護衛任務其の一:お散歩を完遂せよ
あくる11月9日。屋上で座りながら熱いコーヒーを飲む俺の所に、目をこすりながらメリッサがやってきた。
「ニッ君、早いね……昨日はちゃんと寝れた?」
「正直言ってノーだな。ここまで何もしなくて良い日なんて今まで無かったから、逆に落ち着かなくて眠れなかった。かれこれ1時間はこうしてる」
目下の街を眺めながら、金属製マグでブラックコーヒーを啜る。心地よい苦味だ。
「メリッサはどうなんだ? 昨日の夜もレオを手伝ってたんだろ」
「それに関しては大丈夫だよ、レオさんも早めに寝させてくれるから……それより今日は、出かけるのが楽しみでいつもより早く目が覚めちゃったの」
目の前の女は、遠足前のガキのような輝きを目に宿していた。この年にして……幼稚というか、純粋と言うべきか。
「じゃあ昼前には出るか」
「やった!」
実際遅くなるよりかは早い方が良いからな。昨日、勢い任せで病院を抜け出してきたのは良いものの、冷静に考えて大事にならない訳がないのだ。最悪の場合、脱柵者を連れ戻すために捜索隊が組まれててもおかしく無い。まぁ、今の自分は療養中という名の休日設定だから、何とかなると信じてるが……外出できる今のうちにタスクをこなしておきたいというのが本音だ。
* * *
時刻は11時を回った。1階の営業外時間の店内では、外出用衣服を纏ったメリッサがご機嫌な鼻唄を歌いながら待機していた。俺はいつも愛用している綿の上着を身に着け、最低限の荷物を持って階下に行く。
「よし、出発だ」
「れっつらごー!」
レオにも言っておこうと思って振り返ると、店奥から眠そうな目をしたおじさんが顔を出していた。
「レオ、行ってくるぞ」
「ああ……気を付けてな」
レオはしょぼしょぼの目をこすり、歯を磨きながら俺達を見送った。
さて……いつもの路地に出て、向かうは大通りだ。
ただでさえ狭い道だというのに、メリッサははしゃいだ様子でスキップしている。クルクル回りながら笑うその姿は、いきなり10歳くらい幼児退行したみたいに見えた。この感じ、俺がまだいたずら小僧だった頃を思い出すな。
「で、どこに行くつもりなの?」
「三つくらい候補は用意してきたんだが……どうしたいかはメリッサ次第だ」
俺は持ってきた荷物の一つ、王城のロビーでパチッてきた旅行雑誌を広げる。無料配布してたし、別に罪に問われる理由も無いだろう……多分。
「まず一番近いのは、ここから南に行った所にある『首都兵営』……俺がいつも居る場所だな。一応偶にツアーもやってるらしい。まぁ……脱柵中の身だから、個人的には行きたくないんだが」
「自首しに行くようなもんだしね……どうせ行くならニッ君も行った事無い場所が良いし、他の場所は無い?」
メリッサは俺の意図を汲んでくれた。という訳で次の選択肢に移る。
「二つ目の候補は『ティアーズヒル城下町』……ここが一番オーソドックスだな。城下町には名物の『職人街道』とか、『セント・ルイーズ大時計塔』みたいな歴史的建造物もある。ここに行けば間違いなくはあるだろうな」
「良さそうだね。一応、三つ目の候補も聞かせてよ」
「三つ目は少し遠めでな……ここから南西に暫く行けばある『雷獣山』だ。観光地として人気って訳じゃないんだが、昔師匠が言ってたんでな。通常じゃ考えられない、面白い天候現象が起こるんだと。まぁ、これは個人的に行きたいだけだから今日じゃなくて構わない。メリッサの行きたい所を選んでくれ」
メリッサはうーん、と悩んでいる。
「『雷獣山』も良さそうだけど……気になるのは、乗合馬車もバスも途中までしか通ってない所だね。しかもほら、『冬の季節は特に山頂付近の天候が荒れやすいため、おすすめしません』って書いてるね。また暖かくなったら、一緒に行こうよ!」
「ああ、じゃあ今日の行先は『城下町』にするか」
「美味しい物も沢山食べるぞー!」
それならまず目指すべきは乗合馬車の駅だな……幸い、ここから結構近くだから歩いて行こう。
そして俺達は大通りに出る。
「昼前だってのに、意外と人が多いな」
「本当だね。もう11月だし、年末に向けてみんな忙しいんじゃないかな。ほら、今年は『降臨祭』があるし」
「『降臨祭』……?」
「ほら……4年に1度、12月25日の『聖女降臨記念日』にやるお祭りだよ。私、それに行ってみるのが憧れでさ~」
「ああ、そんなのもあったな」
12月25日、『建世の聖女サラ』の降臨を讃える為、国民の休日として「聖女降臨記念日」というものが設けられている。そして4年に1回のペースで、この首都ティアーズヒルで大掛かりな祭りをやるのだ。
例年通りならソルティリア王国の教皇がやってくるはずだ。「数年に一度の重要な国際行事……」だとかいうお題目だったが、俺からしたら「数年に1回、教皇が宗教プロパガンダをぶちまけるだけのパーティー」くらいのイメージしかない。俺の周りにそういう行事を楽しみにするタイプの人間が少なかったから、新鮮だな。
「入場チケット取れたらいいなぁ。そんなに競争率も高くないけど、外れる人は外れるらしくって……」
「チケットか……分かった。覚えておく」
どうせそういうイベントのチケットは、裏で高額取引に出す不埒者が居るもんだ。適当に住所特定してカチコミかければ、抽選なんて通らなくても楽に入手できるだろう。
「行けそうだったら二人で行こうね!」
「……ああ、その日が空いてたらな」
実質「行けたら行く」回答である。実際の所行くかどうかは当日の気分次第なヤツ。こう言っといても実際に来る確率、世間では0%呼ばわりされちゃいるが、俺の経験上50%くらいはあるんじゃないかと思っている。
「……」
「ん、何見てるの?」
「いいや、何でもない。気にしないでくれ」
定期的に後方や屋上を確認している。癖みたいなものだ。
列車で襲われた例を考えれば、メリッサを狙う連中が白昼堂々やって来ない保証も無い。息抜きの外出とはいえ、警戒は常に解かずに行こう。
『建世の聖女サラ』
故人にして、偉人。「カーガラ教」を作った人物であり、神格化されている。現在使用されている暦法の元年は、彼女が現世に降臨した年としている。降臨日は新聖暦で12月25日。
紛争が絶えなかった大陸地域に平和をもたらした、偉大なる思想家であり為政者。現在のフィスタリア王国に至るまでの文化基盤を形作った人物でもある。しかし、彼女本人に関する文献は意外と残っていないようで、彼女の容姿に関しては様々な説が存在する。文献が不自然なまでに残っていない事から、「当時の信者が偶像崇拝を嫌って文献を処分した」説が学会では最も有力とされる。




