表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流天のデザイア  作者: 蛮装甲
氷点下のエリミネーター
6/22

知ってる君の知らない顔

混濁した記憶を整理しながら、私は物思いに耽っていた。


久しぶりに会ったニッ君の顔は、記憶にあるのより大人びたのは勿論、明らかにやつれていた。「生気がない」と言った方が正しいんじゃないか、と思う程だ。

まぁそれでも……


「カッコいいのは相変わらず、だなぁ……」

「ん? 今何か言ったッスか?」

「い、いや、なんでもないよ?」


彼の姿を見送る。彼はドアに手をかけて……あ、出ようとして男の人とぶつかってる。

何か紙を受け取って、読み始めた……


「『カルーセル』……『メイズ』……そうか……やり遂げたか」


彼は何やら単語を呟いている。ここからじゃ表情は分からない。

ニコルは紙を閉じると、何やらもう一人の男と話しながら出て行った。一瞬だけ彼の表情が見えた。そこには、冬の冷たい雨のような、一抹の寂しさの感情が見えた気がした。


「あー、なるほど……」


向かいに座っている少年は、何かを解したような表情で居る。


「ハリー君、だっけ。どうかしたの?」

「メリッサさん、でしたっけ。アニキとは昔馴染みみたいッスね」


ハリーという名の少年は、何かを逡巡した様な顔で少し考えた後、口を開いた。


「無関係なカタギのお姉さんに言う事じゃないとは思うんスけど……多分あの感じ、死んだんスよ、ウチの人間が」

「……え?」

「さっき言ってた『カルーセル』『メイズ』ってのは、コードネームの事ッス。アニキの口ぶりからして、ミッションの成果自体はあったっぽいスけど……」


私より一回り幼い少年は、淡々と言葉を続けている。しかし当たり前のように放たれた「死」というワードを前に、私の脳は追いついていなかった。


「『死んだ』って……どういう事? なんで……」

「え? なんでって、そりゃオレ達は傭兵だったり殺し屋だったりで、いつ死んでもおかしくない身分ッスけど……それがどうかしたんスか?」

「……」


人の『死』という、常人なら一生で数回立ち会う程度の重い命題を、目の前の少年は日常にありふれた事のように語っている。その時点で私の脳は理解を拒みつつあったが、次に一つの推測がよぎった。


「じゃあニッ君……ニコル君も、普段からそういう危険な仕事を……」

「ええ、そうッスよ。むしろオレはアニキから教えてもらったッスから、歴でいえばあっちの方が長いッスね」

「そっか……」


じゃあ10年前、彼がいきなり「転校」という体で音信を絶ったのは、こんな危険な世界に身を投じてたからなのかな……

私が考えを巡らせている横で、ハリー少年は感慨深げな表情で呟いていた。


「にしたって意外だなぁ、アニキにもちゃんと友達が居たなんて……」

「ニッ君って、今そんな感じなの?」

「そうッス。オレが知ってる限り、アニキは人付き合いが苦手なのか、必要最低限しか人と関わろうとしないイメージなんスけど……もしかして昔は違ったんスか?」

「うん……そうなんだけど……」


記憶の中の彼は、しょうもない悪戯を仕掛けてはケラケラ笑っている、至ってありふれたやんちゃな少年だった。整ったクールな顔立ちといい、全体的な印象は変わっていないはずだが……今の彼が纏う雰囲気は、知っている彼のものとは完全に異なっていた。

何というか、中身のない『抜け殻』になってしまったような、そんな感じだ。


少なくとも、彼のあんな寂しそうな表情を、私は見たことがない。


「ニッ君……彼に何があったの?」

「うーん……アニキと出会ったのはかれこれ4年くらい前ッスけど、そん時にはもうあんな感じだったというか……」

「じゃあ、その前は知らないんだね」

「そうッスね……思えばオレ、あの人の過去の事、あんまし知らないかもッス……」


ハリーは顎に手を当てて唸り始めた。するとすぐに何かを思い出したような顔をした。


「あ、でも『先生』が死んだのは関係あるかもッスね」

「『先生』……?」

「説明するッス、まぁオレはそこまで深い関わりは無かったし、知ってる事も少ないんスけど……」


ハリーは棚の方へ歩いて行って、何かを探し始めた。やがて下の方にあった引き出しから分厚い本を持ってきた。


「ほら、この人ッス」


それはアルバムだった。

ハリーが指差す所には、メガネをかけた茶髪の男性が写っていた。聡明そうな人だ。


「名前はジグ……なんだっけ、確かジグ・グラジオラスだったはずッス。みんなから『先生』と呼ばれてたッス」

「これは……結構最近の写真?」

「そうッスね。ジグさんは二年前、まだ若いのに病気で死んじゃったんスよ」

「そうなんだ……」


ジグという写真の中の男性は、ベッドの上で半身を起こしながら、レンズに向かってピースしている。病床の横に立っている人の中には、ニコルも居た。


「思い返せばジグさんが死んだ後から、アニキは不自然に頑張るようになってた気もするんスよね……欠けた組織の穴を埋めるように、とでも言ったらいいのか」

「大切な人、だったのかな……」

「そうッスね、彼にとっては恩人と言ってもいいのかもしれないッス」


しばしの沈黙が続いた後、少年は暗い雰囲気を誤魔化すように、にぱっと笑った。


「今日はもう遅いんで、昔話はここまでにするッスよ。また時間がある時にでも、昔のアニキの話をして欲しいッス。オレもアニキの事もっと知っておきたいんで」

「うん、分かったよ」

「なんなら、アニキもそういう話好きかもしんないッスね。それで、俺が頼むのもおかしな話なんスけど、一つだけお願いが……」


彼は少し真剣な目になって私を見た。


「良ければもう一度……アニキの友達になってくれると助かるッス」


ニッ君、ちゃんと慕われてるんだな……なんて考えて、つい笑みがこぼれてしまった。


「言われるまでもなく、私はずっとあの人の友達だよ。安心して」

「ありがてぇッス。アニキは見ての通り、友達が少ないもんで……」


目を閉じると、まだそこにはかつての彼の笑顔が再生されていた。


あの人は今幸せなのかな……?

彼は今何を抱えて、何と戦っているんだろう……?


まだ分からない事だらけだ。でもハリー君が言うように、彼が孤独を抱えているのなら、多分今の彼に一番必要なのは「一緒に居てくれる友達」だろう。

私がそれになるんだ。


なんせ彼は私にとって、古くからの友達であるだけじゃなく……

初恋の人、なんだから。

『ニコル・オーガスト』


龍腕、半龍、白い死神……彼は持つ肩書こそ多かれど、その名全てに意味は無く。

血に刻まれた破壊の権能(チカラ)も、苦境の果て掴んだ『凍結』の能力(チカラ)も、

過去、現在、そして未来永劫、彼の心を埋める事は決して無かった。

敗残兵は未だ、賽の河原で一人……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ