Epi 0:悪夢
炎。
炎、炎、炎。
取り囲む。身を灼く。つま先から頭頂まで。
少年は走った。
走って、転んで、走った。
叫び掠れた声が、地獄の虚空を泳ぎ、薪音にかき消えた。
「はあっ、はあっ……!」
彼は辿り着いた。ひときわ大きな炎の前。今にも燃え尽きそうな命の前。
「ロゼ……しっかりしろ……!」
「……はは、来たんだ」
「俺に捕まって、ここから抜け出そう……ッ!」
炎。身を灼く。左腕がひび割れる。
少年は怯まない。さらに身を灼く。左半身がひび割れる。
まだ炎に突き進む。身を焦がす。右腕までひび割れる。
その手が少女を掴む。身を灼き尽くす。もう、ひび割れていない箇所は無かった。
「やっと、掴んだ……!」
氷。
氷、氷、氷。
這い出る。身体中のひびから。まるで最初から存在していたように。
地獄の炎は、気付けば最初から、氷だった。氷の山だった。
少年は少女を見た。少年は気付いた。掴んだ少女の腕は、雪よりも白く……
「!?」
「もう、私は居ないの」
それはひび割れた白骨であった。握りしめた右手から、欠片が零れていく。
氷の灼け付くような冷たさが、少年を蝕む。
白骨はどんどん朽ちていき、この世から離れていく。
少年は少女を見た。少年は思い知った。
最初から少女は、もう生きていなかった。氷より冷たい、焼死体だった。
「ニコル……全部、壊して」
『お前は何も救えない……壊す事だけが、お前の宿命』
いやだ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
返せ、全て、少年の……
俺の失った物を、全て……!
「ロゼェ……ッ!」
叫び、起き上がって気付いた。ここは記憶の中の歪んだ焦土でも、氷山でもなく、『風邪ひいた雪男』の二階だった事に。
「……ッ」
「ん……なに、どうしたのニッ君……いきなり大声出して……」
カーテンをめくって、メリッサが顔を覗かせてきた。彼女は目をしょぼしょぼさせながら話しかけてくる。どうやら俺がうなされて出した大声に、目を覚ましてしまったようだ。
「なんでも……なんでもないんだ。大声出して、すまん」
「悪い夢でも見たの?」
「……ああ」
思い出したくもない過去。心の奥にしまって、最近はその光景を思い出すのも稀だったのに……
どういう訳か今日は、あの夢を見てしまった。
いささか気は動転していたが、メリッサを心配させまいと何でもない風を取り繕う。
「ニッ君、こっち見てよ」
「な、なんでだよ」
「……ニッ君、泣いてるのなんて珍しいね」
「泣い……!?」
瞬きした目から、熱い何かが零れ出していた。それは頬を伝って落ちていく。頭から流れ出る鮮血によく似た感覚……だがそれは、無色透明な涙だった。
ああ、そういえば……
涙が出たの、いつぶりだろう。
『ロゼ』
忘却の少女。彼の記憶の中の存在。彼の最初の行動原理。
それは【規制済み】であり、【規制済み】の化身……
いずれ世界を【規制済み──────
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