貴方の願いは
「これすごーい! 綺麗ー!」
「万華鏡だ。俺も見た事はあるが、自分で買ったのは初めてだな」
ここは城下町の観光スポットの一つ、『職人街』と呼ばれたりもする土産街道だ。
俺達が暮らすフィスタリア王国は建国から180年程経っているが、その歴史で最も大きな役割を果たしたのは「手工業者」だ……と、師匠が言っていた。ジグ先生は元々歴史畑の人だったらしいからな。おそらく本当の事だろう。
実際、世界的大企業が台頭してきたここ十数年の動きがあっても、大昔から存在する職人組合が国政に与える影響は未だに大きいと聞く。当然のように100年存続する店や伝統的工芸品が多く立ち並んでるのも、世界でこの国くらいじゃないだろうか。
さて、そんな風に真面目な事を思い浮かべている横で、メリッサは筒を覗いてはしゃいでいる。
「俺が払う、持ってけ」
「ニッ君、さっきからずっと払ってるけど……本当に大丈夫なの?」
「問題ないって言ってるだろ。仕事上、沢山儲けても……あんまり使い道が無いからな」
2000Mbか……ただの筒のくせして、結構高いな。流石伝統的手工芸品、ブランド物ってのはこんなもんか。
俺は財布から有象無象の1000Mb札を2枚取り出す。
支払いを済ませた後も、メリッサは夢中で筒をくるくる回して覗いていた。
「……歩く時は前に気を付けるんだぞ」
「分かってるってぇ、子供じゃないんだから」
そういうと、メリッサは満面の笑顔を浮かべて俺を見た。
「ありがとね、ニッ君」
懐かしいような、良く分からない感情が……俺の心に微かに湧いたのを感じる。その感情について言葉で整理しようとしても、無理だった。これは……動揺?
「……礼には及ばない、別に俺の……気まぐれだ」
困惑の中、言葉を絞り出した。少し気分が悪くなる。
そうだ、俺としたことが初歩的な事を。感情の事などに心を乱す時点で……師匠の教えが身に付いてない事の証拠だ。
そもそも、なぜ俺はこんなにも、ただ昔知っていただけの女に肩入れしているのか……この女は連中に近付く為の道具に過ぎないはずだ。これは、あくまで……俺の復讐のための……
「どうしたの、気分でも悪い?」
「ん……あ、少し考え事を」
メリッサは、俯く俺の顔を覗き込んでいた。
「……」
何故か、俺はその目を直視できなかった。
罪悪感……いや、そんなものを今更俺が感じるだろうか。握った刃の下に、俺は数多の命を終わらせてきた。「死神」と呼ばれる事さえある程、とっくに俺は人間性の果てを歩んでいた。
ただ、俺はこの外出で、また不手際を起こしてしまった事に関する償いを、金で解決しただけだ。何の問題も無いし、そこに何の感傷も無い。そのはずだ。
なら、この胸を蝕んで、酸で溶かすような痛みは一体……
「悪い。少しだけ……一人にしてくれるか」
* * *
しばらく黙って目を瞑っていた。何を考えるわけでもなく。
何も考えない事……これこそ、俺が心を落ち着ける為の手段だ。「瞑想」みたいな高尚な物では無いだろうが……定期的にこうやって感情を鎮めている。
心の中を空っぽにすれば、雑念は自ずと去っていく。しかし、その時は「何も考えない」という事を考えてはならない。これが難しい。コツとしては、そう、眠りに就こうとする時の心持ちを……
どれくらい時間が経っただろうか、ふと左隣に誰かが座った音がした。
「……?」
目の前には、無言で缶のコーヒーが差し出されていた。その手は、そろそろ見慣れたような、しなやかな女の手だった。
「もうすぐ冷えてくるよ。ほら……微糖で良かったっけ?」
「……」
俺は無言のまま缶を受け取った。温かい。
ゆっくりと、それを開けて、飲んだ。残念ながら……ブラックコーヒーと同じ味しかしなかった。
そこから無言の時間が続いた。変わらず、メリッサは俺の隣に座っているようだ。
少しして、彼女は口を開いた。
「ほらニッ君、見てよあの横断幕。『戦争反対! 政府はサン・ダキアへの兵器提供を止めろ!』だって……最近は首都も荒れてるんだね」
「……まあな。東で続いてる紛争が、ついに隣国まで波及したみたいだからな。俺達もいつか巻き込まれるだろう」
「そんなぁ……私、まだ将来叶えたい夢だっていっぱいあるのに~」
「夢」……「将来」……
俺の……「未来」……?
何も考えない様に努めていた俺の脳内に、その単語だけが浸透し、響き渡った。
「未来」……それは、俺が頑として考えてこなかったもの。いや、考えようとしなかったものだった。
「……どんな事がしたいんだ?」
俺の口から出たのは、何気ない質問だった。
突然自分から喋った事に、メリッサは驚いた様子だったが……すぐ笑顔を浮かべて口を開いた。
「そうだなぁ……『幸運の青い鳥を見てみたい』とか、『UFOを見てみたい』とかもあるし……あっ、今の一番は『幽霊と友達になりたい』かな!」
「……」
……まともな答えが返ってくると思っていた、俺が馬鹿だった。
この頭お花畑の少女は、前に「魔法使いになりたい!」とか言っていたように、フィクションとノンフィクションを混同してるように見える。
まぁ、そういう子供の頃特有の「夢」の世界で生きる事は、きっと幸せなんだろうな。「『夢』ってのは、追いかけてる時が一番幸せだ」とか、レオがいつか酔っぱらって語ってた気がする。
「そういえば、ニッ君って何か『夢』みたいなものってあるの? ほら……裏の仕事以外とか、何かさ?」
俺は口を開けようとしたが、何も言葉が出なかった。
夢……か。
『Mb - マーブル』
フィスタリア王国、及びその周辺経済体系に組み込まれる諸国家で使われている、共通の通貨。
生まれは古く、フィスタリア王国前のアルタナ帝国時代まで遡るとされる。
通貨価値としては、15Mbで無人販売機のドリンクが買えるくらい。




