ノーパス・ノーエントリー
部屋を出たは良いものの、他に何をするべきか……
「そういえば……」
数日前の外出の事。メリッサが読んでいたオカルト誌、そしてその時にした会話を思い出した。
俺が持つ力、『龍腕』という秘密……これについて知る者は数える程しかいない。
いや、真の意味で知る者はこの世に一人も居ないと言ってもいい。当事者である自分ですら、来歴も真の能力も……浸食が限界に達すればどうなるのかも、分からないのだから。
それなのに、メリッサを始め、あのオカルト誌の読者は何故か『龍腕』の存在を知っていた。それが眉唾な噂話とあっても、容易に無視はできない。「火のない所に煙は立たぬ」とも言うしな。
そこまで確固たる「噂」になっているというのなら、治安維持組織たる騎士団が何か知っていてもおかしくない。場合によっては、過去に同じような例があったりして、何か手掛かりを掴んでいてもおかしくない。俺すら知らない情報もあるいは……
「よし、今日は時間もあるし、兵営の資料庫に行こう」
* * *
首都ティアーズヒルの兵営は、前に居た北部ストンバーグ兵営に比べて、規模が大きいだけじゃなく設備も充実している。福利厚生ってヤツがしっかりしてるらしい。
俺が兵営で寝泊まりする時に使っている兵舎……第三星軍以上の騎士は全部屋個室付きだ。つまり俺のも当然個室……有難く倉庫として使わせてもらっている。
食堂も結構デカい。しかも聞くところによると、敷地内に他に1カ所存在しているらしい。売ってるものが違うのかは……行った事が無いから分からないが。
他にも俺が使った事のない施設で言えば、テニスコートやプールもあるらしい。それらが本当に騎士団に必要なのかはさておき……兵員の士気の維持のために凄く金が使われているみたいだ。
そして、今日俺がやって来た場所も例に漏れず、半分兵員の為に用意された娯楽施設と化していた。
「資料庫って言いながら……これは『図書館』の類じゃないか?」
目の前に現れた建物は高層って程ではなかったが、敷地面積も加味すれば俺達が寝泊まりする兵舎よりも遥かに大きかった。
外からロビーを覗き見てみる。入り口付近にはよく分からんセミナーだかのチラシが置いてあり、受付には2人女性が立っている。その向こうに見えるのは、おそらく一般書籍なのだろう、カラフルな背表紙がずらりと並んでいる本棚群。うん、完全に図書館の様相だ……
おそらく、騎士団併設の病院が一般開放されているのと同じように、この区画は条件付きで一般人の出入りが許可されてるのかもな。今、見るからに騎士団所属じゃなさそうな男性が通っていったのもそういう事だろう。
入る前は若干緊張気味だったが、杞憂だった。
俺はガラス戸を開けて、資料庫もとい兵営図書館に入っていく。
「……どうも、入りたいんだが」
受付の女性はぺこりとお辞儀すると、何か言い始めた。
「入館の方ですね、徽章または入館許可証の提示をお願いします」
「……あ、許可証?」
「騎士の方でしたら、徽章の提示で十分でございます」
「……」
徽章って……あの、貰った第五星軍のバッジの事だよな……?
「……すいません、一旦出直します」
マズい、多分兵舎の自室に置いてきた……
なんだろう、冬なのに変な汗をかいた気分だ。
俺は表情を変えないよう努めながら、そそくさと図書館から出ていく。
困った。俺は空を仰ぐ。
「また取りに戻るか……?」
いや、ただなぁ……ここに来るまでそこそこ歩いたんだよな。別に戻るのが苦って訳でもないが、バッジ一つ取るためにこの距離を往復するのは面倒くせぇ。敷地面積が広い故の問題だ。
どうにかして徽章無しでも入れないか……そんな悪い考えがよぎった。
「となると入り口以外からの不法侵入か。いや、そんな都合よく侵入ルートがあるはずが……」
そう思いながら図書館の外壁を観察していると、側部壁面に換気ダクトのようなものを発見。
「……」
* * *
埃っぽいダクトの中をもぞもぞと前進する俺。結局、いつもの無駄に楽観的な衝動から「正規の入場」ではなく「侵入」を選択してしまった。というか、これが出来る時点で図書館のセキュリティに疑義を呈せざるを得ないんだが……
通気口の隙間越しに下を見る。受付の人間にも……気付かれてないな。
おそらくあの二人は非戦闘員の一般人だろうな。雰囲気で大体分かる。万一あれで歴戦の猛者とかだったら、今頃天井裏の俺に気付いてたかもしれないし。
冬場だから、鋼鉄のダクトがいやに冷たい。寒いのは苦手なんだ……さっさとここを出よう。
そうして這う事3分。
「よっこら……っと」
書庫の隅っこ、周辺に誰も居ない地帯に着地する。
ここからは堂々と書物を漁っても問題ないだろう。なんせ俺は首都に来たばかりの新顔で、顔を覚えられてるような人間も居ないだろうし……不法侵入がバレる心配も無い。
「この地帯は……何の本が置かれてるんだ? 兵法書?」
手始めに、目の前の本棚から一冊取ってみた。




