変色竜の狩場
「吾輩の名はミケ。こっちのメリッサは吾輩のご主人、兼ご飯調達係ニャ」
「へぇ、つまりコイツの事は小さなボディーガード的な物だと思えばいいんだな」
「そう、そんな感じ」
「ニンゲン共、いい加減吾輩を無視するんじゃニャーい!」
さっきからやかましく喚き立てているクソ猫……もといミケは、メリッサの身辺警護係みたいなものらしい。数年前に出会った不思議な猫で、既にその時から自由自在に人語を操っていたとの事だ。
どうやら俺の幻覚ではなかったようだ……これで一安心だな。
「いい加減オマエの名を言えニャ、芦毛のニンゲン!」
「芦毛……俺の事かよ?」
三毛猫は首が取れそうなくらいカクンカクンと頷いた。
「俺はニコル。お前のご主人様の……友人兼最強のボディーガード、って所だな」
「あっ……」
「ほう……オマエ、吾輩の前で最強の名を語ろうとはいい度胸ニャ……!」
再び両者の眼光が火花を散らし始め、メリッサがあたふたし始める。
「表出ろニャ!」
「おうよ、やってやろうじゃねぇかクソ猫!」
「二人共、ここ列車だから!」
ヒートアップしていた俺達は冷静になって着席した。
「そうだな、決闘はTPOをわきまえないとな」
「この勝負、到着まで取っておくニャ。芦毛のニンゲン、もう暫くの命……せいぜい噛みしめておくのニャ」
「お前……俺わざわざ名前言ったのに、覚える気無いだろ」
「雑魚の名前ニャんて、覚えるだけ記憶容量の無駄ニャ」
「んだとテメェ……」
メリッサはもう景色の堪能どころではなくなり、頭を抱えていた。
「全くもう、なんで息はぴったりなのに争うのかなぁ……この車両には他に人が居ないからどうにかなってるけど……」
彼女の言う通り、車両内は俺達2人と1匹以外には誰も居らず、がらんとしていた。
丁度一つ目の駅に着いたが誰も乗って来ない。まぁ北方は田舎だし、そもそも平日の早朝なのもあって利用客が余計少ないんだろうな。
ドアが閉まり、出発する。車内には俺達の声以外に音は無い。
「ニャ……」
「ミケちゃん、痒いの?」
「なんか突然……ひげが気持ち悪くなったのニャ」
三毛猫は毛づくろいを始めた。人語を喋りはするが、根本的にはただの猫らしい。しきりに手をざらついた舌で舐め、顔のひげを整えている。
「なぁ、何かしないか。なんか座ってるままだと落ち着かなくなってきたんだ」
「え、ニッ君まで。どうしたの?」
「いや、特になんでも……居ないんだよな? この車両に、他の人間は」
「え、何を当たり前の事を……本当に幻覚でも見えてたりする?」
「はは……」
おかしい……人が居ない訳がない。
俺達以外に誰も居ないんだとしたら、俺の殺気探知に引っかかり続けてる存在に、説明が付かない。
波導術の応用法、殺気の探知……俺にとっては一番得意な波導の使い方だ。知覚・認識の拡張じみているからか、たまに誤作動もあるんだが、基本的には攻撃予測や奇襲回避などの補助には十分な優れものである。
で、そのセンサーにさっきからずっと反応がある。それも何かムズムズするような、弱い殺気が流れ続ける嫌な感覚だ。どう考えても誰か別の人間……それも俺達に害意を持つ者が車両内に居る。
「そういえばあの吊り下げ広告だが……」
「どれ?」
さりげなくメリッサが辺りを見回すように誘導し、すぐさま耳を澄ませる。音は……特に分からないな。車輪の音が大きくて、刺客の音をかき消してしまうようだ。
この三毛猫も俺と同じ事に気付いたのかもしれないな。猫のひげはアンテナの役割を果たすとも聞く。その感覚が気持ち悪くて毛づくろいを始めたのだろう。
猫は未だ、自らの身体を舐め続けていた。念入りに、念入りに……
「おい待て、お前って『三毛猫』だよな?」
「ん、ニンゲン……それがどうしたのニャ」
「じゃあ今のお前の毛は、なんで二色しか無いんだ?」
……攻撃は、始まっていた!
弱い殺気がいきなり強い殺気に変わる。攻撃のタイミングだ。だが変わらず俺からは見えない。どうする、殺気を頼りに当て勘で防ぐしかないか……!
俺は右腕に氷を生成し始める、その時だった。
「【猫猫・殺跳蹴】ッ!」
「へぇーエ!」
ミケが俺の横を跳び、虚空に向かって蹴りを放つ。すると虚空からのけぞる人影が現れた。
その見た目は……異様そのものである。
「湾曲した剣に……目出し帽全身黒タイツぅ……?」
「え、何、誰、変態!?」
「ニンゲン……流石にそのファッションセンスはどうかしてると思うニャ……」
全身タイツの不審者は後退しながら距離を取ると、奇妙なポーズを取りつつ喋り始めた。
「お見事でスッ! わたーくしの偽装を見破るなんテッ!」
変態は湾曲した黒剣をメリッサに向けながら続ける。その間俺は警戒を解かず、右手に氷の円盾を生成しておく。
「おじょーさん、わたーくしは貴女が欲しイッ! だから、力づくでお誘拐させてもらいまスン!」
「成程な、おそらく『血鴉』の手の者だ。今回標的になってるのは、俺じゃなくてメリッサらしい」
「わ、私!?」
「自覚を持てメリッサ、お前は奴らからしたら……今や金の卵みたいな存在だ」
『血鴉』の上層部が欲しがっている人間……ある程度の所在が掴めたのなら、誘拐依頼をばらまいていてもおかしくないだろう。捕まえて持っていけば、どんなチンピラでも莫大な報酬にあずかる事ができるのは想像に難くない。メリッサ自身も非戦闘員の一般人だから、連中からすればそれこそ報酬が外をぶらついているのと大差ないのだ。
「黒ずくめの変態野郎、言っておくがこの娘は渡さねぇぜ。人攫いは我が国の法律でちゃあんと禁じられているんだからな」
「ほーう、貴方は誰ですカ?」
「フィスタリア王国騎士団、第三星軍下位……ニコル・オーガストとは俺の事よ」
「あーらら、騎士の方でいらっしゃったのネェ!」
目出し帽の変態の像がぼやける。奴の「透明化」の発動か……!
「なら、お邪魔だし一緒に潰さないとネェ……!」
「面白い、かかって来やがれ……!」
戦うには少し窮屈な車内、変色竜の狩場で、戦いの火蓋が切って落とされた。




