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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
氷点下のエリミネーター
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ファイティング・ウルフ・ハンティング

明くる日の朝、重要構成員達が親父の部屋に集められ、話し合いが行われる事になった。勿論、その中には俺も含まれている。


俺とハリーが入室した時には、他のメンバー全員が既に待機していた。

準備の完了を確認すると、俺達の視線の先、車椅子の老人が口を開いた。


「まずは諸君ら、先日の各任務完遂ご苦労じゃった。おかげで暫くは周辺エリアでの『血烏』の連中の脅威度は減少するじゃろう。直近の依頼も大方片付いた故、しばしの休暇を設けることができそうじゃ」


ある構成員はほっと胸を撫で下ろし、またある構成員は考え事をしている。


車椅子の老人、俺の義理の父であり組織のボスでもあるレイモンドは数秒ののち、言葉を続ける。


「……と言いたかったのじゃが、実は厄介な情報が届いておってな。今回諸君らを集めた要件のうち半分は、これに関する事じゃ」


ぬか喜びだった……と言わんばかりに数名の構成員はがっくり肩を落とし、落胆の嘆声を吐く者も居た。

俺の右で話を聞いていたハリーも例外ではなく、何やらぶつぶつ呟いている。


「詳しい説明はローベン、頼んだ」

「ええ、ボス」


親父の斜め後ろで待機していたロベ爺が前へ歩み出る。その手にはバインダーらしき物を持っていた。


「昨日、遠征調査を行っている『サーカス』隊から報告が上がった。裏社会イベントの開催に伴い、大規模なカネの動きがあったそうだ。そして、情報屋の話と照合した結果、開催されるイベントというのは諸君らも良く知る『ウルフファイト』だろう事が分かった」


ハリーが何か言いたげに、俺の腕を肘でつついてきた。


「『ウルフファイト』ってのは、あれッスよね。不定期で開催されてる喧嘩自慢大会的な……」

「まぁそんな感じだが……正確には喧嘩自慢どころじゃない、クソったれの殺人賭博だな」


『ウルフファイト』……非合法非公開の裏社会流スポーツイベント、とでも言うべきだろうか。賭博、人身売買、麻薬取引、資金洗浄……犯罪者にとっちゃ娯楽であると同時に、多くの需要も満たせる夢のようなイベントである。正道を歩む人間からしたら「悪夢」以外の何物でも無いのだが……


ロべ爺は厳かに言葉を続ける。


「以前我々が『狼狩り』を仕掛けた時から三年が経過している。連中がどの程度警戒しているかは分からんが、いずれにせよ今回も乗り込む方針だ」


俺が所属する『B(バミューダ)W(ウィングス)A(エージェンシー)』は傭兵組織……のガワを被ったほぼ非合法の武装組織だ。そんな俺達の仕事は、戦場に赴いて金を稼ぐ事はもちろん、一番大きな使命は怠慢を働く警察組織に代わって秩序を維持する事。


特にここ、フィスタリア王国北方地域では公権力側が犯罪組織に完全に押し負けてしまっている状況であり、敵対する武装組織同士がにらみ合うことで仮初の平和を保っている。要するに治安崩壊都市だ。

警察は「藁にも縋る思い」とでも言うべき様相で、一応は非合法組織である俺達を頼らざるを得ない状態である。


『狼狩り』というのも、『ウルフファイト』に合わせて俺達が実行する秩序維持作戦だ。『ウルフファイト』に参加している犯罪者を襲撃し、捕らえ、依頼主である警察に引き渡す。

完全秘匿の裏取引だが、公権力だけに金払いも良く、慈善事業団体(ボランティア)に片足を突っ込んでいる俺達からすれば貴重な資金源なのである。


構成員の一人が手を挙げ、ロベ爺に質問する。


「作戦の日程はいつ頃で?」

「それなんだが……情報屋を信用するなら、大会の開催日は3日後という事になっている」


おい、全然時間無いじゃねぇか……!


構成員達もざわめいた。移動や武装の準備を含めても、今日から始めてギリギリ間に合うかどうかってラインだ。

しかも都合が悪い事に、今丁度、主戦力の能力者の大半が依頼のため出払っているのである。


「時間が無いのもあって情報の裏も取れていないのでな……正直な所、日程が正確かどうかも分からんのだ。諸君らには無茶を言う事を、先に詫びさせて欲しい」


頭を下げたロベ爺に対し、構成員達は口を開いた。


「無茶な事なんてもう慣れっこですから構いやしませんが、具体的にはどうするんです?」

「そうですよ、生憎今の我々は戦力不足もいいとこです。考えて動かなきゃ犬死には待った無しですよ!」


すると、ロベ爺は俺を見た。


「今回、大規模な作戦は諦めて少数精鋭による潜入作戦を行う事とする。若、そういう訳だ。頼んだぞ」

「おい、まさか俺だけか? いくら何でも俺の実力を買い被り過ぎてないか!?」


「頑張るッスよアニキ、オレは帰りを待っとくんで……」


するとロベ爺の視線が、俺の横のクソガキに移った。


「勿論、お前にも同行してもらうぞ、『クロガネ』」

「ええっ、マジッスかぁ!?」


そりゃ人手不足なんだから当たり前だろ……と思うと同時に、単独潜入ミッションはもうこりごりだぜ……と同行者の存在に少し安心するなどした。いやでも待てよ、『クロガネ』ことハリーにとって「潜入任務」って形式の作戦は初めてなんじゃないか……?

俺が教えたせいか、あいつもどこか脳筋型というか、結局武力による強行突破に落着きがちだからな……って事は結局、ハリーが付いてくるとはいえ、今回のミッションは大体俺次第って事じゃねぇか!?


俺は糾弾の眼差しを送る。そんな動揺を見抜いてか、ボスのレイモンドが口を挟んだ。


「安心せい、『ライスボウル』にも電報を打っておいた。一応、作戦当日には合流できるとは言っておったよ」

「『ライスボウル』……バッハさんッスね。良かったッスねアニキ、あの人が居るなら百人力ッスよ!」


バッハさんか……個人的にあのデブにはあまり会いたくないんだが……

しかし、苦い気分は押し殺した。事実、現状の組織にとっての最高戦力はあの人だろうし、ミッションが多少楽になる事は確実だからな……


「いや、実際のところワシは『戦力面の不安』は無いと思っておる。しかしだ、これは今日話すべき事のもう片方にも関連するのじゃが……」


レイモンドは瞑目してから言葉を続けた。


「ニコルよ、お前さんが保護した『あの娘』、あやつが今回の作戦遂行に必要になるかもしれん」




* * *




「というわけでメリッサ、突然だがお前には『人質役』で我々の作戦に同行してもらう事になった」

「いや流れが見えないんだけど!?」


俺の唐突な報告に、橙髪の少女は目をかっぴらいて抗議している。


「いや、仕方ないんだよ……今回は選手として潜入するプランなんだが、それには『入場料』が必要なんだ。奴らの大会はただ金を払えばエントリーできる訳じゃない。連れてきた女や子供の身柄を差し出して、命を懸けてそれを奪い合う……悪趣味なルールだが、俺達もそれに従わなければ始まらない」

「それは分かったんだけど、どう考えてもそれって危ないんじゃ……」

「大会を壊せば被害者は全員解放できる。作戦が上手くいったなら、もちろんお前の事だって助け出せるだろう」


実際、今回彼女に期待される役割は「そこに居る事」だけで済むのだ。別に戦闘に参加させるわけでも、物資の調達を手伝ったりする訳でもない。作戦の最前線に付いて行く、という一点においては確かに危険かもしれないが……そこは俺達の努力次第でどうとでもなる部分だ。


メリッサは不満げにもごもご何か呟いていたが、ため息をついて俺の方を向いた。


「あなた達に保護されてる身分だから、私に拒否権が最初から無いのも分かってるし、ニッ君がそう言うんなら私だって頑張るんだけどさ……ホントに私以外選択肢無かったの?」

「元からウチにはあまり女が所属してないのもあるんだが、何よりそういう任務を遂行できそうな連中がタイミング悪く遠出しててな……」


まぁそれだけじゃなく、親父が単に思い付きで決定したんじゃないかとも睨んでるが……


「なんにしろ私がやるしかないんだね。私にできるかな……?」


一応は了承したが、彼女はずっと俯いて不安げな様子でいる。まぁ無理もない。カタギの人間、それも俺と同い年の少女がいきなり犯罪組織に加担しなきゃならないなんて、普通に生きてたら絶対に無い事……もっと言えばあってはならない事だ。

安心させようと、何か気の利いた事を言おうとした……が、なかなか思い付かない。なんせ、俺は最初からカタギとしての道を捨てたものだから、彼女の不安を完全に理解する事はおそらくできないのである。


そうこうしているうちに、作戦の調整会議の時間になってしまった。そろそろ行かなければ。

でも流石に黙って出ていくのは良くないと思い、ドアノブに手をかけて、メリッサの方を振り返る。


「安心しろ……お前は俺が必ず守ると約束する」


これは自分でも驚いた事だが……考えなしに口をついて出た俺の言葉は、決意、あるいは後悔の宣誓だった。


家族だろうが、久しぶりに再会した友人だろうが、俺の誓いは変わらない。

二度と失ってたまるか。もう俺は、あんなクソったれな気分を味わってやるつもりはない。


そういう感情を、俺は久々に思い出した気がする。


メリッサが何か返答したいような顔でこちらを見ていた気がしたが、俺はそれを聞かずに部屋を出てしまった。

碧き(バミューダ)翼の(ウィングス)傭兵団(エージェンシー)


悪に有りて、闇の中で悪を掃う。悪に有りて、影の中で正道を貫かん。

自らが信じる正義の元に集まり、信じる目的のため進む、命知らずの兵士達。

彼らは決して「正義の味方(ヒーロー)」ではなかった。

あくまで彼らは絞首刑の縄、あるいは斬首刑の剣として、

善では裁けぬ真なる邪悪を狩る、「悪の敵(ヒーロー)」を貫いた。

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