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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
序章:氷点下のエリミネーター
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硝子の路痕

「着いたぞ、ここだ」

「ここは……墓地?」


アジトから乗合馬車に揺られて3時間。山道を通って暫くすると、物静かな墓地にやってきた。俺達以外に人っ子一人おらず、この場にいるのは二人だけだ。

雪がしんしんと降る芝生の上を歩き、俺は迷いなく目的地へ向かう。やがて墓標の一つに辿り着いた。


「来たぞ、師匠」


ジグ・グラジオラス、ここに眠る……簡素な石の墓標にはそれだけ書かれていた。


俺は持ってきた花束を供え、墓の前に跪いて瞑目する。白い菊の花、行きに花屋で調達したものだ。黙ってしゃがみ込んだ俺を、メリッサは黙って見守っていた。


「……」

「……」


風の音だけが二人の間を通り過ぎていく。そのまま時間が止まってしまったかのように数十秒が過ぎた。


「終わったぞメリッサ……なんだその顔は」

「いやさ、ニッ君が墓参りなんて……正直、意外って言うかさ。それを見てたらちょっと感慨深くなっちゃって」

「……なんで墓参りしてるのを見てるだけの奴が泣きそうになってるんだよ」

「な、泣いてないし!」


メリッサは頬を膨らませて怒った顔を作る。ただ、それが苦し紛れの誤魔化しである事は俺の目にも明らかだった。その姿は、ちょっと愉快だった。


「きっと、俺も変わったんだろうな」

「そうかもね。少なくとも……身長は伸びたかもね!」

「へっ、それはお前もだろ」


メリッサは俺の口角が少し緩んだのを見て、ニコッと笑った。


「ねぇニッ君、昔話でもしようよ。その『師匠』ってどんな人だったの?」

「ああ、いいぜ。ちょっと昔の事でも思い出してみようか」


目を瞑り、ジグ先生の面影を脳内に浮かべる。記憶の中、黒縁眼鏡をかけた茶髪の男性が穏やかに笑っていた。ウルフカットの長髪が風に揺れている。


「ジグ先生は2年前に病気で死んだ。30歳って若さでな……原因は、彼自身の能力の副作用が引き起こした肺結核だった」

「能力の副作用……っていうのは……?」

「彼の能力は『グラスメイカー』……ケイ素から硝子を錬成する能力だった。空気中の水分を凍らせて氷を作る俺と、よく似た見た目の能力だ。彼は戦いの中で硝子の粉塵を吸い込みすぎてな……肺が繊維状になる病気と、合併症の結核を患っちまった。戦死じゃなく、病魔で死ぬ事になるとは……と残念そうな顔をしてたのを、未だに思いだすよ」


唯一の救いは、最期は安らかに逝った事だろうか。戦死は苦悶を伴うのが常だが、彼の場合は名誉ある勝利の末の「只人としての死」だった。いや……彼はそれを嫌がったのかもしれないが。


「もう知ってるかもしれないが、彼は俺の最初の師匠で、俺にとっちゃ大恩人でもある。彼亡き今も、未だに師匠の言葉に助けられる事があるんだ」


師匠が授けた警句の数々を、心の中で復唱する。


「師匠が俺に授けた最後の言葉は『心に従い、決めた道を貫け』だった。シンプルな言葉……だけどその分、彼の人生のまとめのような重みがあった。俺は今日までその警句の通り、自分が正しいと思う正義を貫いて生きている」

「……そうやって君は戦ってきたんだね」

「ああ。迷った時はいつも師匠の言葉を思い出して、ここまで進んできたんだ」


ここまで進んできて、この道は正解だっただろうかとたまに思う。「悪を裁く為に悪を貫く」というのは、ある種の自己欺瞞なのではないか……と。だけど、踏み出した(みち)から逸れる事は、師匠の教えが許さなかった。

俺が今日まで死なずに来たのも、多分そういう「迷い」を切り捨てて来られたから……かもしれないな。


「今日も心の迷いを晴らしにここに来た。宿敵を取り逃したのが、未だに俺の中でショックらしくてな……」

「ニッ君、私思ってたんだけどさ……君はどうしてそこまで『戦い』とか『復讐』に執着するの?」

「どうして……ってのは、どういう意味だ?」

「いや、仇って言ってしまえば他人の為っていうか……そこまで君が自分を追い詰めるほどの理由はあるのかなって、私は思っただけなの」

「『他人の為』か……違うな。俺にだって、自分なりの『夢』があるんだ」


深呼吸を挟んでから、俺はまた口を開いた。


「『死んでいった戦友たちの無念を晴らし、俺自身の過去と決別する』……その為に奴ら(ブラッディレイヴン)を殺し尽くすのが、俺の夢だ。俺が戦うのは、あくまでもその夢を叶えるために過ぎない」

「……」


その果てに死んだとしても、それは俺が弱いせいだ。夢を叶えるには自分の力が足りなかった……というだけの話だろう。いつの時代だって「夢に溺れて死んだ者」はごまんと居る。俺もその一人になるだけだ。


メリッサは俺の独白を聞き届けると、切なそうに笑って言った。


「君の決意、凄く固いんだね。ちょっと羨ましい……って思っちゃった」

「……言っておくが、俺達の世界はろくなもんじゃないからな」

「いや、それは分かってるつもり。さっきの発言、失礼だったらごめんね。だけど私ももし『恩人』と呼べるような人と出会えてたら……君みたいに確固たる『夢』ってものを持てたのかも、とか思っただけ」

「俺のは『夢』って呼んでいいのか怪しいんだけどな、どっちかというと『欲望』寄りだし……お前にはそういうの、無いのか?」


メリッサは少し目を閉じて考えた後、片手で頭を押さえた。


「無いことは……ないけど」

「なんだ、言ってみろよ。『目標は設定するだけなら無料』……師匠の受け売りだが、夢を語るくらいの権利は誰でも持ってるんだぜ」

「それは……そうかもだけど。ちょっと恥ずかしくて……」

「『夢』ごときに立派も恥ずかしいも無いだろ? 結局大事なのは叶うかどうかだし。ほら、俺は言ったんだから……」


メリッサの顔は恥の感情からか、僅かに紅潮していた。そして、少し経ってからポツリポツリと小声で喋った。


「……『魔法使いになる事』……とか」

「……そ、そうか。なんというか……いい夢なのか……?」

「ねぇ! その反応は何なの! 私勇気出して言ったのにっ!」


思わず吹き出しそうになった俺に、メリッサは顔を真っ赤にして憤慨する。


「いやすまんすまん。ちょっと平和過ぎて笑っちまった。『魔法使い』ってのは『能力者』とかそういう現実的なヤツじゃなくて、小説とかマンガとかであるあるのヒーローの事か?」

「そ、そうだよ……昔から私、思い通りに空を飛んだりしてみたかったし」

「俺は良い『夢』だと思うぞ。叶うかどうかに関わらず、そういう無害な夢は誰かの心を救うかもしれないしな」

「それ本音で言ってる……?」

「マジだよマジ、俺嘘とか吐かないから」

「嘘つきって皆そう言うんだよねぇ!」


メリッサが俺の脇腹を肘でつつく。俺は久しぶりに声を出して笑っていた。

そのまま俺達は墓標を後に歩き出した。既に雪は止んでいて、地面の水たまりには所々氷が張っている。踏みしめて砕けた氷が、割れた硝子みたいに連なって見えた。

『ジグ・グラジオラス』


享年30歳。傭兵団の若き頭脳(ブレイン)の死は、組織に少なくない衝撃を与えた。

導きの青い灯として彼は、最期まで後に続く者達に道を示し続けた。

その灯は今若き死神の手に握られている。

青年がその熱き烈火で何を焼くかは……亡き師の残した最後の「宿題」だ。

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