戦う為に生まれた男
偶に入れたくなる別視点のコーナー
腹ごしらえを済ませた後、ニコルはすぐにでも私を連れ出して出発しようとした。しかし、「症状に自覚が無くても、今日は流石に休んだ方が良い」と必死にレオに説得された結果、彼は渋々休む事にしたのだった。
「自分の口で大丈夫とは言ってたが、アイツ平然と嘘つくからなぁ……手がかかる奴だぜ全く」
「ねぇ、レオさん……」
彼が倒れたと聞いた時、私は凄く恐ろしかった。「せっかく再会できたのに、こんなに早く別れる事になったら……」なんて思いが脳内をよぎって、居ても立っても居られず走り出した。
準備せずに病院に向かったせいで、受付で書く個人情報について困ったのを覚えている。だって、家出中の身で正直に住所書いたりすれば、警察に情報が渡って連れ戻されるかもしれないし。
ニッ君、部屋に向かいはしたけど……あの人の事だから眠れなくて天井を仰いだりしてるかも。
「私は、ニッ君に何があったのか、まだ良く知らないから聞きたいんですけど……彼は過去にもこんな風に倒れたりした事はあるんですか?」
「オレが知る限りは……無いな。だから初めての事だ」
安心するような……かえって心配なような……私は変な気分がした。
「アイツ、前から無茶苦茶だったとはいえ……オレが見てなかった1年間に、必要以上に無理する癖でも付いたのかぁ?」
私は、彼の組織の人間が彼に対して取っていた言動、雰囲気を思い出していた。頼るにせよ、諫めるにせよ、出会った人すべてに共通して、彼の実力を深く信用している様子だったが……私の記憶の中の彼は、まだ無邪気な子供時代の彼のままだった。
「私は……分からないんです。私が知ってる彼は、まだ何の使命にも縛られてない子供時代の頃で……数日一緒に居る今でも、彼が命を懸けて戦ってる理由が分からない……」
レオは眉をひそめた。
「このろくでもない世界に入ってくる理由なんて、人それぞれあって……そんでどれもクソみたいな経緯だ。それについてオレはあれこれ詮索した事も無いし、知らねぇ。だからオレ達は、『今そいつがどう生きて、どう死のうとしてるか』だけを見てるんだ」
「……」
「嬢ちゃん、ニコルの事が心配なんだろぃ? 安心しな……奴は強いんだ」
黙ったまま話を聞く私に、レオは言葉を続ける。
「そもそもおかしいと思わなかったか? あの若さであの無鉄砲……余程の事が無い限り、組織の若頭、No.2に据えるには不安過ぎる人材だろうってぇ。それを説明する唯一の理由こそが『強さ』なんだ」
「でもニッ君は、自分の他にも強い人がたくさん居るって……」
「今現在に限ってはそうかもなぁ。だが……断言する、アイツは誰にも追いつけないくらい強くなるぜ。何しろ、『素材』が違うんだからな」
素材……?
「嬢ちゃんは非戦闘員のカタギだから知らねぇと思うが……戦闘能力には二つ、独立した物差しがあるんだ。片方は『能力』、もう片方は『体術』だ」
「能力、体術……ニッ君がよく使ってる『波導力』っていうのは無いんですか?」
「おっ、割と知ってんだねぇ。細かく分け始めたらキリ無いんで、これはあくまで大枠だ。オレとしては、『波導』は『体術』の延長線上にある拡張技能みたいなもんだってイメージだな」
能力。ニッ君の能力は「氷を出す」アレで、本人は『凍結』とか言ってたのを覚えている。
体術。格闘技場で見たように、彼は能力無しでも十分強い。後から『波導』を使ったと聞いたけど、正直私は目で追うのが限界だった。何をやってたのか分からない。
「常人は『能力』『体術』、その才能次第で、得意な方を伸ばす奴が多い。下手にバランスよく伸ばそうとすると、器用貧乏になっちまうからなぁ。だが、ニコルに関して言えば……奴はどっちも驚異的な才能を持ってるんだよ」
レオは指を2本出して説明を始める。
「ニコルの特にヤバい点は『体術』……それも『波導』関連の技術がずば抜けてるんだ。そもそも常人じゃ発現しない、才能依存の特殊技能『第六感』を持ってるのがヤバい。でも、それだけじゃないんだ……奴の真価は、変幻自在の『波長』にある」
「ちょっ、ちょっと待って下さい……『第六感』『波長』って、聞いた事無い単語がいきなり出てきて、頭が……」
「落ち着け嬢ちゃん、ちゃあんと説明すっから。まず『第六感』ってのは……ま、端的に言えば認識拡張だな。見えないはずの物が見えたり、聞こえないはずの音が聞こえたり。人によって才能は様々だが、ニコルの場合は『殺意が視える』ようになる」
確かに、列車で襲われた時も、私には見えない何かに気付いたように、彼は戦ってた。「殺意」ってものがどんな形をしてるのかは分からないけど、それが見えてたって事なのかな。
「で、『波長』についてだがぁ……これは人間の『声』をイメージしてもらえれば分かりやすいと思う。嬢ちゃん、今ここで『こんにちは』って言ってみな?」
「え、『こんにちは』……これでいいんですか?」
「じゃあ今度は、オレの声を真似て、言ってみな?」
「ええっ、そんなの無理じゃ……ご、『こ゛ん゛に゛ち゛は゛』……」
「ふはは……おじさん、そんなダミ声で喋ってたかな……んま、それはいいんだ」
無茶振りに応えた私の奮闘をスルーして話を続けるレオに、私は抗議の意を込めて若干頬を膨らます。レオは笑いながら続けた。
「『波導』も『声』と同じ、それぞれの人間に特有の『波長』があるんだ。それは生まれ持ったもので、普通なら変えられない。だから『波導』を学ぶ時は、自分の特性に合った流派を見つけて師事するんだ」
「もしかして、『だが……』って言います?」
「だが……ニコルは他者の『波長』を完璧に模倣できるんだ。さっきの『声』の例えでいうなら、『他者の声を完璧に模倣できる』ってのを想像すると良い」
「え、そんなの出来るんですか?」
「そう思うだろ。その通り、普通はできないんだ」
レオは立てた2本の指を示しながら話を続ける。
「他者の技術を、素質を無視して模倣できるってのは、実戦で大きな武器になる。出力できる選択肢が、覚えた技術の数だけ増えるんだ。だからアイツは遠距離だろうと近距離だろうと、どんな相手が来ても一定の『回答』を出し続けられる……」
「だから強い……って事ですか」
「いいや、そう単純な話でもない。所詮素質があるだけだ、すぐに技を使えるようになる訳じゃない。この才能を強く使うためには、他人の数倍の修練が必要って事よ」
レオはニコルが休んでいるだろう二階の方を見た。
「んで、奴はそれを現状成し遂げちまってる。全く、諸々の生活能力だの対人能力だのはからっきしの癖に、こと『戦闘』に関してはセンスも忍耐もピカイチだ。正に、『戦う為に生まれた』ような人間さ」
「……この10年の間に、彼はそんなに頑張ってきたんですね」
「ああ、嬢ちゃんが知ってる頃とは随分違うだろうな。本来、普通に生きる事ができてりゃ、アイツもあんな風にならなかったんだろうな」
レオの表情は、自分の部下を自慢する上司の顔から、いつの間にか何かを後悔するような郷愁で曇っていた。
『第六感』
魂は物質界に囚われぬ精神の檻。故に、波導は知覚できないはずのモノを知覚する。
波導の源流は、生命、あるいは魂。其の道を究めし魂は、五感の壁を越える。
殺意、感情、理性、記憶……いずれも、見えず聞こえないだけの現象に過ぎないのだ。




