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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
序章:氷点下のエリミネーター
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COLD YETI

「いらっしゃい……ってなんだ、お前か」

「なんで開口一番残念そうなんだよ、レオ」


店主(マスター)の男は俺の顔を見るなりため息をついた。特徴的な栗色のもみあげ……ライオンの(たてがみ)のようになっているそれを指先で遊ばせている。


「残念というか、安心しただけだ。大変だったんだろぃ?」

「おかげさまでな……自分以外の要因で命を狙われるなんて、久方ぶりの経験だぜ」

「で、後ろのその子が例の?」

「は、はい。これからお世話になります、メリッサといいます!」


メリッサは店主に深々と頭を下げて挨拶した。店主のレオはいいっていいって、と言う風に手で制止してから俺達をカウンターに誘導した。


「立ってるのもなんだし、座って何か飲みなよ。注文は?」

「じゃあ、コーヒーを」

「ニコル……ここ酒場だぞ?」

「酒でも飲めってのかよ、俺一応まだ19だぞ?」

「いやそりゃそうだが、今更お前が順法精神発揮したところでってヤツだろ?」


心外だな、俺は善良な市民で悪い事はしない。法を犯すなんて以ての外……もちろん人は殺すけど。


「お嬢ちゃんはどうする?」

「私は……お酒はまだ飲めないんですけど」

「ああ、いいっていいって、お嬢ちゃんは善良なティーンだもんね。ミルクとかもあるから」

「あ、ならそれでお願いします」

「は? 俺とはまるで対応が違うじゃねーか」

「当たり前だろぃ、カタギと無頼は別世界の住人なんだからよ」


レオ・ロステル……32歳、現在は独身。バーなのか居酒屋なのかよく分からん場末の路地裏の酒場「風邪ひいた雪男(COLD YETI)」を経営している。この人も俺達「バミューダ・ウィングス・エージェンシー」のメンバーだ。

師匠と同い年のこの人は、俺からしたら昔からの付き合いというか親戚のおじさんみたいな人と言うべきだろう。


「これから俺達はお前のところに居候する事になる……それで合ってるよな?」

「ああ、ボスから話は聞いてる。ただ人数が急遽一人増えたもんだから、十分な部屋を用意できなくてな……部屋は二人で共有することになるだろう、すまんねぃ」

「きょ、共有!?」

「おわ、嬢ちゃんデカい声出すのね」

「す、すみません……っ」


俺はそうだろうな、というテンションで聞いていたがメリッサはそうでもなかったらしい。まだ牛乳を口に含んで良かったな、と思った。まぁ確かに男と女が居候で同じ部屋の中……ってのは大事ではあるのか。そこら辺も予め聞いておけば良かったんだろうか……


「俺としては構わない、どうせ騎士団の兵営にも寝泊まりする場所はあるだろうし……そっちで過ごす事も今後は多いだろうしな。実質メリッサの一人部屋だ」

「だってよ、お嬢ちゃん。なんだガッカリしたような面して」

「そ、そんな事無いですよ!?」

「ほーん……」


レオは赤面するメリッサを見て、気持ちの悪いニチャ笑いをした。


「レオ、やめてくれその顔。ただでさえふざけた髪型してるのに、顔面までギャグになっちゃ全身ギャグ人間になっちまうぜ」

「顔面サーカス野郎だってぇ? 流石に酷いぜニコル、おじさん泣いちゃうぞ」

「そこまで言ってないけど……良い年したおっさんが泣くんじゃねぇって、キツいから!」


レオは下手な泣きまねをしながら店の奥に何かを取りに行った。


「なんか……凄く愉快な人だね」

「信用ならないのも無理はない。あんな人とこれから同居するのか……って気分だろ?」

「私としては賑やかなのは嬉しいけどね」

「そうか、ならいいんだが……一つだけ俺から言える事は、セキュリティ的な面では信用できるって事だ。なんせあの人は……」


レオの後姿を眺めた。鼻歌を口ずさみながら、何やら切り分けている。


「前線を退くまで、うちの組織が有する最強の戦力だったんだからな」




* * *




俺達はレオの手作りキッシュで腹を満たしてから、軽くシャワーを済ませ、二階の部屋に向かった。そこは倉庫代わりに使われていた部屋で、今は中がスッキリ整えられている。一応、二人の空間を区切るようにカーテンが設置されてはいるな……

メリッサの頭に乗っていたミケは、手頃な箱を見つけるとすぐさまスポッと収まった。


「今日は疲れただろ、もう早いけど休もう」

「うん、おやすみニッ君」

「ああ、おやすみ」


新品のシーツで包まれたマットレスに身を横たえる。俺は目を閉じたが、まだちょっと眠れそうにない。折角だから、昨日今日とあった色々な事を思い浮かべてみる。

メリッサと再会して、地下格闘大会に潜入して、血鴉のボスに遭遇して……数日とは思えない程に濃厚ヘビーだったな。ここまで息つく暇も無く、今になってようやく気持ちが整理できる……


ってかメリッサの話が未だに分からない事だらけなんだよな。過保護なのか放任なのかよく分からない態度を取っている両親に、血鴉から突如生えてきた姉。思い返せば、幼馴染なのにアイツの事よく知らないな……と気付く。

一番気がかりなのは、そんな混沌とした状況にいきなり置かれたのにも関わらず、気丈に振舞っているメリッサの事だ。本人も心配事だらけだろうに、俺達を不安にさせたくないのか負担を増やしたくないのか……不自然なまでに楽しげに振舞っている気がする。


明日あたり、気分転換に街を見て回るのもアリかもな。メリッサも首都に来るのは初めてらしいから……ランドマークも多いし、ちょっと歩くだけで悩みも晴れるだろう。


そうと決まればさっさと寝て、明日朝から出発しないとな。寝ないと……寝ないと……


「うう……」


寝ようと思えば思う程、安らかな眠りは遠ざかっていく。俺は古くからの伝統に倣って、脳内で羊を数え始めた。

羊が一匹、二匹、三匹……って今のはヤギか。ならカウントはしないで……おい、今ツノ有り羊が居たぞ! あれってカウントしてもいいのか……?


そんな事を考えていたら、いつの間にか眠っていた。

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