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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
序章:氷点下のエリミネーター
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刃の色は移りにけりな……

黒い湾曲した刃がその輪郭をぼかし、本体の男と一緒に見えなくなった。しかし気配は接近することなく後退していく。あんな啖呵を切っておいて、攻撃してこない……?


「【氷細工(アイスワークス)形状(シェイプ)片手斧(ショートアックス)】……逃がさねぇぞ!」


間違いなく奴は何かを狙っている。奴の透明化能力も候補が絞れてきた所だ……ここで逃がして面倒な事になるぐらいなら、こちらから仕掛けてやろう。

奴の姿が消えた場所に片手斧を投擲する。


「チッ、外した……」


片手斧は空を切り、正面の客車のドアに突き刺さった。だがこの車両での位置関係……奴が姿を消したとしても、メリッサの所へ向かう唯一の道を俺が遮っている。つまり奴はどちらにせよ、俺を排除しない限り彼女に辿り着く事は不可能だ。

俺はじりじりと前へ詰め、奴の推定行動可能範囲を減らしていく。逃げようとドアに触ったものなら、瞬間斬り捨ててやる。


「おいクソ猫、お前はメリッサを守れ!」

「オマエに指図されるまでも無いニャ、ニンゲン!」

「へっ、そりゃ結構!」


後方のミケに指示を送ったが、既にメリッサの傍で警戒を強めていた。あの猫、生意気なところはあれど理解(わか)ってる動きをするな。これで俺は敵に専念できるようになる……この状況下では非常に有難い。


「……居ない?」


じりじりと前へ進み続けるも、一向に敵の輪郭を掴めない。ついに刃に敵がかかる事は無く、俺は片手斧が刺さったドアまで辿り着いてしまった。あの変態……完全に消失したようだ。

おかしい……俺の仮定だと、あいつの『能力』ではこんな「消失マジック」じみた真似はできないと思われるが……分析が間違っている可能性はあるな。


そんな事を思いながら、ドアの片手斧を引き抜いて後方を振り返る。するとふと、いつの間にか空いていた窓に気付く。


「まさか……!」


この速度で走り続ける列車の外へ、窓から脱出したのか……!?


「おいクソ猫、気を付けろ、来るぞ!」

「あ、どうかしたのニ……ニャ!?」

「既に奴は……接近しているぞッ!」


メリッサが座る位置、その窓がおもむろに開け放たれ、黒い影が寒風と共に立ち現れる。その手に握られた刃は断頭台のギロチンのように振り下ろされ……


「させるかよ、【氷細工(アイスワークス)形状(シェイプ)長槍(パイク)】ッ!」

「おっとオ!」


念のためメリッサの傍に残留させていた魔力を遠隔起動し、迎撃の氷槍を生成する。無防備なメリッサに刃を振り下ろさんとしていた全身タイツ男は、俺の(トラップ)に反応すると同時に外へのけぞって槍を回避した。

男はそのまま蜘蛛のような挙動で車両の上に戻っていく。


「あいつ……サーカスでもやってんのかよ、気持ち悪ぃ動きしやがって……」

「あの敵、さっきから動きが読めないのニャ……!」

「ピンチになったら透明化で離脱して、次の奇襲の機会を待つ……か。能力を最大限生かしたヒット&アウェイ戦法だな」


しっかし、やられる側としては精神の消耗が激しいな。そして、それこそが奴の狙いだろう。


「奴は『俺達が車両内から数時間逃げられない』という状況を知っていて、耐久戦に持ち込む事にしたらしい。どんな人間でも長時間警戒を緩めず維持するのは難しいからな……長引けば長引くほど奴にとって有利な戦いになる」

「ならニンゲン、オマエはどうするつもりニャ」

「残念だが、大人しく奴が攻撃してくるのを待つしかないな。俺達まで車両外に出るわけにはいかないし……」


俺とミケは同時に外を見た。最高速でひた走る列車は、周囲の景色を一瞬で置き去りにして変わらず突き進んでいる。景色はそろそろ降雪地帯を抜けつつあった。

話を聞いていたメリッサが口を開ける。


「なら、途中下車して態勢を立て直すのはどう?」

「いいや、それはかえって悪手だな。客車という狭い環境だから『透明化』に対応できている、とも言えるんだ。下車して広い環境で戦うとなれば、奴の能力相手だと勝つことはおろかお前を守るのも難しくなるだろう」

「……八方塞がりってヤツニャ」

「一応方法ならある……気が進まないが、無事に首都に辿り着くためだ」


メリッサとミケに合図し、椅子に座ったまま両足を上げてもらう。床に接触しない様に、十分な距離を保って……

床面についた両手から『凍結』が迸り、床一面が一瞬にして薄氷に閉ざされた。後々営業妨害罪にあたらなければいいのだが……


「【氷敷(アイスバーン)】……これで俺達の近くに来た時、床の氷が割れて場所が分かるって寸法だ。まぁそれでも窓からの奇襲は迎撃を頑張るしかないんだがな……」

「ニッ君やるぅ!」

「ふむ、ノータリンの人間にしては考えたもんニャ」


評論家気取りのクソ猫はさておき、俺達は緊密に集まって全方向を警戒する。


「今のうちに俺の推測を伝えておく。結果から言うぞ。おそらく奴の能力は『特定の色を認識できなくする』というものだ」


俺は『三色』に戻ったミケを見る。先程色が減っていたのは、あのカメレオン男が「黒を認識不能にした」からだろう。ミケの黒色の毛が見えなくなったのと同じく、全身を黒タイツで統一していた奴の姿も「透明化」して見えなかった……という訳だ。

周囲のオブジェクトから不自然に「黒色」が消えていたのが、その裏付けになる。


「奴の能力は『変化系』または『操作系』……細かい分類はともかく、能力範囲は広いだろうな。個別に発動するタイプじゃなく、『領域内に入った瞬間に発動する』無差別型の可能性もある」

「つまりどう頑張っても、能力の影響は回避不能って事ニャ?」

「ああ、そうだろうな。俺達は奴の能力を『攻略』する必要があるって事だ」

「それは……骨が折れるニャ……」


俺とミケが高度な分析を展開するのに対し、非戦闘員のメリッサは完全に置いてきぼりを食らっていた。若干申し訳なさそうな顔をしつつ、彼女は口を開く。


「私はどうすればいいのかな……?」

「動くな、お前はそれだけ考えておけばいい」

「ご主人を守るのは、吾輩達の仕事ニャ!」

「そ、そう……分かったよ……」


メリッサは了承したものの、自分が何の役にも立てないことにモヤモヤしているようだった。その姿は、どこか昔の俺に似てる気がした。

今の俺なら分かる。考えたって仕方ない事だと……だって現に弱くて何にもできないのだから。


「メリッサ、一応言っとくが……気にするんじゃない。お前は俺達の世界のゴタゴタに巻き込まれただけの被害者なんだから、俺が責任持って戦うのは当たり前だろう?」

「で、でも……」

「ッ……分かったら返事は『はい』だ! 弱いんだから考えても無駄な事を、いつまでも引きずるんじゃねぇ。足を引っ張らない事だけ考えて黙ってろと、俺は言ってるんだ!」

「……は、はい……」

「……」


ついカッとなって強い言葉が出てしまった。俺の剣幕に気圧されたのか、メリッサは半泣きで返事する。違う……あれは全部過去の自分自身に言ったようなものだ。俺は密かに自分の行いを恥じた。


両者の間に気まずい沈黙が流れる。車内はかつてないほど静かだった。

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