翠の開眼
まさかまさかの深夜更新です
突如現れた筋骨隆々の男の写真を前に、ツッコミどころは色々とあったが……
「なんでボディビル雑誌がここにあるんだ……?」
紫髪の女もといローラは、目を背けたまま喋り出した。
「それ、ウチの私物なの。誰にも見られたくないし、かと言って自分の部屋に置いてても……ライラとか入ってくるし。だからここに隠してた」
「まぁ、確かに……こんな書庫に来る人間は滅多に居ないだろうが」
なんだ、その……話を聞けてはいるんだが、ローラは一向に襟から手を放してくれない。というか手が離れる気配が無い。振りほどくように少し身体をねじってみても、掴まれている部分はびくともしなかった。例えるなら、めっちゃ出力の強い掃除機で吸われてるような感覚だ。
「それを君は盗み見たの。他人の秘密に易々と踏み込んで……君をこのまま帰す訳にはいかないよね」
「……」
俺はこの筋肉雑誌に欠片も興味が無いというか、そもそもローラに言われて初めて存在に気付いたというか……どう考えても勘違いされているみたいだ。
この状況に既視感があった。そうだ、ハリーの部屋に隠されてたエロ本を初めて見つけた時、アイツもこんな風に自分から説明して墓穴を掘ってた気がするな。それ以来吹っ切れたのか、変な露出癖でも発現させたのか、スケベ心を隠す事すら無くなったが……
とりあえずは、だ。説明したら分かってくれるかもしれない。
「待ってくれ。俺は調べ物に来ただけであって、お前のプライバシーを侵害しに来た訳じゃない。しかも、お前が来るまでこの雑誌に気付いてすらいなかったし、見つけたとしてもお前の私物だとも思わなかっただろう」
「……」
「それら全ての情報は、お前が今自分で説明したんだ。だから、俺は秘密に踏み込んだというより、むしろ開示されたっていうか……」
「……そっ」
首元を掴む力が小さくなった。よし、やっと解放され……
「そんなのっ、し、信じられる訳無いし……!」
「おわっ!?」
さっきまで掴まれていた首元に、一陣の強風が吹いたような感覚。俺の身体は後方にすっ飛んで、前屈する寸前のような姿勢で背中から壁に衝突した。身体が痺れる……
「ッ……テテ」
「……ああっ、もう!」
ローラは地団駄を踏んだ。顔合わせの時にずっとダルそうな顔をしていた彼女だったが、その面影は今や消し飛んでいる。彼女の怒りの対象は俺……というより、理不尽な世界の運命の方だろう。
俺はそのままそこで座って、本棚に雑誌を押し込むローラを見ていたが……
「どっか行って!!!」
「あ、はい」
鬼のような形相で叫んできた。
俺はそそくさと書庫を去り、鉄扉の外に出た。
* * *
「ありがとうございました~って……あれ?」
「あの人、いつの間に中に……いや、気のせいかな?」
ヤベヤベ、早く出よう。
勢いのまま1階まで駆け下り、受付をすり抜けて、無事兵営図書館を脱出する。結局、俺の不法侵入はバレずに済んだようだ。
「あの女に見つかった時は、徽章を持ってない事を看破されるかと思ったが……杞憂だったな」
それどころか、アイツ、焦って自分の弱点を晒しやがった。正直あんな雑誌、恥ずかしがる程のもんでもないような気がするが……それは似たようなオカルトジャンキーの女が身近に居るからだろうか。
まぁ、少し『龍腕』の事を探りに来ただけなのに、棚ぼただな。いつかこの知識が役に立てばいいんだが。
* * * * *
「教主、伝令です」
同日の11月15日……某所にて。
「……ふむ、結構だ」
強面の男は、薄暗い部屋で座りながら伝令書を確認した。瞑目しながら頷いた後、彼は立ち上がる。彼は背後の円卓に座る幹部たちに向かって、語り始めた。
「諸君、ついに運命の刻がやって来る。我々の苦節10年……全ての事業は、この瞬間の為にあるのだ。『跋扈す強者を除き、弱者の為の桃源を創る』……我々の理想が……」
「あのぅ、教主様。また演説癖が出てますよ~」
「さっさと会議を始めてくれよなー、頼むぜー」
すみれ色の髪の少年と、赤髪の男性がぼやいている。
幹部の声を聞いて我に返ったスキンヘッドの男性は、いくつか咳ばらいをして円卓へ向き直った。
「失礼した。気を取り直して、本日の教団会議を始めさせてもらう。本日の議題は、一ヶ月後に迫る『特別巡礼』についてだ」
教主に合わせて、幹部の4名も首元のネックレスに手をやった。そこには同じネックレスが着けられていて……その宝石の色は、教主の眼と同じ翠である。
「決行日は12月25日、聖夜の『降臨祭』だ。この日を世界は記憶に刻む事になるだろう……」
教主を名乗る男性の翠の目が、薄暗闇の中で怪しく輝いていた。
「我ら『宗教結社マラカイト』の血塗られた革命と、反撃の夜明けを……ッ!」




