何気ない日常の喜劇
「お疲れライラ、今日は忙しかったね」
「おつー、どこ行ってたの?」
「警察署。警部の長話に付き合わされてたら、こんな時間になっちゃったよ」
緑髪の男、名はカズヤ。対して金髪の女、名はライラ。お互いの激務の後、互いにねぎらいながらいつものお喋りをしていた。
「そういえばローラが愚痴ってたよ。『一般暴走能力者くらい、2人居るんだからやっつけんかい』って。被害規模からして凄い敵だったみたいだけど」
「そう、それそれ! マッッッジでヤバかったのっ!」
ライラは興奮気味に喋り出した。
「鉄の波がブワァって押し寄せてきてね、あたしの『花火』でも押し返すのがやっとだった。最後っ屁に放った自爆みたいな攻撃も凄くてさ……正直、ローラと新入りのニコっちが居ないと危なかったかも」
「ニコっち……ニコル君の事だよね」
「そう! イカした名前でしょぉ~」
「……ライラって変な呼び名付ける癖あるけどさ、いい加減僕の渾名も作らないの?」
「えぇ?」
少々の沈黙、カズヤは少しだけ焦ったような声色で弁解を始めた。
「ほら、ラプラスだったら『プリン君』だし、ペレーだったら『胸筋』『上腕二頭筋』とか……なのに僕だけ『カズヤ』ってさ……?」
「もう、カズヤは『カズヤ』でしょ? 何、どうしたの、嫉妬でもした?」
「い、いや別にそういう訳じゃないって!」
「ふーん?」
「何その目……ちょっと、一応言っとくけど、心覗くのは止めてよ!?」
ライラは口角を上げると、いたずらっぽく笑った。
「残念でした手遅れでーす、あんたの心は現在『紅色』……つまり恥ずかしいんでしょ~?」
「っ……本当に卑怯だよそれ……!」
カズヤは顔を赤らめながら、からかうライラから小走りで逃げている。しばらくして、カズヤはライラに向き直って口を開いた。
「いやさ……別にこれは本当に嫉妬とかじゃ無いんだけど、ニコル君の事について……ライラはどう見てるの?」
「『見てる』って……?」
「そのままの意味さ、君は波導力で『人の心を読める』だろ? だから本当に『ニコル君が信用に足る人物かどうか』について、君の中で決断を下したのかなって」
「……それねー」
「分かってる。君のその波導の権能が万能じゃないって事も……だけど、ラプラスにも再三再四警告されたじゃんか。考えなしに仲良くする訳にはいかないって」
ライラはしばらく考え込んだ。
「あの子の心の中、変なんだよねぇ」
「変……っていうのは?」
「薄いっていうかさぁ、何もかも……霧の中にあるみたいに色が薄くて、分かりにくいんだよね」
「うーん……筆洗に落とした水彩絵の具みたいな感じって事?」
「あ、その例え分かりやすっ。さっすが~」
カズヤは自慢げにしながらも、気恥ずかしさからライラと目を合わせようとはしなかった。
「あたしもびっくりしたんだよね、ここまで色がない心を覗くのは初めてでさ。何かしら揺さぶりかけたら、誰でも反応は示すはずなんだけど……ほら」
「っ……どうしたの、いきなり手なんて握って」
「『紅く』なったね」
「また僕の心覗いてるッ!!」
蒸気が湧き出ん程に紅潮した顔を背けつつ、カズヤは震える声で言葉を発する。
「……そういうので明確な反応示すのって、特定個人というか……それは、僕だからっていうかさ」
「そんな事無いと思うけどな~?」
「……まさか、他の人にもやってるのそれ?」
「触ったりするのは滅多に無いけどね、それでもお喋りしたりとかだけでも『色』が出る人が多いから」
「はぁ……ねぇライラ、そういうの止めた方が良いと思うよ。なんていうか……そういうのって『勘違い』が増えるだろうから」
「勘……違い? なにそれどゆこと?」
「分かんないなら良いよ……忘れて」
カズヤは机の上に置かれたグラスを見た。何の変哲も無い水に、何の意外性も無い氷が浮いている。
「いずれにせよ、警戒はした方がいいって事だね」
「何の事?」
「ニコル君の事さ。ラプラスが話してくれた事だってあるでしょ、『元老を殴った』って話」
「マジな話していい? あたし、あの話信じてないんだよね。最初は疑ってたけど、別に任務でも問題なく協力してくれたしさ。今では上層部がでっち上げた嘘なんじゃないかって」
「実は……僕も。ちょっと関わった限り、ニコル君がそんな事しそうな奴には見えなかったんだよなぁ」
ライラは身を前に乗り出すと、楽しげな表情で笑った。
「でもさ、ホントのホントだったら面白くない?」
「……いや怖いよそれ。平気で上官殴るような奴が、無害装って僕らの近くに居るの」
「昔の冒険家が言ったっていう格言にもあるじゃん、『最も危険な毒蛇は、牙を見せびらかす事をしない~』みたいな」
「ああ、マカダミア伯爵ね。幻想諸島を発見した人でしょ……でもあの人、死因も毒蛇じゃなかったっけ」
「え、マジで?」
二人のお喋りに終わる気配は無く、まだまだ続きそうだ……
稀代の大馬鹿『マカダミア・ゼーゲル』
幻想諸島を発見した、大昔の冒険家。冒険好きの貴族として有名で、変人だったと言い伝えがある。
彼の旅行記「南方海見聞」は現在も出版されている。
『最も危険な毒蛇は牙を隠す』という格言を残しているが、当の本人が毒蛇に噛まれて死んでいるため『教訓が身にならない事もある』という文脈で持ち出される事もある、残念な人。




