君の名前は
「あ、アニキ遅かったッスね」
橙髪の女を抱えながらアジトの私室に戻ると、見慣れたアフロ髪が居た。
俺は女をソファに横たわらせて、少年の方を向く。
「んでまた何でお前はここに……依頼は終わらせてきたのか?」
「そりゃバッチリッスよ!」
長めのソファに寝転がって寛いでいた少年は、自慢げな表情でこっちを向き、サムズアップした。
「これ、今日の戦利品ッス!」
「戦利品って、お前……それ……」
少年が自信満々に見せてきたそれは……どう見ても女性用下着である。
「はぁ……依頼サボって下着泥棒にでも出かけたのか、このエロガキめ」
「違うッス! 勘違いしないで欲しいッス! 今回の標的が下着泥棒だっただけッスよ!」
「何の弁明にもなってねーよ!」
下着泥棒から下着盗む奴なんて見たことも聞いたこともねぇわ!
アフロ髪の少年は自分の名誉を守るために必死に弁明を試みた。
ハリー……俺より3つ年下のこのガキには、変な趣味がある。
それは「殺した相手の何かを貰ってアクセサリーにする」という悪趣味極まりないものだ。
本人はトロフィー気分で集めているようで、奴の部屋の壁にはそれらが所狭しと飾られている。
で、今回は抹殺依頼のターゲットが下着泥棒の変態だったらしく、特に心惹かれる物が他に無かったから、有り難く下着を頂戴しただけだ……とハリーは語った。
「それ持ってきてどうするつもりだ?」
「飾るッス」
「……」
言い訳はしたものの、やはりこいつは下着泥棒と同等の変態だ。俺はため息を吐いた。
なんつーか、こいつは早いとこ最低限の品性というものを身に着けて欲しいものだ……と溜め息をつく。
まぁ今更言っても仕方ないんだけどな……俺の教育が悪かったとしか……
師匠が教えてたらもっとまともに育ったんだろうか……?
そんな事を考えていたら、ハリーがでかい声を上げて俺を呼んだ。
* * * * *
目が覚めたら、知らない天井……って経験をしたのはこれが初めてだと思う。
どこだろう、ここ……?
というより私、なんでここにいるんだっけ……
「アニキー! 目、覚ましたッスよー!」
少年の声が至近距離で聞こえたと思うと、バタバタと離れていった。
意識がはっきりしないまま起き上がる。私が寝ていたのは、古びた黒いソファだったようだ。
「頭が……痛い……」
喉が渇いた。何か飲み物はないかと本能的に見まわそうとすると、丁度目の前に金属製の水筒が差し出された。おずおずと受け取ったが、渇きに耐えきれず一気に中身を飲み干してしまった。水筒を渡してきた人物は、対面のソファに座ると口を開いた。
「その飲みっぷりからすると、思ったよりも元気らしい」
白髪の男性だ。落ち着いた若い声で、理知的な印象を覚える。まだ眩暈がして、彼の顔はぼんやりとしか見えない。
すると今度は、少年が私のすぐ左に座った。
「ほい、見えるッスか」
「ほえ?」
「これ、何本?」
少年は人差し指と中指を立てて、私の返答を待っている。いわゆる「ピース」の手だ。
「2……2本……」
「残念、不正解~! 正解は左手も合わせて『3本』ッス~!」
「……ハリー、ガキみてぇな事やってないでさっさと紙とペン、持ってこい」
「はいはーい」
茶髪の少年はまた席を立つと、バタバタとどこかへ駆けていった。落ち着きのない子だ。
それを見送った白髪の男性は、私の目を見ると口を開いた。
「いきなりの事で、何が何だかって感じだろう。だが、まず少なくとも俺はお前の敵ではない。それは保証しよう」
「あ、その……助けてくれて、ありがとうございます」
「それは……どういたしまして……とでも言っておこうか」
白髪の男性は、ばつが悪い風に頭を掻いた。ようやく顔がちゃんと見えるようになってきたが、この人きれいな顔立ちだな、と思った。それと同時に、目の下に深く刻まれたような黒い隈がある事に気付く。
私の中で、何かが引っかかった。でも、それが何なのかは具体的には分からない。
「俺たちは何があったのか知りたいと思っている。覚えている事から、ゆっくりでいい……知っている事を話して欲しいんだ」
「ええと……その前に、私はあなたの事をなんと呼べば良いですか?」
「それはだな……『ゼロ』だ、とりあえず『ゼロ』と呼んでくれ」
すると戻って来た少年が「あー!」と声を上げた。
「アニキ、オレの本名は言っておいた癖に、さも当然かのように自分だけコードネームで名乗るなんて不公平ッスよ!」
「い、いや別に、どう名乗るかは当人の自由だろうがっ」
「アニキにも『ニコル』って立派な名前があるっていうのに!」
「ちょ、おい!」
『ニコル』。『ニコル』……
私の中で引っかかっていた違和感が、一つの確信に変わった。
「まさか『ニッ君』……なの……!?」
「?」
「待て、今お前なんて……」
スノーホワイトの髪色、ブルーグレーの瞳、鋭く座った眼差し……色々と変わった所もあるが、そこにはかつての面影が確かにあった。
「私の名前、メリッサ……覚えてる?」
「メリ……まさか」
些細な表情変化だったが……少しだけ、男性の目が見開かれた。
「ああ……驚いたな、久しぶりだ」