始源を刻む塔
時刻は12時過ぎ、丁度昼時なので城下町で買い食いをする事にした。
「ニッ君……思ったんだけどさ」
「なんだ?」
メリッサは訝しげに俺の手元を見ていた。俺が持っているのは、赤い粉末で覆われた竜田揚げが入った紙の器である。
「さっきから辛い物しか食べてないよね。昔はそんな辛い物好きじゃなかったよね……?」
「10年も経ったからな。別に不思議でもないだろ」
「1個貰ってみてもいい?」
「……後悔するなよ?」
メリッサは爪楊枝で竜田揚げを突き刺すと、勢いよく口に放り込んだ。
最初は何ともない風にしていたが、遅れて破滅的な辛味が口腔内を蹂躙したのか、顔を真っ赤に染めながら悶絶し始めた。
「は、はらいっ! はらふひふっへ!」
「……だろうな。俺も店員に確認された程だし」
そう言いながら、俺はまたもう一つ竜田揚げを頬張る。
「うっ……ま、まだ辛いんですけど……それで君はなんでまた平然と食べれるの!?」
「……辛いのには強いからな」
正確に言うと、ほとんどの感覚が鈍いのだが。
メリッサはまだ悶絶しているため、仕方なく彼女の代わりに飲み物を買って来る事にした。
「そこの、レモネードを1つ……いや、2つ頼めるか」
* * *
しばらくして……
「お腹もいっぱいになった事だし、次はどこに行く?」
「そうだな……ここから一番近いのは『時計塔』だな」
水同然の味しかしないレモネードを飲みながら、次の目的地へ向かっている。メリッサは激辛竜田揚げの魔の手から逃れたようだ。すっかりレモネードを飲み干して、清々しい表情でいる。
「『セント・ルイーズ大時計塔』……あ、ガイドブックに説明が載ってるよ!」
「どれどれ、俺も歴史は良く知らないし読んでみるか」
そこにはざっくり、以下のような事が書いてあった。
時計塔の名前は、設計者である聖ルイーズに因んで名付けられた。聖ルイーズはカーガラ教の八司教のうち一人であり、彼が設計した建造物は今も幾つか現存している。
しかし、聖ルイーズが設計したのは時計塔の外観だけだという事が、発掘された設計書から判明している。時計塔内部の装置は、魔力によって稼働する半永久機関となっており、過去から現在に至るまで一度の修繕も必要とせず、正確な時を刻み続けている。現在、フィスタリア王国及び周辺諸国で用いられる「1秒」の単位は、これを基準としている。
時計塔のコアは未知の金属で作られており、材質は未だ判明していない。聖ルイーズの文献にも記述が無い事から、コアを設計したのは別の人物だと考えられている……
「いや、凄い事書いてないか……?」
「歴史の授業じゃ教わらなかったけど、こんな来歴なんだね。『1秒』を基準に時計を作ったんじゃなくて、時計が『1秒』を決めてたなんて……なんか変な感じだよ」
「そもそも、この話が本当なら……この時計塔は聖女が居た600年くらい昔から、ずっと時を刻み続けてるって事になるんじゃないか?」
「600年って……想像もできないね」
件の時計塔は、目の前にそびえ立っていた。周辺建造物の日照権を確保する為か、元はそこに何かあったからか、時計塔は大きな円形の公園の中心にある。恐らく、高さ70メートルはゆうに超えているだろう。
丁度13時を告げる時報が、時計塔の鐘楼から鳴り響いた。近くだから結構うるさいな。
さて、俺達がこの時計塔に来た目当てはというと……
「ニッ君、時計塔ツアーの時間はどう?」
「次は13時半からの部だな。もう時間も無いし、早速受付に話しに行こう」
受付までわざわざ二人で行く必要も無いので、メリッサにはベンチで座って待っておくように言った。
時計塔の1階部分には、巨大な鉄柵のゲートと受付の女が居た。受付の女は眠そうな顔で、俺の事を見ていた。
「二人、ツアーに参加したいんだが……」
* * *
「予約……必要だったんだね……」
「ああ……」
俺とメリッサ、二人してベンチに座りながら、死んだ魚の眼をして時計塔を眺めている。13時半の部はとっくに始まっているはずだ。ここまで彼らの笑い声が聞こえてくるような気がする。
「ちゃんと調べてから行くべきだったな……」
「仕方ないよ……突然行くことにしたんだし。また行こ?」
「そうだな……」
俺が関わると何事も計画通りに行かなくなる……とは、ロベ爺の言葉だ。まさか、これは任務や戦闘以外の日常にも適用されるなんて……俺は自分の因果を呪わざるを得なかった。
多分、全面的に俺自身のせいなんだけど……こういう時は運命の神様に責任転嫁する事にしている。おのれ運命神、マジ許すまじ。
また……俺が覚えてたら行こう。俺は最大限の善意で、メリッサに約束した。
『セント・ルイーズ大時計塔』
新聖暦の始まりから現在まで、この世を見届けてきた半永久機関。
歴史が光に包まれし刻も、血に塗れし刻も。
その全てに、変わらぬ時報を響かせた。
来歴を知る者は今や【規制済み】しか居ない……
死した者達に、歴史を語るための口は無いのだから。




