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夜明け前

 高台までの道のりは、決して平坦なものではなかった。

 鋼と爪が激突し、肉を断ち、骨を削る耳障りな音が響き渡る。

 怪鳥のけたたましい鳴き声が月明りの荒野に木霊する中、その不協和音に、凛とした祝詞が混じった。

 

 「風の君シファに捧ぐは、我らが踏み出すこの一歩。見返りは、千を数える疾風の歩み」


 その祈りを受け、地を這うように肉薄した影より白刃が閃く。巨鳥の鱗に覆われた足から鮮血が飛び散り、その体躯が揺らいだ。


 「ウル・イグニス!」


 荷車の梶棒を握るフィンの前髪が風圧で逆立つ。隣に立つ魔術師の杖先より火球が出現し、空気を巻き込みながら激しく燃焼していた。

 魔術師──スヴェンが杖を振り抜く動作に応じ、火の球は轟々と燃え盛りながらオオカムロの胴体に直撃する。


 「うぉおおお!!」


 肉の焦げる匂いが充満する最中、闇を裂く様な気合と共に重厚な刃が振り下ろされた。オオカムロの鉤爪を押しとどめていた戦斧は翻り、炎に包まれた怪鳥の首が断ち切られた。

 

 ――やったか!


 フィンが安堵の息を吐きかけた、その瞬間だった。仲間の一人、女神官ティリスが鋭く叫ぶ。


 「まだ来る! 右翼からもう一体!」


 フィンが危険を察知するより早く、銀色の影が横から突っ込む。ラゲルタだった。

 彼女は、その身の丈ほどもある巨剣を振りかぶり、脇から襲い掛かってきた第二のオオカムロの脚へと、ただ力任せに叩きつける。

 骨が砕ける鈍い音。巨鳥はバランスを崩して無様に体勢を崩し、苦痛の鳴き声を上げた。

 彼女は倒れ込むオオカムロの胴体に馬乗りになると、巨剣を逆手に持ち替えてその刃を心臓部へと突き立てる。


「――――ッ!」


 獣じみた歓喜の雄叫び。ラゲルタは、突き立てた剣を力任せにこじ開け、傷口を大きく引き裂いた。

 血と肉片が噴水のように噴き上がる。


 巨鳥が完全に沈黙した時、そこに立っていたのは、全身をおびただしい量の返り血と肉片に塗れた姿だった。

 その表情は嫌悪からは程遠く、口元は三日月形に吊り上がっていた。


 彼女は血に濡れた巨剣を地面に突き立てると、呆然とするフィンたちに向かって、にっと犬歯を見せて宣言する。


 「目的地まであと少しっす!ちょいと休憩するっすよ!」

 

 夜明け前。オオカムロの襲撃を撃退した冒険者達の一団は、束の間の休息を取っていた。

 フィンは、荷車の重みから解放された腕をさすりながら、小さな焚火の隅に腰を下ろした。疲労と緊張が全身にのしかかり、身体は鉛のように重い。


 「……災難だったな、アンちゃん。あの“死にたがり”に目ェつけられるなんてよ」


 こっそりと耳打ちしてきた魔術師──スヴェンは、フードに隠された人懐っこそうな顔をくしゃりと綻ばせ、笑みを浮かべる。

 自分達とフィンが、無鉄砲なリーダーに率いられる運命共同体のような、妙な連帯感を帯びた笑みだった。


 「おう、新人!なんてツラしてんだ!」


 不意に、豪快な声と共に、目の前に何かが放り投げられた。硬く干された、獣肉の燻製だった。

 見上げると、焚火の向こうで戦斧を肩に担いだ大男――ハロルドが、ニカッと笑っている。


 「ほらよ、食っとけ。腹が減っては戦はできんってな。ま、アンタの仕事は戦じゃなくて荷物番だが!」


 ハロルドはそう言うと、他の仲間たちの輪に戻っていく。ぶっきらぼうだが、その声には不思議な温かみがあった。


 フィンの視線が、自然と他のメンバーへと移る。

 焚火の光が、黙々と剣を研ぐ男の横顔を照らしていた。ジャン、と呼ばれていた無口な剣士。彼は誰とも言葉を交わさず、ただ、これから始まる戦いだけを見据えているようだった。


 その時、フィンの前に影が差す。金髪の女神官、ティリスだった。彼女はしゃがみ込むと、フィンの顔を見据える。その眼差しは、値踏みをするように鋭い。


 「……あなた、本当にただの荷物運びでしょうね?」


 「え……あ、はい」


 「足を引っ張るようなら置いていくから。その覚悟だけはしておきなさい。神々は犬死を好まないもの」


 冷たく言い放ち、ティリスは踵を返す。フィンが戸惑っていると、スヴェンがくつくつと笑いながら煙管を吹かした。


 「……まあ、気にすんな。あいつら、それぞれ勝手な方向を向いてるように見えるだろ?」


 スヴェンは、仲間たちへと目を細める。


 「ハロルドはバカだし、ジャンは愛想のあの字もねェ。ティリスはぐちぐち口うるさくてうんざりする。だが、いざって時には、不思議とそれが一つになる。だから“つむじ風”なんて呼ばれてるのさ、俺たちは。厄介な連中だろ?」


 スヴェンはそう言って、悪戯っぽく笑った。フィンは、干し肉を一口かじりながら、冒険者という世界の一端を垣間見た気がした。


 その余韻を打ち破ったのは、夜の静寂を震わせるオオカムロの咆哮。焚火の炎がその声に呼応するように、一度だけ大きく揺らめいた。

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