Side Raven:水面下で交わる影
11月5日、フィスタリア王国ストンバーグ州、某所。
「兄ちゃん……オイラたち、コレで本当に大丈夫なのかなぁ……」
「しっかり胸張れダンベル……今のオレ達にはこうする他ねぇんだからよ。上手く取り入れば一攫千金も夢じゃないんだ、これはある意味チャンスだぜェ……!」
「そうだよね……オイラたちは、『アームストロング兄弟』の名を世界に轟かせるんだ!」
紅いカーペットの敷かれた廊下を、二人は一人に連れられて進んでいる。
やがて先導していた目隠しの男は巨大な扉の前で立ち止まり、二人に入室を促した。
「お邪魔しま……おおっ」
部屋の中には10人程の武装した男達、そして椅子に座った赤髪の女性が居た。
二人は導かれるまま、用意されていた椅子に座る。二つの椅子の配置は奇妙で、対面に座る女性から3メートル程も離れていた。おそらく、こちらの攻撃を警戒してのものだろう。
「さて、こんな距離から失礼するね。今日君たち二人に来てもらったのは……とある商談のためだよ」
「商談……」
「負傷して漂流してたオレ達を、あんた方に助けてもらったのには感謝してる。だからオレとしても出来る限り要望に応えたい気持ちだ。ただし、それはオレ達の利益を損なわない範囲……だけどな」
バーベルとダンベル……野良仕事を請け負って郵便船に乗っていたアームストロング兄弟は、通りすがりの『龍腕』にボコられて一度死にかけた。しかし、神はその命を見捨てはしなかった。気絶したバーベルをなんとか引っ張って岸まで辿り着いたダンベルは、丁度やってきた『血鴉』の諜報員に保護されたのである。
「まぁまぁ、君たちの気持ちは大体分かっているよ。とりあえず私が預かっている音声を聞いてもらえないかな」
赤髪の女はカセットテープのようなものを取り出し、機械に挿した。スピーカーからノイズ交じりの男の声が聞こえる……
『音声のみで失礼する。私はこの組織の頭を務める者だ、わざわざ名前を言う必要はないだろう。こうした形だから、君たちからの質問は一切受け付けないし、拒否する権利も与えない。私達は君達二人の命の恩人だからな。くれぐれも肝に銘じておくように』
バーベルは自分を取り囲む男達を見た。よく見ると、さっきから腰の剣に手がかけられていて、いつでも刀身を抜けるようにしているようだった。
『さて、本題だが……君達にはある人物の排除をしてもらいたい。君達は彼と交戦して生き延びる事が出来た数少ない人間……そして十分な対策をして挑むことができる、貴重な戦力だ』
ダンベルはゴクンと生唾を飲み込んだ。身体が金縛りにあったように錯覚する程、張り詰めた空気だった。
『彼の名はそう、龍腕のゼロ……君達を死の淵に追いやった人物、その人だ。私達も彼の事は羽虫のように鬱陶しく思っていてね、彼のような害虫は駆除しなければならない。彼の存在は私達の悲願にとって障害なんだ』
バーベルはまだ出来たばかりの腹の傷を撫でた。龍腕に抉られた組織は簡単に修復する事は出来ず、回復にはしばらくの時間が必要だ。彼らアームストロング兄弟にとって、その傷痕は敗北を示す刻印として、耐え難い屈辱の記号となっていた。
『駆除とは分かるかな、殺す……という事だ。君達のような戦士にとって、殺し程容易い事は無いだろう? 報酬はたんと弾ませてもらう、が……万一逃げ出したり敵に肩入れするような真似をした時には、言うまでもないが君達を駆除する事になる』
カセットの声は、本人が今この場に居ないにも関わらず、二人の心臓に楔を打つような殺気を孕んでいた。ダンベルの指先は少し震えている。
『よろしいか、私からの依頼はこれで以上だ』
「という訳でね、二人には組織の刺客として、『龍腕のゼロ』を殺してもらいまーす」
「……助けてもらった手前、言うのは心苦しいが……あんたらの要求は実質『死にに行け』ってのと同義だぜ。折角拾った命がもったいないな」
「ま、まずいって兄ちゃん……!」
「落ち着けダンベル、オレに任せろ」
バーベルの半ば反抗的と取られても仕方ない態度に、赤髪の女は眉をひそめて笑った。周囲の男達が剣を抜き放つ準備をしたまま一歩前へ進み出るも、女はそれを制止して口を開いた。
「まぁ君達にはもう『退路』ってものは無いんだよね。だけど、何の戦果も無く無駄死にしてもらうのも困るから、こっちとしても丸腰で行かせるつもりは無いよ?」
「ほう、聞かせてもらおうか」
赤髪の女は歯を覗かせて笑うと、机の上にアタッシュケースを取り出した。
「さあ、近付いて見てみなよ……これが私達の交渉材料……」
開け放たれたケースの中には、シリンダーが二本入っていた。どちらも、緑色のゲル状の物体が入っている。
「『強制強化強壮剤』……これでどう?」
「ふっ、いいね。その取引乗った!」
合意。ここに、二つの悪意が一人を狙って、水面下で交差した。




