肉を切らせて行路を断つ
死の冷気を纏うナイフが発射され、無防備な全身タイツの男を襲う。今度は外れる事なく、転んだ男の肩にクリーンヒットした。薄い生地が刃を阻むことはなく、男の血肉に深々と突き刺さる。
「ぐ……へへン……ッ」
氷のナイフは命中部位から即座に熱を奪い去り、極低温にさらされた細胞が硬化し始める。傷口周りの体組織は萎縮し、僅かに黒く変色し始めていた。蝕む冷気の激痛に、先程まで余裕そうな様子だった男は苦しそうな嘆声を漏らした。
「これで終わりだ、俺達を狙ったツケは死んで払ってもらうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよニッ君……なにも殺すことは……!」
這いつくばるカメレオン男の武器を奪い取り、その首を一息に斬り捨ててやろうとしたが、前方のメリッサに必死に止められた。
「なんだ、コイツはお前の身柄を狙ってたんだぞ。しかもまだ手の内を残してるかも分からない能力者……完全に無力化するのが得策だ」
「そんな、殺した後はどうするの! 他の人が死体なんて見たらびっくりするだろうし……」
「なら……ブロック状に切り刻んで窓から捨てようか」
「グロい! そんで絶対その方が騒ぎになる!」
チッ、面倒な事を言い出しやがって……と内心思ったが、実際メリッサの言う事も正しい。よく考えたら今の俺は「騎士」の身分であり、「殺し屋」として法律をガン無視しながら殺して回れる状態ではないのだ。
つまり無益な殺生は俺自身の責任問題にも繋がる……いや、無断で電車内で戦闘を始めた時点で責任問題不可避かもしれないが……
まだギリギリ「正当防衛です」と言い張れるかもしれない。また北部に左遷処分食らったりしたら目も当てられないからな……当分は頑張って大人しくしとこう。
俺は刺さったままのナイフを「解凍」し、代わりに男を氷の鎖で捕縛した。
「そういう訳だ、命だけは勘弁してやる。まぁその肩の傷ならもう回復不能だろうがな。片腕は勉強代として玄関にでも飾っておくんだな」
「……ヒュ……ハヒュッ」
カメレオン男は光のない眼をして、刻むような鋭い呼吸をしていた。その口元は何かを発声しているようだったが、何を言っているかよく聞こえない。
「んだ、何か言いたい事でもあるのか?」
「……しタ」
「あ?」
「目的は達しタ……後はぁ、時間の問題ヨ……ン」
「……通信機!?」
虫の息の男が手に持っていたのは、何やら無線通信装置らしき機械だった。俺は急いで氷の棒を生成すると、急いで通信装置を叩き割り、続けてカメレオン男の頭部を殴打して気絶させた。
「マズい、今すぐにでも列車を降りるぞ……!」
「な、なんで?」
「最初からおかしかったんだ……金に目がくらんだ馬鹿が単身で乗り込んできたんだとばかり思ってたが、コイツの戦い方といい、明らかに『何かを待っている』ような戦法だった」
体術や直接の戦闘能力だけで見るなら、このカメレオン男はそこまで強くない。だが、能力の凶悪さと応用の方向性を見れば、相当なセンスがあるように感じた。「能力を使い慣れている」ような動きだった……もっと言えば「野良のチンピラ」っぽい戦い方では無かったのだ。
「つまり芦毛のニンゲンが言いたいのは、増援が来るって可能性で合ってるニャ?」
「ああ、それも増援どころか本命の可能性すらある。ここは当初のルートから変更して、別の移動手段を……」
「でもニッ君……次の駅ってまだ結構遠いんじゃ……?」
「あの、お客様……これは一体……」
メリッサの言葉を遮るように割り込んできた声が一つ。俺は警戒しつつ振り向くが、それは怯えた様子でこちらを見る車掌だった。車掌の向こうでは数人の客が怪訝そうな顔をして立っている。
チッ、タイミング悪く面倒事が重なるな……今はそれどころじゃないってのに……!
「お客様……車内での暴力行為、及び他のお客様のご迷惑になるような行為は……」
「おい車掌、んな事はいいからこの列車止められるか?」
「へっ!?」
「止められるかって聞いてんだ、答えろノロマが!」
俺は自身の立場や使命を完全に忘れて、車掌に詰め寄った。
わざわざ単身で乗り込んで、こんな州の外れに来るまで時間稼ぎ……俺の直感が猛烈なアラートを鳴らしている。ここまで待ったのには意味があるはずだ。次に来る奴らの「本命」は単純な戦力とは限らない……例えば……
直後、車両の進行方向から爆発音が聞こえた。急ブレーキがかかり、強力な揺れが俺達を襲う。
「チッ、手遅れか……!」
「あっ、お客様!?」
車掌の胸倉を掴んでいた俺は、すぐさま手を離し窓の外を見る。緩やかなカーブを描く軌道上の先、爆発が起きたのは川を横断する大橋で、石造りの橋が一部崩落しつつあるのが見えた。
急ブレーキはかかっているものの、橋までの残り距離は僅かで停止するまで間に合いそうにない。このままだと、列車は千切れた線路から水面へダイブする事になる。
取れる選択肢はいくつかある。俺の最優先任務は、メリッサを護衛しつつ無事に首都まで辿り着く事……だからこの場で彼女を抱えたまま列車外へ飛び出せば、怪我を負っても命だけは助かるだろう。だがそれはこの列車に乗る一般の乗客を見殺しにする事になる。
俺は復讐に取り憑かれた悪人かもしれないが、そんな俺にだって自分なりの「正義」はある。もう無関係のカタギが巻き込まれる事がない世界に……俺が目指すのはそこだ。その道中で一般人を巻き添えに殺すのは、俺の哲学に反する。
「線路を『凍結』で延長するのは、氷の強度からして厳しい……ここは列車を止めるしか……!」
何らかの手段でさらに列車を減速させるしかない。前から押すか……いや、それだと先頭車両が圧力に耐えられずカーブで大規模な脱線事故を起こすかもしれない。連結部の強度を信じて、後方から引っ張る方が安全か……?
そうと決まれば考えているよりも行動を優先しよう。俺は頭をフル回転させながら後方車両へと走る……
目の前にドアが現れた。そしてそのまた向こうにドアが……
「ええい、めんどくせぇ!」
「ニッ君、何で窓に手をかけて……!?」
「ちょっと行ってくる、お前は自分の身を守る事を考えろ!」
「行くって、どこに!?」
メリッサの質問に答えないまま、走行し続ける列車の窓から外にダイブする。
「【氷細工:形状=柱、鎖】ッ!」
柱を生成し鎖をそれに引っかけて、窓から飛び出した勢いのままに円軌道を描く。ベクトルが目的の方向……後方車両の方を向いた瞬間、鎖から手を離しつつ跳躍する。宙を舞った俺は、進む列車とすれ違うように進み……
「おりゃッ!」
車両最後尾の出っ張りになんとか取り付いた。後は列車を引っ張って減速させるだけだ。だが……どうする?
進行方向を見た。崩落した橋はどんどん近付いている。
推定残り時間は……15秒。間に合わなければ、それで終わりだ。




