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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
氷点下のエリミネーター
8/27

侵入

11月2日、午後11時、ストンバーグ州アレイ市近郊。作戦決行の時である。




* * *




「ったくよー、何でもアリって聞いたから来てみたものの、いざエントリーってなったらちゃんと階級分けがあるんだからよぉ……無駄に厳格だぜ、ルールが」

「へっ、格闘家時代を思い出したのか?」

「いいや、別にそういう訳じゃないぜ。ただ俺は『ルール』ってもんが嫌いなだけさ」


いかにもゴロツキって感じの男が二人歩いている。やがて二人は地下闘技会場外れのボロいトイレの前まで来た。


「このままだとギリ中量級に引っかかるから、最後の踏ん張りしてくるぜ」

「おうよ、気張れや」


二人はそこで分かれ、片方がトイレの中へ入っていく。


「……チッ、閉まってやがるぜ。ここもか」


個室便座は4つ。男は1つ、2つと先客がいる事を確認し、ため息を吐く。

3つ目、これも閉まっていた。男は4つ目のドアに手をかける。すると……


「おっ、ここは空いて……」


ドアが開く。しかし、男はそれと同時に飛び出した影に反応できなかった。


「……っ!」

「ちょっと大人しくしててくれよ……よし、落ちた」


男は恐るべき力で気道を塞がれ、間もなくぐったりと気を失ってしまった。

男が気絶したのを確認してから、俺と同じく4つ目の個室に潜伏していたハリーに合図する。


「これで入場資格ゲットッスね!」

「『クロガネ』、この哀れな退場者はお前に任せた。適当に壁だか床だかに詰めておけば、後で誰かが見つけてくれるだろう」

「了解ッスー」


ハリーは懐からカミソリを一つ取り出すと、トイレの床を切り始めた。一見普通の鉄製の刃は、まるで豆腐でも切るかのようにタイルに食い込んでいく。

やがて床に成人男性一人分の空間ができ、ハリーは気を失ったチンピラをそこへ横たえた。


「一人倒したんだから、予選一回戦突破でもいいんじゃないんスかねぇ……アニキもそう思いません?」

「別にこの程度のチンピラ一人、居ても居なくても変わらんだろ……そもそも俺は今回『大会で全勝』する事を前提に送り込まれてんだ。アマ相手に一回戦で返り討ちにされてちゃ、若頭失格ってヤツさ」


『ゼロ』もとい俺は、チンピラから拝借した奇怪な札のようなもの……を携えて、『クロガネ』もといハリーと一緒に外へ向かう。個室を3つ封鎖していた氷のつっかえ棒も、忘れず解凍しておいた。


こうしてトイレから出てきた男二人は、ってこれ傍から見たら連れションにしか見えないな……いや、今はそんな事どうでもいい。

潜入を開始すべく、俺達は『ウルフファイト』エントリー受付まで向かうのだった。




* * *




俺、ハリー、そして人質役のメリッサは、エントリーカードを強奪した後すんなり入れるものと想像していたわけだが……予想外がいくつか重なって足止めを食らっていた。


どうやら今回の『ウルフファイト』では入場審査が厳格化したらしく、前回までのガバガバ検問所が税関かよってくらいの堅牢な門になっていた。具体的には、選手は自前の武器の持ち込みが禁止されていて、違反品は受付で没収とのこと。

俺も持ち込もうと思っていたスイッチブレードナイフを回収されてしまった。畜生、アレ特注品だったのに……っ!


そして今現在問題になっているのは、入場する上での俺達の名義だ。当初はトイレで適当な出場者を待ち伏せして、入場資格と一緒に身分を強奪する計画だった。

しかし、あまりにも手際よくチンピラの制圧に成功してしまったため、偽装用の個人情報を抜いておくのを完全に忘れてしまっていたのである。

なんて初歩的なミスだ……俺、疲れてるんだろうか?


何かいい名義は無いか……と考えていると、脳裏にとある名前がよぎった。


「俺はバーベル・アームストロング、こっちは弟分のダンベル・アームストロングだ」

「……そ、そうッス! オレがその弟分で、この女が『獲物』ッス」

「あー、確か『アームストロング兄弟』ってヤツだったか……よし、通っていいぜ」


作戦成功。ハリーが臨機応変に合わせてくれて助かった。ってか意外とあいつら有名ではあったんだな……もしもこの受付がもっと詳しかったら、嘘だとバレてたかもしれない。危なかった。


受付を通って会場内に向かっていると、案の定ハリーがさっきの事を聞いてきた。


「『アームストロング兄弟』って誰ッスか……? 知り合い?」

「いや、まぁ……俺が咄嗟に思い付いた名前とでも思ってくれ」

「はぁ……じゃあこの大会中、オレは『ダンベル・アームストロング』って事で……」


会場は思いの外シンプルで、真ん中のリングを360度観客席が取り囲んでいる形だ。いかにも「地下格闘技」っぽさがあるのは、リングと観客席を隔てる黒い網である。


「ね、ねぇ……」


鋼鉄の首輪を付けたメリッサが、周囲に聞こえないくらいの小声で俺に話しかけてきた。


「すれ違う人全員、すっごい悪そうな人しか居ないんだけど……なんていうか、目がイってるっていうか……」

「そりゃ当たり前だろ、悪い人しか居ないんだから。ひょっとして怖いのか?」

「逆に怖くない訳無くない!?」


煽るような事を言ったら、ド正論で返された。そりゃそうだろうな……でも、そう言っている割に、メリッサは意外と元気に見えた。


「……そうは言っても、実はちょっとワクワクしてる自分も居るんだよね。私、ずっと旅をするのが夢で、自分が行ったことのないような場所をもっと知りたいなって思ってたから……」

「なるほどな、『親の束縛が強かった』って言ってたのも、家出したのもそういう動機か」

「この状況でワクワクできるって……メリッサ姉さん、見た目によらず肝据わってるタイプなんッスね」

「あはは……どちらかと言えば私の悪い癖だよ……」


メリッサは複雑そうな苦笑いを浮かべた。

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