蠢く悪意
一方、同時刻……ティアーズヒル郊外の沿岸工業地帯にて。
「久々に見る景色だ……反吐が出る」
初老の男性は首に巻いたマフラーを直して、工場の職員用ゲートに歩いていく。入り口で警備の男性に呼び止められる。
「職員証を」
「……」
初老の男性は真っ直ぐ警備の顔を睨め付けて、吐き捨てた。
「そんなものはない、オレを追い出したのは貴様らだ」
「……職員証が無いなら入れるわけには」
灰色髪の初老はため息を吐くと、何やら懐からシリンダー状のものを取り出した。
その先端は鋭い光を放つ針であり……初老はそれを自身の首筋に勢いよく突き刺した。初老の血管が膨張し、心臓がドクドクと鼓動を強める。
「いや、通してもらおう。力づくでな」
「なっ……!」
警戒態勢を取る警備の男、しかし初老は殴りかかる事もしなかった。初老は腰にぶら下げていたネイルガンのような工具を壁に向け、発砲した。
釘が一本発射され、金属壁に命中。刺さる事無く、カンッという音だけが響き……
「【潰せ】」
金属壁の釘命中部分、そこから半径1m程の鉄柱が高速で伸び、警備の男に襲い掛かる。警備の男は反応する間もなく、向かいの壁に押し付けられ、万力のような力で圧殺されて、粉みじんになった。
突如勃発した殺人……それにも関わらず、工場は不気味なくらい静まり返っている。
初老は呻くような嘲笑を一つして、スタスタと工場内へ足を進めていく。
「……」
工場内ではベルトコンベアがいつも通り稼働していて、いつも通り職員が製品の仕分け作業を行っていた。誰も侵入した部外者、あるいはかつての同胞……彼に目を向ける事は無い。
職員の横を通り抜けて、初老は通路を進む。梯子を登り、2階の制御ブリッジへと迷いなく歩いていく。やがて辿り着いた制御室、そのドアを初老はノックも無く開け放った。
「ん、誰だ?」
「オレは……ハーマン・アトラスだ。まぁ、この名前も、覚えてるわけ無いがな」
初老は顔を上げて、拳で横の壁を叩いた。金属壁が先程のように反応し、伸び、鉄柱となって管理者の顔面を叩き潰した。
初老は死体の横を進み、硝子窓から工場を鳥瞰する。工具箱から取ってきたハンマーで窓を割り、放送のマイクの電源を入れる。
『労働者達よ……数多くの犠牲に敬意も払わず、汚れた金を貪る愚か者共よ』
労働者たちはやっと異常事態に気付き、顔を見合わせて騒めき始める。
初老は放送に声を載せながら、改造ネイルガンで工場内の壁を撃ち始めた。撃ち尽くすと、彼は言葉を続ける。
『純然たる怒りを以って、数多くの屍に代わり……オレが貴様らに然るべき罰を与えよう』
初老は首元の翠のネックレスを握りしめ、念じた。それは純然たる彼の「殺意」だった。
『全ては、清浄なる明日の為に』
オルガンの連鎖するパイプのように壁から放たれた幾つもの鉄柱は、工場内を蹂躙していく。人も、機械も、一切の差別なく。
初老の男は、ここで初めて破顔した。




