本の虫、火中の虫
それからしばらくして。
「どうやら、ここの事件資料にはもう役に立つ情報は無さそうだな……」
ここに置いてある中では最新の記録まで辿り着いてしまった。遡ろうと思えば、100年以上前の「類似事例」を探す事も可能ではあるんだろうが、流石にキリが無いというものだ。そんな事するのは、時効直前の未解決事件を死ぬ気で追う刑事くらいのもんだろう。
結局、手掛かりになりそうなのは「『龍腕』と『ドラゴニアの龍神』の類似性」くらいか。
一番理想なのは、俺直々にドラゴニアまで出向いて、『龍神』のねぐらまでカチコミをかける事だが……さしもの俺も、一国を敵に回すような行為はしたくない。最悪、辿り着くまでに俺の首が飛ぶだろう、物理的に。そもそも現在進行形の戦争で征服下にあるなら、まともに入国する手段も無いかもしれないし。
せめて何か書物でもあればいいんだが。ドラゴニアに関する史書を探すなら、この図書館の1階に置いてあるかもしれない。
「……ッ?」
封鎖書庫から出る為に、入り口の鉄扉まで戻ろうとした俺……しかし、何か物音がした事を感知した。鉄扉が閉じる音、近付いてくる足音……
丁度、誰かがこの区画に入って来たのだ……!
すぐさま身を隠す俺。
「あれ、棚が……動いてる。誰か居たの?」
「……」
女の声がする。
第五、第四星軍くらいしか入れないんなら、そうそう他の人間が来る事も無いだろう……なんて高を括っていたが、見事に当てが外れた。
今の俺が見つかるのはマズいかもしれない。なんせ、徽章なしで不法侵入した訳だし、万一それがバレたら叱責は避けられないだろう。いや、叱責はどうでもいいんだが、こう……連続して問題行動ばかりしていると、今度こそラプラスに何かしらの処罰を下される可能性がある。
落ち着け、ニコル・オーガスト。お前はなんだかんだ今まで上手くやってきた。お前にとっちゃこんなピンチ、ガス室に閉じ込められた時に比べりゃ屁でも無いだろう。
そうだ、どうせ逃げられないんなら、奴に認識される前に顔面ぶん殴って気絶させ……いやダメだ。そんな事したら処罰どころか刑罰が下る。
「ま、いいや」
女の足音がどんどん近付いてくる。
認識されるより先に、逃げ去るしかないか。
この書庫に来た以上、女は何かしらの書物を目当てにしているに違いない。こんなにたくさんの棚があるんだ……目当ての書物の為に右左折して、本棚に気を取られるタイミングが生まれるはず。その隙を突いて逃げ去れば、少なくとも俺が何者なのかがバレる事は無い……と願いたい。
「あれ、まさか……」
何かに気が付いた様子の女の声。足音は早く、どんどん近付いている。
おいおい、100架も棚があるってのに……まさかピンポイントでここに来る訳……!?
駆け寄る女の、紫の髪が見えた。
「……ホントにここに誰か居た……?」
「ッ……」
さっきまで俺が居た所を紫髪の女が覗き込んでいる。咄嗟に本棚の物陰に隠れたが、角度で見えなくなってるだけで、このまま女が前に進めば見つかるのは時間の問題だ。
しかし、幸運な事に、女の注意はすぐに本棚に向いた。
「……はぁ、良かった。持ち出されたりしてない」
女は本棚をガサゴソと漁った後、何か本を手に取って安堵したようだった。そのままそれを開き、読み始める。よし、逃げるなら今だ……!
俺は、足元に落ちていたファイルに気付かなかった。
「あっ……!」
立ち上がり際に思いっきりファイルを踏んづけた俺は、そのまま後方へと重心を崩し、したたかと腰を打ち付けた。そして、いきなりの轟音転倒に女が気付かないわけが無い。
「誰!?」
こうなりゃヤケだ。走って逃げるしかない。俺は再び立ち上がって走り出そうとするが、身体が後方に引き摺られる感覚を覚えた。この感覚、前にも……
女の手に引き寄せられ、捕まった。俺の顔を見ると、女は安堵したとも、不快に思ったとも、どちらとも取れる複雑な顔をした。
「……なんだ、誰かと思えば。新入りの」
紫髪の女は、同じ第五星軍の女の無愛想な方、もといローラだった。
最悪のパターンだ。まだ会った事のない第四星軍の人間ならまだしも……第五星軍の連中は俺の顔を知ってる上に、俺が何か問題行動を取った場合確実に上に報告が行く。今から他人のふりで誤魔化すなど、階級閲覧制限のある封鎖書庫内では不可能だ。
「何してた?」
ローラの冷たい声が語りかけてくる。掴まれた襟首はまるで接着剤で接合されたかのように、恐ろしい力で彼女の手に吸い付いている。振りほどこうとしても無駄だろう。一体どういう原理だ……これがコイツの「能力」か?
「す、少し散歩を……」
「……んなワケないでしょ。まぁ、そんなのウチからしたらどうでも良いけど」
咄嗟に口をついて出た頓珍漢な言い訳に、ローラはため息を吐く。まさか「『龍腕』の手掛かりを探すために来ました」なんて言えるわけも無いからな。それはそれとして、言い訳のチョイスはミスったが。
真面目な調子で彼女はそのまま続けた。
「そんな事よりさ、君、まさかとは思うけど『見てない』よね?」
「な、何をだ……?」
「『見てない』かどうかを聞いてんの、質問に質問で返さないで!」
この女は何を言っているんだ。一切分からん。って、俺の襟首を掴む力がどんどん強くなってる……このままじゃ首が締め上げられるだろう……!
とりあえず何か答えよう。さもなくばこんな所で窒息死だ。
「も……もし、『見た』って言ったらッ?」
「え……見たの?」
揺さぶるつもりで曖昧な回答をしてみる。すると、ローラの表情が見るからに動揺した風に変化した。そして、さらに掴む手の力が強くなる。
「ちょっ、イタタタ……ッ!」
「『見た』んなら、残念だけど、生きて返す訳にはいかなくなる……ッ!」
ちょ、逃げられない。待て、コイツ本気に首を絞めにかかってないか!?
流石に命の危険を感じ、能力あるいは『龍腕』で抵抗しようかと思ったが……俺の思惑とは逆に、掴む力が次第に緩まっていった。
「はぁ……いいや、諦める。だけど、これだけは約束して。ウチがこっそり書庫に隠してるコレの事……誰にも口外しないで!」
「これって……」
とんでもない機密文書、あるいは諜報員の極秘命令書……そんなものを想像して見たそれは……
「『筋肉月刊』……???」
ボディビル雑誌だった。
うん、なんだこの、何……?




