伝書猫……?
「暇だ……」
俺は詰所でぐったりしている。
ここんところ、大きな事件もあまり起こらないので、俺に出動要請が出ていないのだ。味気ない食事を食べ、かつての特訓に比べちゃヌル過ぎる訓練を終えて、こうやっていつも通り虚無時間を過ごしている。
たまに言われるが、俺ってワーカホリックってヤツなんだろうか。確かに、常に何かしてないと気が済まないって部分は否定しないが……
「はぁ、刑務所に閉じ込められてるみたいだな。せめてもっと自由にレオん所に行けたらいいんだが……」
次の休日を待ち遠しく思う。レオのBARに居れば、少なくとも暇はしないしな。メリッサは何処か連れて行けとガキみたいにはしゃぐし、レオはいつも通り変なおじさんだし。
ここからじゃ連絡もろくにできないとは……
こんなしけた暖房器具しか用意されてない詰所に比べれば、あそこは天国だ。
ゴンゴンゴン……
突然、窓を叩く音が聞こえてきた。後ろからだ。
「ん、何だ……?」
雪が降る窓の外に、小動物の影があった。小動物はしきりに窓を叩いている。珍しいな、野良猫か……?
そう思いながら窓を開けると、聞き覚えのある罵倒が飛んできた。
「全く、早く開けるニャ! ニンゲン!」
「なんだよ、クソ猫か……」
不遜、傲慢、侮蔑……三毛猫の面には、そんな感じの表情が浮かんでいた。メリッサにつき纏う人語を喋る猫、ミケである。どうやら、クソ寒い中で放置された事に憤慨しているらしい。
「いや、そもそもなんでお前がここに居るんだよ。兵営の中だぞ……」
「ご主人に届け物を頼まれたからニャ! そうでもニャいと、こんなところには来ないのニャ」
「なぜ門を通り抜けられたのか聞いてんだ。猫だって入ろうとしたら追い返されるだろうに……」
「吾輩にはそれができるって事だけ知ってればいいのニャ」
ミケは得意げに鼻を鳴らした。
猫はおもむろにボフンと毛を膨らませると、どういう原理か、身体から紙が一枚出てきた。これは、手紙……?
手紙を広げると、中にはメリッサからの短いメッセージが書かれていた。
『お仕事頑張ってね! ※これはテストメッセージです』
「伝書鳩ならぬ、伝書猫ってか……」
いや、確かによく考えたな。兵営の中にいる俺は外との連絡に制約がある。だがこの猫が兵営のセキュリティを好き放題すり抜けられるなら、それを使えば好き放題情報を外部に送ったり、小さな物品なら持ち出す事ができるってワケだ。
使用制限のある兵営の電話では、係が監視してるしな……機密事項の連絡のために、モールス信号すら検討した程だ。ちなみに、俺はさっぱり覚えられなかった。アレをマスターしてる人間……例えばレオとかは、凄いと思う。
「レオの入れ知恵か?」
「レオ……ああ、あの獅子のニンゲンの事ニャ?」
一行で矛盾するなよ……と思いながら頷く。
「あのニンゲンがどうとかは分からんのニャ。吾輩は誰の命令にも従わニャいし……あの手のかかるご主人を除いて」
「ふーん、やっぱ使えねぇな。お前」
「ニャ……!? ニンゲン、もっかい言ってみろニャ……!!」
「ああ、もう一回言ってやるよ傲慢なクソ猫が……この無能……」
「ニコル君……何やってるの?」
俺とミケはバッ、とドアの方を向く。そこには丁度今帰って来たばかりのカズヤとライラが居た。
テーブルの上の猫に話しかける俺を、カズヤは怪訝そうな顔で見ている。片やライラは、何故か目を輝かせている。
「わ、猫ちゃんだ~っ!」
「ニャッ!?」
金髪ギャルはクソ猫に飛びついた。あまりにいきなりの事だったからか、ミケは硬直して抵抗できないでいた。そのまま持ち上げられ、猫吸いされ始める。
「ちょ、ライラ……野良猫かもしれないんだし、そんな気軽に触るものじゃ……」
「ええ? この猫ちゃん綺麗だし、何処かの飼い猫だと思うけどなぁ~?」
正解だ。ただ、今俺が正解を言うべきなのか分からない。なんで知ってるんだ……とか聞かれたら非常に面倒な事になる。
ミケはお腹を吸われながら、助けを求めるような、俺を糾弾するような目で見てくる。お前は吾輩の事を見捨てるつもりか、ニンゲン……と訴えかけているようだ。俺は心の中で合唱した。ミケは名状しがたい変顔をして俺を軽蔑した。
「ニコル君、その猫は何処から?」
チッ、結局聞かれるのかよ……
「……窓から来た。寒そうだったもんで」
「なるほどね……じゃあ自力で兵営に入って来たのかな……?」
「ニコっち、この猫、触ってていいよね!」
「ん、ああ……俺とは関係ないし、ご自由にどうぞ」
ミケが一瞬、凄い顔でこちらを見ていた気がする。だが、無視した。
俺は用事ができたとばかりに、そそくさと部屋を立ち去った。
ミケがうっかり人語を喋って、騒ぎになったりしないといいが……




