開幕、闘狼の祭典
まだ時間があるので、俺達は適当な席を見つけて、開会まで待つことにした。
「ハ……じゃなくて『ダンベル』、お前は準備しなくて大丈夫なのか?」
「え? 何の事ッスか?」
「ほら……お前の任務は、主催者連中の処理だろうが」
今回の作戦は俺とハリーの二人が軸になる。俺は大会に参加し、決勝まで勝ち上がって主催者を裏から引っ張り出す役割。ハリーは基本的に隠密に徹し、隙を見て主催者陣を丁重にぶっ殺しするのが役割だ。
主催者の暗殺後、大会の中止が予想される。逃げ出すだろう有象無象のチンピラ連中に関しては、外で待機している仲間達が捕獲し、依頼主の警察に引き渡して今回のミッションは完了だ。
まぁ、実際のところ俺が大会に参加するのは、万が一ハリーが奇襲に失敗した時の保険、って感じなんだけどな……あいつが予定通り重役を皆殺しにしてくれれば、俺はこんなクソったれな大会なんて放り出して、さっさと離脱できる。
だったらなんでそんな役を俺がやる事になったのか……それはこの『ウルフファイト』とかいう大会の創立背景が関係している。
そもそもこの大会は裏社会の殺人興行である以前に、有望な戦闘員をスカウトする為のオーディション、という面が強いのだ。勝者に莫大な賞金が用意されるのも、パトロンとして大御所ギャングや極道の類がガッツリ肩入れしているからこそ。
出場者は上位入賞できれば、主催者達に直接会う権利が与えられる……可能性があるのだ。それも完全な実力での評価で、貴賤を問わず。弱小のチンピラにとっちゃ、一気に上流階級にのし上がるこれ以上ないチャンスだ。チンピラドリームとでも言うべきか。
……そしてハリーの返答だが、まぁ俺が懸念していた通りの内容だった。
「だってオレもアニキの試合見ときたいし……そもそもアニキ、優勝するッスから別にオレがそこまで頑張る必要ないかなぁ……って」
「ったくお前……予備プランがあるからって、それを頼みにするのは一番ダメだろうがよ!」
「へへ、反論の余地も無いッスけど……アニキ、それに関しては人の事言えないでしょ」
「ッ……」
クソが、反論の余地も無いぜ!
容赦ないカウンター口撃に一瞬でK.O.された俺は、しぶしぶハリーの観戦を大会序盤だけ認める事にした。ダメだな俺は……こんな事してるから毎回計画が予定通りに進まないんだろうな……
そんな事より喉が渇いたな。大会が始まる前に何かしら飲み物でも買っておこうか……おっと、手持ちの金が全然無かった。そういえばエントリーに必要な金以外は邪魔だから持って来てないんだったな。どうする……?
そこへアクセサリーをジャラジャラさせているタイプのゴロツキが通りかかった。いいね。おいそこのお前、ジャンプしろよ。
* * *
「アニキ……見間違いじゃなければ、さっきカツアゲしてたッスか……?」
「……そんな目で見るなよ。スパーリングに付き合ってもらったついでに代金を徴収しただけだ。俺はあくまで正当な権利を行使しただけだ、いいな?」
「アニキは知らないかもッスけど、正当な権利には弁明なんて必要ないんスよ……」
巻き上げた金で買ったコーヒーを啜る。やっぱり悪人をボコった後の一杯に並ぶものは無いね。
そんな俺を、ハリーとメリッサは二人してゴミを見るような目で凝視している。
なんだよその目は……どうせこんな場所に来てる時点で同じ穴の狢なんだから、一人や二人ボコったところでお天道様もハナクソほじりながら見逃してくれるだろうよ。
ああ、居心地が悪い……コーヒーの風味が落ちちまうじゃねぇか……
そんな風にして時間を潰していると、ようやく大会の開始時間になった。
『テメェら、地獄の門を開ける準備はできてるかァァァ!!』
ハウリング交じりの大音量で、実況担当らしいモヒカンが喚きたてている。
『ようこそドブ犬共ォ、数年に一度の、血と殺戮の祭典へ! ここは法も倫理も取っ払った、正真正銘の戦場だァ! ルールは単純……最後まで生き残る事ォ!!』
会場はモヒカンの熱気にあてられたのか、開会式の時点にも関わらずヒートアップしている。そこかしこで罵詈雑言が飛び交い、そこかしこで既に乱闘が起こっている。恐ろしいねぇ……と、俺は戦利品のコーヒーをまた啜った。
『まだ死にたくねぇって腰抜け共は今すぐ引き返しやがれェ! こっから先はノンストップで、スプラッタ&バイオレンスでお送りするぜェクソ野郎共!! さぁ、最初の血を撒くのはどいつだァーッ!? ウルフファイトォ、開幕だぜェ!!!』
会場から歓声が湧き上がる。早速軽量級トーナメント1回戦が始まった。
「暫くすれば俺も出番だ、お前らも試合を見たいってんなら準備した方がいいぜ」
俺個人としても、試合の空気感は見ておきたいしな……
俺達三人はより前の方の席へ移動して、血みどろの格闘を鑑賞することにした。