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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
序章:氷点下のエリミネーター
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いざ征かん都心部へ

11月4日、早朝。早くも出発の時である。


「アニキ、ほんとに忘れ物は無いッスか」

「ハリー……もう駅なのにそれ言ったって仕方無いだろうが」

「アニキの事だから、絶対に出発した後で後悔する羽目になるんスよ。オレには分かるッス」


俺の鞄を担ぎながら、少年は喚き散らしている。首都に行っちまえば暫くコイツと会う事も無いのか……とか今更思った。


「ハリー、暫しの別れだ。親父とかその他、連中の世話は任せたぞ」

「なーに感動的なシーンにしようとしてんスか、今生の別れじゃあるまいし……オレだって任務があったら偶にはそっちに遊びに行くッスからね!」

「ああ、その時は適当に北方の土産でも持って来てくれよ」

「了解ッス!」


俺達二人が話しているところに、メリッサが小走りにやってきた。


「切符買えたよ~!」

「よし、これで出発の準備はできたな」


後は始発の特急列車を待つだけだ。朝の厳しい寒さがホーム上の俺達を襲う。


「うう……さむぅ……」

「流石に身体に堪える寒さだな。もう冬の始まりなだけある……」

「あ、そういえばバッハさんから良いもの貰ってたんスよ」


ハリーが何やら金属の缶のようなものを取り出す。保温缶のようだった。


「あのデブ……ひょっとしてまた食い物か?」

「そうッス。昨日の食べ歩きで消費しきれなかった串焼きを、何本か温めて入れてくれてたんスよ」

「ああ、食べ歩きって……『糖類補完計画』の事か……」


死の暴食狂宴(デス・フィースト)……通称『糖類補完計画』とは、バッハさんが主宰するイカレた飲食店巡りの事だ。

不定期に開催されるそれは「食が身体を造る!」というスローガンの元、人間が飲食可能な限界まで身体に食品を詰め込むイベントだ。ハリーは割と楽しんでいるんだが、俺は小食なものだから巻き込まれればたまったものじゃない。


まず「満腹」の基準がバッハさんなのがおかしい。あの人は他人の心が分からない天性のノンデリだから、飲食店巡りに付き合わされると俺達は高確率で限界を超えた量を食う事になる。

あの人は色々と規格外なんだよな……

動く、と言っても当然の様に山岳フルマラソンを始めるし。

食う、と言っても猛獣の餌サイズの肉塊を一気に食い尽くすし。

寝る、と言っても丸一日はピクリとも動かず気絶したように眠るし。


あの人が良いおじさんである事に間違いは無いのだが、俺があの人を苦手なのはそういう所だ。


「まぁ、あのデブが持たせたんなら味の保証はされてるだろうな。その点に関しては安心できる」

「アニキも来ればよかったのに……なんなら出発を明日にして、今日食べ歩きにしたって良かったんスよ?」

「丁重に、お断りさせていただきます」

「あらら、取り付く島もないッスね」


ハリーは肩を落とした。今後もお前は俺の身代わりとして『糖類補完計画』の被害者になるのだ……どうしよう、次会った時バッハさんよりデカくなってたら。俺チビっちゃうかもしれない。


暫く待っていると、駅員がスピーカーからアナウンスをかけた。


『まもなく2番ホームに9時4分発、特急レインディア、ティアーズヒル行きが到着します。危険ですので黄色い線の内側に……』


「来たね、ニッ君」

「よし……北の大地に別れを告げる時間だ」


煙突から黒煙を吐き出しながら、機関車がホームに滑り込んでくる。客車は8両編成で、内部もそこそこ広く作られているようだ。


「着く頃には夜になってるだろうしな、座りっぱなしは覚悟しておけよ」

「うん、分かった」


先程の保温缶も含め、ハリーから荷物を受け取る。俺が乗った後、メリッサがそれに続く形で列車に飛び乗った。


『まもなく発車します、ご注意ください』


「アニキ、メリッサさん、行ってらっしゃい!」

「おう、行ってくる」

「またねハリー君!」


ドアが閉まる。窓の外ではハリーが手を振って俺達を見送っている。車両が動き出し、景色が右から左へと流れ始め、やがてアフロの少年は彼方に見えなくなってしまった。




* * *




「わぁ……」

「……なんだ、まさか列車に乗るの初めてか?」


列車が発車してからというもの、メリッサは車窓の景色に釘付けになっていた。まるで初めて外界を知った子犬のような眼差しである。


「いや、そういう訳じゃないんだけど、特急ってこんな速いんだなって……」

「なんか気の毒になってくるぜ。お前ほんとに遠出した事無いんだな」

「うん、だから今凄くワクワクしてる!」


なんだろう、虐待から保護されたペットのドキュメンタリー記事見てる気分になってきたな……幼い頃は気付かなかったが、コイツの親ってそこまで過保護だったのか……

ただ、そうだとすると一つ不可解な点がある。これはメリッサに伝えていない事だが、実は彼女が失踪してからというもの……数日経つ今でも、彼女の両親から行方不明届が出されていないのだ。騎士の身分で交番に探りを入れてみたから、この情報は確実だ。


まぁ俺達が保護する上でそれは好都合なのだが……相変わらずメリッサ周りの事情はかなりイレギュラーなようで、引き続き注視する必要がありそうだな。今なら「実は彼女は魔王軍の手先で……」とか言われても「はぁ、そうですか」と受け入れてしまうかもしれない。


そんな事を考えていると、メリッサの鞄の中でもぞもぞと何かが動き出した。


「何だ……!」

「ふぅ、やっと暖かくなったニャ……」

「ああっ、ミケちゃん……まだ出て来ちゃダメだよ……!」

「じゃあ吾輩に『何時間も鞄の中でじっとしていろ』ニャんて言うつもりかニャ? 猫は狭い所が好きって言っても、限界があるニャ!」

「なんだこの珍獣は……喋る猫?」


童話の中から出てきたようなメルヘンの化身、人語を喋る猫が俺の目の前に鎮座している。マズいな、俺の寝不足もここまでとは……幻覚まで見えてきたらしい。


「そういえばお前、誰ニャ?」

「ああっ、喋りかけてくるタイプの幻覚だ……俺、別にヤクに手ぇ出したりしてないのに……」

「こっ……このニンゲン、吾輩の質問を完全に無視しやがったニャ!?」


鞄の上に座った三毛猫は俺をギン目で睨み付けてくる。よく見たらこの猫、昨日アジトで会議してた時にハリーと一緒に居たような気がするな。となると、その時から幻覚が続いているのか。

幻覚とはいえ小動物如きに舐められるのは癪なので、俺も全身の覇気を総動員して睨み返す。両者の双眸がぶつかり、星をも燃やさん火花が飛び散り……


「ちょっと二人共、こんな所でケンカしないで……!」

「ご主人、このニンゲンちょっと生意気ニャ! そもそもコイツ誰ニャ!」

「あれ、メリッサにもこの猫見えてるのか……?」


メリッサは大きなため息を吐くと、呆れた様子で喋り始めた。


「二人共待って、私が説明するから……!」

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