犬追う二人は一途へ入る
石造りの廊下を二人が疾走する。先導するのは彼方の犬一匹、続いて路面をスケートよろしく滑走する俺、そして俺のすぐ斜め後ろには風を蹴り空中を跳ぶカズヤ。
「へぇ、風を操るって……そんな事もできるのな!」
「本来ならもっとスピード出せるんだけどね、この廊下じゃ狭すぎて危ないしさ!」
横から観察していると、カズヤが踏みしめる両足には旋風のような気流が発生している。斜め向きの竜巻で吹っ飛ぶようにして、空中を跳躍しているようだ。俺が想像してたよりも技量型というか、思ってた操作系能力者と違ったな。
カズヤが俺を追い越して飛んでいく。俺も負けじと滑走の回転率を上げる。腰を低く落とし、重心をさらに前へ……
「早いね、それは能力?」
「いいや、スケートは完全に俺の技術だ」
もう凄いスピードに達している。ここで転んだらどうなるか……考えたくもないな。
犬はいきなりコーナーで曲がった。直線でスピードを出していた俺達も曲がらなければならない。
カズヤは今度は前へ気流を発生させ、壁を蹴るような形で強引に向きを変える。続いて俺はスピードをほぼ落とさないまま、壁に氷のスロープを生成し、進行方向を90度回転させた。
「それにしたってあの犬っころ、速過ぎるだろ……!」
必死に能力を使って追いかけているのに、少し距離が縮まったばかりで追いつく気配がない。
流石は大国の防衛機関……訓練犬一匹でもここまでなのか……!
「まずい、このままじゃ訓練場に行っちゃうよ!」
「訓練場?」
「僕らが普段訓練する場所だよ。兵営内にいくつかあるんだけど、この方向は……」
吊り下げ看板には「ランニング・パルクール」と書いていた。
「あの犬、多分パルクールコースに入るつもりだよ!」
「施設内の構造を理解して走ってるってのか……恐ろしいな」
俺だってさっきから走るついでに周囲を見てはいるが、一向に構造を覚えられそうにない。これじゃ、俺の知能が訓練犬未満って事になりかねないが……そんなの認めてたまるか……!
廊下から屋外へ飛び出した犬は、カズヤの予想通りパルクールコースへと直進し、網を驚異的な速度でよじ登り始めた。まともに登っていては追いつけないだろう。
垂直にそびえ立つ網の壁を見上げる位置まで来ると、俺とカズヤはそれぞれ屈んだ姿勢を取った。
「【氷細工……」
「【竜巻】ッ!」
足元から生成した氷柱で直上に射出される俺、その横には巨大な竜巻を起こして回転しながら直上に射出されるカズヤ。似たような姿勢で撃ち出された俺達は、網を登り切ったばかりの訓練犬に一気に近付く。
犬は俺達の接近を見るやステップをさらに加速させ、吊り下げられた丸太を軽々と渡っていく。
「逃がすか、犬っころッ!」
「ニコル君、ちょっと足元に気を付けてね……ここなら最大速度出せるから!」
「えっ?」
丸太に足を掛けていた俺は、横から異様な風が吹くのを感じた。横を見ると、今まさにカズヤが何かのチャージを始めている所だった。
暴風は丸太どころか足元の骨組みをも揺らし、俺の視界はガタガタと揺れている。旋風は彼の足元に集まり、強烈な推進力へと変わっていく。俺が返答する暇もないまま、彼は空力を解放した。
「【荒天飛行】ッ!」
「おわっ……!?」
暴風が遮る全てを蹴散らし、嵐の鳥が飛び立つ。強風にあおられた俺は咄嗟にしがみつく物を探したが、丸太が指先を掠めただけで、俺の身体が千切れ飛んだボロ布のように宙を舞う。必死に逃げていた犬は、殺気をまとう風鳥の接近を見るとキャンッと甲高く鳴いた。
カズヤは手を伸ばし、犬を掴もうとしたが……犬は掴まれる直前で風に撥ね飛ばされ、かえって遠くに飛んで行ってしまった。
「ああっ!」
「いや、でもこれでパルクールコースからは出たな……四足歩行の獣とアスレチック勝負は御免だぜ……」
着地した俺達二人はそれぞれ逃走する犬を追いかける。犬は先程着地する時に身体を打ち付けたのか、若干加速が弱まっているように見えた。
犬っころはまた建物内に逃げていった。
「この方向は……」
「追いかけ続ければいつかは辿り着けると思うが……」
カズヤはまた出力を抑えた跳躍を繰り返しながら跳んでいる。その顔は何か考えているように険しくなっていた。
「このまま行くと武器庫の方面……あそこは危険物も保管されてるし、万一侵入されたら大事故にも繋がりかねないよ。なるべく早く捕まえないと……」
「何か考えでもあるのか?」
先行する犬を追従して、また角を曲がる。
「見えた、あの先、君の氷で塞げないかな!」
「俺の能力……そこまで射程距離は無いんだが」
やってみるしかないか……!
「【氷細工……形状=矢】」
飛距離重視の物体、内部にありったけの魔力を込めて……投擲する!
「届けっ!」
「僕も手伝うよ、【追辻風】!」
投擲された氷の矢は、気流に後押しされてぐんぐん伸びていく。犬の頭上を飛んで、矢は向こうの壁に命中した。
「んですかさず【再凍結】ッ!」
氷の矢が内部の魔力を解放し、急激に膨張する。あっという間に出来上がった氷塊は、ギリギリ通路を封鎖する程の大きさまで成長した。射程距離外での発動だったから不安だったが、作戦成功である。
進路を遮られた犬は急ブレーキをかけて停止し、俺達の方を向いた。威嚇するようにガルルルと唸っている……
「観念しな、もう逃げ場は無いぞ」
「落ち着いてね、危害を加えるつもりはないからね……はぁ、ライラが居たら楽だったんだけどな……」
犬の目が暗い輝きを放ち、大胆にもこちらへ跳びかかってきた……!




