乗り出す。


 「まったくだ。俺たちだって途中で魔物に散々追い回されたからな」

 

 スヴェンが肩をすくめ、笑い混じりに言う。


 「帝都の辺りで仕事してた頃より、ここまで来る方がよっぽど命がけだったぜ」


 その言葉に皆が笑い、杯が打ち鳴らされる。風が通り抜け、笑い声と火の粉が空へ舞い上がった。


 フィンはその光景を静かに見つめていた。

 焚き火の赤が、遠い故郷の暖炉の灯を思い出させるようにゆらゆらと揺らめいていた。

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